闇の宝玉

 どうして爆発が消えたのかさっぱりわからなかった。

 もしかするとすごい爆発に見えただけ。ただの見せかけだけだったのかも知れない。

 おそらくこいつもラークたちと同じの自称一桁ナインスだったのだろう。

 良い具合に俺の判断がつかない数字を言ってくるところが憎らしい。


 ただ、重大な失敗にならなくて助かったが、この一件は俺にとっては油断への良い戒めになった。



「ど、どういうことなんや? 上位一桁ナインスですら倒すことのできるうちの最高傑作やのに」

「脅しとしては最高だったな。でもその程度の攻撃が俺に効くはずがないだろ!?」

「くっ、相手の戦力を見誤ったわ。ガキだと思って油断したか? それならこれはどうや? 俺が持ちうる最高の攻撃や」



 マグナは再び懐から薬を取り出す。



「もうあんまりマズそうじゃないメェ」



 ラムのそんな言葉が聞こえてきたかと思うと薬を放り投げたあとのマグナを食べてしまっていた。



「どうせまた見せかけだけだろ?」



 一応念のために防御魔法を準備しつつ様子を見る。

 すると先ほどとは比にならないほどの大爆発が起こる。


 ただ、無限魔力吸収石ただのいしが光輝き、次の瞬間に大爆発はまるでなかったかのように消え去っていた。



「やっぱり見せかけだけだったか」

「うーん、もう少し美味しいかと思ったけどあんまり美味しくないね」

「吐くなら近くじゃなくて遠くに向けて吐けよ?」



 もう一度襲ってこられても困るしな。



「わかったメェ。ぺっ!!」



 ラムは遙か遠くに向かってマグナを吐き出していた。



「た、たすか……って、えぇぇぇぇ……」



 マグナの声が響くがその姿はあっという間に粒のように小さくなっていた。



「これで黒幕は倒し終えたか?」

「ユーリ様、あの人が第二王子なの」



 フィーが指差した先には青白い顔をした獣人の少年がいた。

 言われなかったら完全に見落としていたであろう、あまり強さを感じない少年である。



「助かった」



 俺は第二王子レインのすぐ側に寄る。



「ひぃっ」

「お前がレインか?」

「わ、私は獣王国第二王子レインだぞ? 私に手を出したら父がなんていうか……」

「あのな……。内乱を起こしておいて、獣王が許すと思っているのか?」

「これも父の目を覚まさせるためだ。獣人を奴隷とする人なんかと手を組もうとするから……」



 レインは声を荒げながら言ってくる。

 するとフィーが珍しく前に出る。



「そんなことないの!! 人族にも良い人はいるの!!」

「そんなことあるはずないだろ!? それならなんで人の国だと獣人が奴隷扱いされているんだ?」

「それは簡単だ。良い人族がいるということは悪い人族もいるということだ。そして、そいつが今インラーク王国を背後から操っているからこそ今の現状がある」

「……えっ?」

「そいつにとったら他種族は奴隷扱いしてくれた方が都合がいいんだろうな」

「……」



 俺が状況を説明するとレインはすっかり黙ってしまった。

 おそらく色々なことを考えているのだろう。



「もしかして私もそいつに操られていたのか?」

「さすがにまだ帝国とは繋がっていないが、間接的にそう動くように操っていた可能性はあるな」

「そ、それじゃあ、私がしていたことはいったい……」



 がっくりと肩を落とすレイン。

 事情がわかったとしても行動を起こしたあとであることから、すでにレインにできることはない。



「いや、まだ大丈夫だ。この内乱を終わらせる。被害を最小限に抑えることがその黒幕へのささやかな抵抗になるか」

「そういうことだ。それでお前は獣王に直接説明すると良い」

「わかった。それなら降伏の指示を出す。先に王都へ戻っておいてくれないか?」



 すでにレインには俺たちを攻めるつもりはないようだ。

 安心した俺はラムに乗って再び王都へと戻っていくのだった。




       ◇ ◆ ◇




 その頃、獣王国の王都では、寝かされたままのルナが起き上がろうとしてラークたちに止められているところだった。



「……ユーリが危ない」

「俺たちが総出で襲っても敵わないラム肉の妖精を連れているんだ。あいつに負けはないだろ?」

「……妖精は使役する主の魔力によって強さを変えるの。でも、今のユーリはきっとあまり魔力が残っていない……」



 これでもルナはそれなりに高い魔力を保持していた。

 おそらくは一桁ナインスの中ではもっとも多い。

 人形遣いである自分にはいくらあっても足りないほどのものだった。


 そんな自分の魔力を一瞬で奪い取る呪いの魔道具を持っていたユーリ。


 どうやらユーリの魔力は帝国最強である自分よりも更に上ということは認めざるを得ない真実だった。


 それでもあんな勢いで吸い取られる魔道具をもって、何時間も居られるはずがない。


 それに……。



「あれはきっと闇の宝玉……」



 魔力を込めているうちはどんな攻撃をも無効化してしまうという最強の魔道具である。

 でも、燃費の悪さも最高でおそらくこの世界を見てもまともに使えるのは魔王ただ一人ではないだろうか?


 どうしてそんなものをユーリが持っているのかは知らないが、でも魔力が下がってしまうとあの非常食の力が落ちてしまう。


 あと今回の事件を裏で操っているのはおそらく帝国の一桁ナインス


 さすがのユーリでも満身創痍ではとてもじゃないが相手にできないだろう。



「やっぱりルナが行かないと……」

「大丈夫ですよ、ユーリ様なら」



 ベッドから抜け出そうとしているルナを窘めてきたのは自分よりも小さな獣人の少女、エルゥだった。

 獣王国の王女でユーリの婚約者でもある彼女がユーリのことを心配しないはずがない。


 それなのにこの絶対的な信頼感はなんだろう?



「知ってますか? ユーリ様はめちゃくちゃなんですよ。だから今回もきっととんでもない方法で事を治めてくれるはずですよ」



 とんでもない方向にハードルが上がっていることをユーリは知らない。

 そんなエルゥの言葉を聞き、ルナはあっけにとられていた。



「でも万が一のことが……」

「そのためにフィーさんがついてるんですよ。だから問題ないです」



 笑顔で答えるエルゥについついルナは笑みがこぼれる。



「わかった。今のルナだと足手まといにもなりかねないしゆっくりしてる」

「そうしましょう。では私も枕をもってきますね」

「ちょっと待って。どうして一緒に寝ようとしてるの?」

「……? おかしいことですか?」



 エルゥが首を傾げてくる。

 そのあまりにも無邪気な表情を見ていると自分が間違っているような気持ちに錯覚させられてしまう。



「ルナがおかしいの?」

「きっとそうですよ。あっ、みなさんもそろそろ休んでおいてくださいね。起きたらきっとユーリ様が解決してくれてますから」



 エルゥの野生の勘だろうか?


 彼女がそういうと本当にそうなりそうな気がしてくる。



「それならルナは休む」

「はい、では私もご一緒させていただきますね」

「だから一緒には寝ない」

「えーっ、女子会をしましょうよ。ユーリ様のどこを好きになったのかとか教えてくださいよ!」

「ゆ、ユーリを好きだなんて一度も言ってない」

「だから教えて欲しいんですよ。ほらっ、もしかしたら一緒に暮らすかも知れないですから」

「た、助けて……」



 結局エルゥからは逃れることはできずに事細かにユーリとのことを話してしまうのだった――。

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