第二王子レイン

 ――私は常に兄と比べられ続けていた。


 獣人らしい力を持って生まれた第一王子あにと凡人の第二王子わたし

 せめてもの抵抗にと勉学に勤しんではいたが、それでは埋まることのないほどの差が二人にはあった。


 獣王からどちらが重宝されるかは一目瞭然。

 それでも私は父のため、兄のためにと力を尽くしてきた。

 それなのに……。



「兄は勝手に暴走し、父は人族とかいう蛮人の種族なんかと手を組もうとしている。そんなことがあってたまりますか? 彼らの目を覚まさせるには私がやるしかない」



 もちろんそのための代償は支払うことになっている。


 この内乱が成功した暁には獣王国は帝国の従国となる。

 ある意味、レインのしていることは売国に等しい行為だった。


 それでも獣人を奴隷のようにしか思っていない王国と手を組むくらいなら。

 そんな考えの下、自ら内乱を先導する形になったのだ。


 その様子を背後で見ていた帝国の一桁ナインスである第五位れんきんじゅつしマグナはにやりと微笑んでいた。



「まさかここまでうまくいくとは。さすがマグナ様です」

「せやろ? 第二王子は知恵者と聞いておったが、所詮は獣。ちょっと乗せてやればこんなものや」

「あとはこの内乱が成功すれば晴れて一桁ナインスの上位に駆け上がれますね」

「そう簡単にはいかんわ。第四位までは人やけどな、それ以上になるともはや人外や。チビとガキと戦闘好きやけど、その実力は本物や。一人で国を落とせるほどの奴が三人いるんやで? どうやって戦えというんや」



 思わず悪態をつく。



「まぁ、今はそこを気にしても仕方ない。それよりもうちらが相手にしないといけない相手はいーひんのか?」

「第一王子が健在なら獣王か第一王子のどちらかを相手にしないといけなかったでしょうが、その必要はなさそうです」

「なんや、つまんないなぁ」



 その場に座り込んで大きな欠伸をするマグナ。



「まぁ、この作戦は別にうまくいこうが、いくまいがどうでもいいしな。失敗しても弱った獣王国を落とすのは簡単やしな」

「そこまでワナを張り巡らされているとは、さすがはマグナ様です」

「そないに褒めんといてや。礼に薬が飛んでくで」

「それはお礼になってないですよ」



 二人で漫才のようなやりとりをしていた。

 そんな彼らにとんでもない危険が迫っているなんて誰が想像できただろうか?


 突然空から日の光が消え、辺り一帯に夜が訪れる。


 いや、違う。


 日の光が消えたのではなく、空から巨大な物体が降ってきただけだった。



「な、なんや、あれは!?」

「し、白い悪魔……」

「に、逃げ……。ぐはっ」



 結局二人は空から振ってきた謎の物体に押しつぶされて気を失うのだった。




       ◇ ◆ ◇




 自ら行くことを決めたフィーのやる気はすごかった。

 ただ、それ以上にラムの食欲がとんでもなく、とんでもない速度で街道を進んでいた。


 敵のほとんどをスルーして、気がついたときには敵本陣の近くに迫っていた。



「ご飯はどこだメェ!?」



 その言葉だけを聞くとラムが本当に牧羊妖精なのかと疑いたくなる。

 もはや羊の悪魔といった方が適切に思えてきた。

 もしくは食卓の妖精だな。


 ただ、なんとなくその言葉だとラムが丸焼きになって皿の上に乗っている光景を想像してしまった。


 むしろそれが正しい光景のようにも思えていた。



「……焼くか?」

「だ、誰を焼くんだメェ!?」

「どこかの羊とか?」

「う、うちは焼いても美味しくないメェ!?」

「やっぱり羊なのか?」

「そ、そっちも違うメェ!?」



 既に俺たち……、というより怪しげな羊?まものが迫っていることは既に報告されているだろう。

 隠密行動がどこに行ってしまったのか。


 ただ、ラムを連れて隠密行動なんてできるはずもないのだからささっと黒幕を倒して逃げ帰るのが一番だろう。



「……あそこに居る奴らがあやしいな」



 明らかに強い能力をしている人物が一人居る。

 ただ、それは周りの獣人たちに比べたら、というだけで倒せない相手ではなかった。



「うーん、あんまり美味しそうじゃないメェ」



 相変わらず人は食い物扱いのようだった。

 もちろんそのつもりで俺も扱っていたが――。



「別に嫌なら食べなくて良いぞ? その代わりに夕食も抜きだけどな」

「ちゃんと食べるメェ!」



 そう言うとラムは大きく飛び上がり、そこに居た二人を食べてしまう。


 しかし、すぐに口から吐いていた。



「マズいメェ。とってもとってもマズいメェ」



 吐き出された男たちはよだれまみれで側にあった建物の壁に激突していたが、幸いなことに消化されずに命だけは助かっていた。


 すると一瞬意識が飛んでいた男が立ち上がり、不敵な笑みを浮かべながら言ってくる。



「くっくっくっ、やはりお前かいな、第三位パペッター。獣王国に来ているとは聞いとったが、まさかそっちの味方をするとはな。でもお前の人形にはいつ食べられても対抗できるように味覚を狂わすほどにマズい薬を作っておいたんや」



 いったい誰に向けて話しているのだろうか?



 ルナならおそらく今も俺の部屋で休んでいるはずだし、そもそもルナが使う人形には味覚がないはず。

 いくらマズくしたところで吐き出されるなんてことはない。



「……お前、誰やねん!」



 振り向いた男は声を上げてくる。



「それは俺が聞きたいのだが? そもそも人を勝手に勘違いして誰とか言われてもな」

「くっ、抜かったわ。まさか第三位パペッター以外に直接人を飲み込む巨大な悪魔を操る奴がいるとは思わへんわ」

「うちは悪魔じゃないメェ!」

「そうだぞ、コイツは立派な非常食だ!」

「それも違うメェ!!」

「それよりも襲撃者相手に自分の情報をばらす馬鹿がいると思ってるのか?」



 男は真剣に考え込んで言う。



「たくさんおるで!」



 その返答に思わず頭を押さえたくなる。

 帝国の襲撃者って自分たちの情報をペラペラ喋るやつしか居ないのか?



「とりあえず俺のことを知りたいならまずはお前から話すべきだろ?」

「それもそうやな。うちは帝国一桁ナインスの第五位、錬金術師のマグナや! さぁ、言ったで。次はあんたの番や」

「……フリッツだ」



 ラムの上から「おいっ」という言葉が聞こえた気がするが聞き流す。



「なるほどな。あんたが聞きしに勝るドラゴンスレイヤーということなんやな」



 意外とフリッツの名前は知られているようだった。

 それならもっと別の名前を使うべきだったかも知れない。



「そうだと言ったらどうするつもりだ?」

「うちらの仲間にならんか? どうせ王国やとたいして重宝してもろてへんのやろ? 完全な実力主義である帝国のほうがあんさんには合ってるで」



 帝国の繋がりは欲しいが、それは別にルナが居れば十分だった。

 俺はすぐに首を横に振っていた。



「さすがに信用できんな。敵対してる相手ならなおのこと、な」

「まぁそやろな。ならうちらの力を試してからでも遅うないやろ?」



 そういうとマグナは両手一杯に薬を取りだしていた。



「堂々と戦わへん一桁ナインスが卑怯とは言わんよな?」

「当たり前だ。訓練じゃないのだからな」



 ただ、こいつらはさっき普通にラムに食べられそうになってたんだよな……。

 うまく薬で回避はしていたがそこまで強そうには思えなかった。


 でもそれが完全に俺の油断だった。


 マグナは持っていた薬を俺たちに向けて放り投げる。

 それが地面に触れた瞬間にとんでもない爆発を引き起こす。



「ま、マズい!?」



 さすがに大爆発に巻き込まれたらひとたまりもない。

 ただ、防御魔法も間に合わない。

 万事休すに思えたのだが、なぜか爆発は俺たちを巻き込むことなく一瞬で消え去っていた。




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