阿鼻叫喚

「ほ、本当に助かりましたよ。ありがとうございます」



 ギルドマスターが引きつった笑みを浮かべながらお礼を言ってくる。



「本当に綺麗になりましたね。ありがとうございます」



 一方、受付嬢のエリーは素直にお礼を言っていた。



「あっ、そういえばあの収納はまだ――」

「いえ、これで構いません。十分すぎるほどやって貰いましたのであとは自分たちでできますから」



 必死にエリーは首を横に振る。

 よほど見られたらダメなものが入っているのだろう。

 あまり言い過ぎるのもよくないだろうから、そのくらいにしておく。



「お、おいっ、この扉の先、地下に続いていたぞ。しかもそこに何があったと思う!?」



 傭兵の一人が慌てた様子で地下から出てくる。



「そんなところを増築されていたのですね。新しい酒場でも作ったのですか?」



 ギルドマスターは不思議そうに聞いてくる。



「み、見てみたら早い」



 そういうと再び傭兵は降りていく。

 それに釣られるようにギルドマスターたちもその後に付いていった。




       ◇ ◇ ◇




「な、なんですかここは!?」



 ギルドマスターが驚愕している。



「お風呂……ですね」



 エリーさんもぽかんと口を開いていた。



「衛生面を考えたらここも必要ですよね?」

「マスター、お風呂ですよお風呂!! 早速入りましょう」

「待ってください。ここはギルドですよ!? そもそも浴槽なんて貴族様の館くらいにしかないものですよ!?」

「まぁ、出来ちゃったものは仕方ないから使ってくれ」

「はいー♪」



 エリーさんは嬉しそうに返事をする。

 それを見ていたギルドマスターは思わずため息を吐く。



「さすがにこれはそのまま放置するわけにはいかないですし、職員を配置させて、少しはギルドへの還元もかねて少額のお金を……。や、やることが増えてしまう……」

「あっ、ここより少し小さくはなりますけど、職員用のお風呂もありますよ。一応それは奥の通路からしか入れなくしてありますが」

「それは助かる……」



 驚き疲れたのか、ギルドマスターは一気に老け込んでいた。



「あと職員用のトイレは一新して作り直してますよ」



 俺の言葉を聞いた瞬間にギルドマスターは急いで走り出す。

 向かった先は当然ながら職員用の便所。


 開けた瞬間に広がるのは、暗く臭く汚いという3Kの場所ではなく、清潔感漂う綺麗な空間と金木犀の良い香り、くみ取り式だったはずの便器もなぜか水洗のものへと変化していた。


 最高級の魔道具を馬鹿げた使い方をしている風にしか思えない。



「この便所は、実は自信作なんだ」



 ギルドマスターがどんな反応を見せてくれるか楽しみで、俺は笑顔を向けながら答える。


 ギルドマスターはただただ乾いた笑みを浮かべるだけだった。



「こ、ここまでしてもらったら、一体いくらのお金がかかるんだ……」



 無事に依頼を達成した俺に、いくら払えば良いのか、頭の中で計算しているようだった。



「これは趣味で作ったものだから、費用に入れなくてもいいぞ。あくまでも傭兵ギルドの掃除が依頼だろ?」

「そういうわけにはいきませんよ。ここまでしていただいて、金を払わなかったら傭兵ギルドの名が廃りますよ」

「そうだな……。それなら今回結構魔石を使用してしまったんだ。それをギルドの方で補填してくれたりとかできないか?」

「そんなことでいいのですか? いや、私としてはそのほうがありがたいのですが」



 ギルドマスターとメリットが一致する。

 お互い視線を交わせた上でがっちりと手を握り合っていた。


 それを恍惚した様子で見ているエリーさん。



「妄想が捗ります……」



 エリーさんのその台詞は聞かなかったことにして、俺は便所や浴室の魔道具の使い方を説明するのだった――。




       ◇ ◇ ◇




 依頼料と魔石の両方をもらい、ほくほく顔の俺。

 今まで休暇であったことをすっかり忘れてしまっていたが、充実した一日を過ごすことができた。


 そんな満足した気持ちで宿へと戻ってきた俺たち。


 扉を開けた瞬間に俺は身の危険を感じて即扉を閉めていた。



「な、なんだ、今のは!?」



 先ほどの傭兵ギルドの匂いも酷かったが、それでも中には入れるレベルだった。

 それがこの宿はどうだろう?


 とてもじゃないが入ることも躊躇われる。

 でも、フィーたちが先に帰っているのならさすがにここから救出しないといけない。


 匂いを防ぐために自身の周りに防御用の風をおこすと再び扉を開く。



「うっ……」



 紫色の煙が宿の中を充満している。

 客が俺たちだけなのが幸いしたかも知れない。


 でも、入り口近くにルナが倒れていた。



「だ、大丈夫か!?」

「……恐ろしい」



 ルナの周囲にも風を起こすと、彼女は青ざめた表情でなんとか体を起こす。



「何があったんだ?」

「そ、それがよくわからない……。料理を作ってたら突然……」



 もしかすると何者かに襲撃されたのかも知れない。

 そうなると俺一人だけだと相手を逃すかも、



「まだ体調が悪いところ申し訳ないが、俺と一緒に来てくれるか?」

「……どこまでもついて行く」



 こうして俺は今回の凶事の原因を探るために更に奥へと進んでいくのだった――。

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