マイナスの料理
ルナを連れてこの煙の原因であろう厨房の方へと向かっていく。
風で防いでいるにも拘わらず鼻を刺激するような臭いを感じるのはどうしてだろうか?
「……臭い」
「とりあえず風で外へこの煙を押し出してるからしばらくは我慢してくれ」
宿の外にいるフリッツやラークたちもこの煙を吸うことになるが、多少希釈されてマシになっていると信じよう。
外から「ぐはぁっ!?」とか「な、なんだこの毒ガスは!?」とかそんな声が聞こえた気がするが、それはいったん無視をする。
俺にはどうすることもできない問題なので。
「ここが厨房……」
「これは……より煙が強いな」
思わず鼻を塞いでしまう。
それほどに強烈な臭いが発せられており、ここが臭いの原因だというのがよくわかる。
「よし、入るぞ。ルナは入った瞬間に窓という窓を開けていってくれ」
この世界の建物は比較的窓というものが少ない。
ガラスが貴重ということもあるが、それだけではなく、熱が外へ逃げていかないようにしていることと、あとは一番大きいのはやはり防犯の兼ね合いなのだろう。
現代のように網入りのガラスなどはなく、あっさり割れる単層のガラスしかない。
あまり大きい窓を設置してしまうとそこから盗賊たちが押し入ることが容易に考えられる。
それでも火を扱う部屋なのでゼロとは考えにくかった。
扉を開けて周囲を確認するとまず真っ先に床に倒れるエルゥを発見する。
即座に彼女を抱きかかえて風を纏わせる。
「あっ、ユーリ様……」
「無理に喋らなくてもいい」
「い、いえ、こ、これはただの料理……ですから」
「……料理?」
この相手を毒殺しようとしている風にしか見えない謎の煙が、か?
「は、はい……。た、ただ、ちょっと私には刺激が強すぎて……」
「わかった。いったんこの料理を止めさせてから考えよう」
更に奥へと進もうとすると、エルゥが抱きついてきて俺の動きを止める。
「だ、ダメです。フィーちゃんがユーリ様のために頑張っているのですから……」
「フィーが?」
理由はわからないが、どうやらこの煙を発しているのはフィーらしい。
そういえばフィーの料理スキルはマイナス表記だったな。
もしかしたら致命的に料理が下手、というか相手を殺しかねない殺人料理を作るのかもしれない。
「とにかく今のままだとフィーの体すら危ない。様子を見に行くぞ」
「……わかりました」
しぶしぶエルゥは納得してくれる。
そして、何か動いている影が見える場所に近づいていくと額から汗を流しながら必死に鍋をかき混ぜるフィーと、光の魔法で周囲を浄化しながら作る事を応援しているエミリナの姿が見える。
さっそく俺はエミリナの側に寄ると彼女の頭を小突いていた。
「痛っ。だ、誰ですか!?」
「なんでエミリナが付いていながらこんなことになってるんだ?」
思わず頭が痛くなる。
「これは料理ですから」
「少しは周りの迷惑も考えてくれ」
「ちゃんと最後には私が浄化魔法を掛けて毒物を排除しますので」
「……おい、毒を入れてるのか?」
「もののたとえですよ」
やはり
そんな風に思えてしまう。
「とりあえずフィーもそれは人の食い物じゃなくなっている」
「で、でも、もっとユーリ様においしく食べて貰うにはまだまだ――」
「はぁ……、その俺がやめてくれと言ってるんだが?」
今まで料理に集中していたせいで話しかけている相手のことに気づいていなかったようだ。
俺がいるとわかり、フィーは突然慌てだしていた。
ただ目の前に熱々の鍋があるわけで――。
「危ない!?」
フィーが振り向いた瞬間に倒れかかってくる大鍋。
それを見た瞬間に俺はフィーを助けるために身を挺して防ごうとするものの、フィーの動きはそれよりも早く、結果として俺を抱きかかえた状態でその場から離れていた。
床に散らばる紫の物体X。
「危なかったの」
フィーは安堵の息を吐いていた。
でも、床にぶちまけられた物体Xを見て落ち込んでいる様子だった。
「頑張って作ったの……」
「あぁ、それはわかるが経験もなしに挑戦はさすがに無謀すぎたな」
「うぅぅ……」
「まぁ、あとは俺も手伝うから一緒に作るか」
「えっ、いいの?」
「もちろん、断る理由がないからな」
せめて口に入れても大丈夫な料理を作るようにしっかり見ておきたい。
そういった理由で言ったのだが、フィーは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「うんっ!! 一緒に作るの!」
「でも、まずは片付けからだな。煙を払うのとそこの謎の物体を片付けるか」
こうして俺たちは宿の掃除を始めるのだった。
まずは風魔法で一気に紫の煙を宿の外へ放り出す。(何度かうめき声が聞こえたのはスルーして)
その次に慣れた手つきで壁を掃除していく。
こぼれた物体Xは全て回収して、ラムの口へと放り込んでおく。
これで一通りの掃除が完了し、料理に取りかかっていけることになったのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます