勇者の戦い

 勇者エマと獣人たち一行は人々を苦しめる大罪人、獣人族の第一王子たるギーシュを迎え撃とうと準備をしていた。


 スコップでサクサク穴を掘っていく獣人たち。

 一方で石剣せいけんで同じ事をしようとしていたエマは全く掘ることができなかった。


 それは当然と言えば当然である。


 同じ石製とはいえ、剣とスコップである。

 掘りやすさが段違いの上にスコップは掘ることに特化した魔石が備え付けられているのに対して、石剣せいけんには切れ味の付与しかなされていない。


 地面を切ることができるほどの能力はまだエマにはなかったのだ。



「それにしてもこんなところに穴を掘ってどうするんですか、エルゥ様。ここで体力を使うよりも襲撃に備えた方が……」

「いえ、ユーリ様から教えてもらったのです。獣人けもの相手にはこういうシンプルな罠が一番効果的みたいなんですよ。以前もそれでスタンピードすらも完封してしまったらしいです」

「おぉぉ、そんなことがあったのですね!?」

「だからギーシュおにいさま相手にも有効のはずです」

「わかりました。それにしてもこのスコップ、すごいですね。いくら掘っても全然疲れないです」

「ユーリ様がお作りになった魔法のスコップですからね。これでドラゴンも倒せるらしいですよ」

「はははっ、それはまたご冗談を。でも、それくらいすごいスコップってことですもんね」

「えぇ、これのおかげで後手に回っても罠を張ることができますからね」



 襲撃前であるにも関わらず楽しそうな談笑が聞こえてくる。

 緊張でおかしくなりそうな場を精一杯和ませようとエルゥが気を回してくれているのだろう。



 そういったことは本来なら勇者である自分の役目であるはずなのに――。



 少しだけモヤッとする気持ちを抑えながらもエマは穴掘りに協力する。

 その傍らで石剣せいけんの使い方を訓練していた。


 これは多少魔力付与の余地を残してくれているようで、エマ自身が持つ光の魔力を込めることもできるようだった。


 光の魔力を込めた斬撃を飛ばして、一気に敵を殲滅……なんてこともできるかもしれない。



「うん、さすがボクの石剣せいけんだね!」



 エマは嬉しそうに笑みをこぼすと穴掘りの続きをするのだった。




        ◇ ◇ ◇




「エルゥ様、落とし穴の準備ができました!」

「では、落とし穴があるとわからないように隠したら、お兄様たちがくるまでのんびり待ってましょう」

「はいっ!」



 それから皆は地面に座り込んでギーシュたちがくるのを待つのだった。

 そして、一時間が過ぎようとしたときに……。



「エルゥ様! ギーシュ様の軍が見えてきました」



 偵察に出していた兵が大慌てで戻ってくる。



「ついに来ましたか……」



 さっきまでののんびりしていた空気から一転して、エルゥたちに緊張が走る。



「この作戦がうまくいくと良いですけど……」



 落とし穴の存在に気づかれてしまっては一瞬の終わりである。

 だから臨戦態勢を取って、油断させながらも向こうから襲ってくるように仕向けないといけない。


 それはなかなか骨が折れる行為であった。



「大丈夫だよ。そういうことはこのボクに任せてくれたらいいからね」



 不安げな表情を浮かべるエルゥに対してエマは彼女の頭を撫でる。

 そして、ついでに尻尾も撫でる。

 所構わずにモフモフしまくる。



「ちょ、ちょっと、エマさん!?」



 さすがのエルゥも顔を真っ赤にしてエマの方を見る。



「気合いの補充だよ。それじゃあちょっと行ってくるね」



 石剣せいけんを担いでゆっくりギーシュたちの方へと向かって行く。


 さすがに獣王国の軍、というわけにはいかなかったようで連れているのはギーシュ配下の者たちと支援している獣王国の貴族が抱えている兵。


 それでも百は優に超える数がいる。

 それに対してエマたちはせいぜい十数人。


 とても勝てる数ではない上にギーシュの配下は誰もが強者の気配を出している。

 こちらはエマたちも含めて一桁のレベルの者が大多数を占めていた。


 これで緊張をするなと言われても無理な話であった。



 汗で滑りそうになる石剣せいけんを再びギュッと握り返す。


 何もここで殲滅しなくてもいい。

 でも、せっかくだから多少なりとも戦力を削っておきたい。


 皆の前に立ち塞がって、石剣せいけんを構える。



「エルゥ様、大丈夫でしょうか?」

「きっと大丈夫です。エマ様を信じましょう」




 緊張を前に皆を励ますエルゥ。

 そんな彼女に信用されている、と思うと不思議と力が湧いてくる。 




「ボクが相手だよ!!」



 エマはギーシュたちに対して宣言をするとそのまま石剣せいけんに光の魔力を込める。



「この逆賊が。あくまでも俺たちに逆らうか。ならば覚悟するといい!!」



 ギーシュは怒りのあまり、額をぴくつかせていた。

 そして、彼を筆頭に獣人たちが一斉に襲いかかってくる。


 ただ、その瞬間にエマは石剣せいけんを振るう。



『くらえっ!! エマ必殺の、ブレイブスラァァァァァッシュ!!』



 エマの大声と共に石剣せいけんから巨大な光を発せられて敵獣人たちを瞬く間に消滅させていく。そして後には何も残されなかった――。


 ように見えた。



『はぁ……、はぁ……、できることはやりました……』



 そういうとエマは想像以上に魔力を使ってしまった反動で倒れてしまったのだった。




        ◇ ◆ ◇




 エマの攻撃にかなりレベル差のあいた獣人を倒せるだけの力はない。

 だから獣人たちが消えたのには理由がある。


 もちろんその理由は準備しておいた罠である落とし穴だった。


 そこにエマが発した光がちょうど良い具合の目眩ましとなり、結果的に全員が綺麗に落とし穴に嵌まるという自体に陥ったのだった。



 あとは空に浮かんでいる、なぜか獣人たちの味方をしている細身の魔族一人である。



「エルゥ様!? ギーシュ様たちが獣人を足蹴にして穴から出てこようとしています!」

「えっ!?」



 それはエルゥからすれば予想外の出来事だった。

 なにせユーリからはウルフの大群を穴にはめた話ししか聞いていなかったのだ。


 これで時間が経てば疲れから疲弊して全員を捕縛できると思っていたのだ。


 仲間であるはずの獣人を足蹴にするなどエルゥの頭には最初からなかったのだ。



「ど、どうしましょう……。こんな時ユーリ様なら……」



 必死に脳を働かせたが、間に合わずにギーシュが出てきてしまう。



「くくくっ、こんな罠で勝てると思うな……ぐはぁっ!?」



 穴から飛び出した瞬間に空から岩が降ってきて、それがギーシュに直撃する。



「えっ? 一体何が?」



 エルゥが振り向くとそこにはユーリたちがいたのだった――。




        ◇ ◆ ◇




「うーん、これって相手が穴から逃げださないか?」



 獣人たちが落とし穴に嵌まった瞬間を見ていたユーリは手を出すべきか迷っていた。


 うまく相手を落とし穴に落としたのだからあとは追い打ちをかければ一方的に倒すことができる。

 それなのにエルゥたちはなぜかジッと穴の中を見ているだけだった。



「どうするの?」

「さすがにけいけんちを横から奪うのはどうかと思ったが、逃げられたら困るしな。穴は塞いでおくか」

「えっと、穴を塞ぐ? でもあの落とし穴、かなり大きい上に広いですよ?」



 メルティが信じられないものを見る目で俺のことを見てくる。



「このくらいメルティもできるだろう? ちょっと岩を降らせるだけだ」



 そういうと俺は空からいくつもの隕石を落とし穴目掛けて降らせるのだった。

 それがたまたま穴から出てきたギーシュにも直撃して、彼はそのまま穴の中へと落ちていった。



「えっ? 一体何が?」



 エルゥは何が起きたのかわからずに後ろを向く。

 そこで俺と目が合う。



「ユーリ様?」

「あぁ、助けに来たぞ?」



 一応勝手に横から経験値を奪ってしまった言い訳をする。

 するとそのことに怒ったのか、エルゥは俺の方へ駆け寄ってきて、そして……、思いっきり抱きついてくるのだった。



「助かりました、ユーリ様。ありがとうございます」



 ぐいぐい顔を近づけてくる。

 その頭を軽く撫でると俺は周囲の状況把握に努める。



 獣人たちは落とし穴の中。

 すでに出口は塞いでいるのでそう簡単には出られないはず。


 勇者エマは戦場のど真ん中で倒れている。

 ただ、涎を垂らしながら「もう食べられないよぉ……」と呟いているのですぐに命の危機はなさそうである。



 そうなると問題は空に浮かぶ魔族だった。

 獣人でない彼がこの戦場にいる理由はただ一つ。


 おそらくは今回の争いを引き起こした黒幕はこの魔族だった、ということだろう。


 魔族を睨み付けると彼は嬉しそうに笑い出す。



「ふふふっ、まさかここで大本命が来てくれるとはなんともついてますね。獣風情は役に立たなかったですが」

「そ、それじゃああなたが全て仕組んだのですか!?」



 エルゥが魔族を睨み付けると彼は恍惚の表情を浮かべる。



「えぇ、えぇ、この戦場を描いたのは全て私にございます。至高なる御方の頼みで獣をけしかけてあなたをおびき寄せたのですよ」



 つまりはこいつの裏には誰か別の人物がいる、ということだろう。

 そうなると最終的にはルーサウス家の誰かに繋がりそうだ。

 まだ俺は独立できていないわけだから、ここは――。



「それじゃあ、私たちの隠れ家を襲ったのも?」

「もちろん私にございます。いいですね、その絶望的な表情。それをもっと歪ませて上げましょうか」



 魔族の男の体から筋肉が膨張し、両手足がかなり太く、更に顔は人型だったのが竜のように変わっていく。ただその途中で――。



「がはっ!?」



 黒幕の存在を敢えて隠すために放った、たっぷり魔力を込めた岩が魔族の頭を直撃し、変身の途中で彼は意識を失ってそのまま地面に落ちていった――。



「……」



 地面に突き刺さる中途半端な姿の魔族。


 あまりにもお約束過ぎてなんとも言えないいたたまれない気持ちになった俺は「こんな戦場ど真ん中で変身するなんて隙を見せるからだ」と言うしかなかったのだった。

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