帰還と出発
不本意ながら俺はマリナを連れてアルフの街へと戻ってきた。
そこまで日にちはかかっていないと思うのだが、すごく疲れた気がするのは気のせいだろうか?
その原因の一端はやたらと話しかけてくるマリナ本人であることはもはやわかりきったことであるが。
「ここが神の国……」
マリナが目を輝かせて城壁を眺めていた。
「ただの街だぞ? それよりもなんだか慌ただしいな」
街を守るために門には人がいるようにはしていた。主に孤児だった子供たちではあるが――。
しかし、今日はなぜかその子たちが忙しそうに走り回っていた。
その一人を捕まえて聞いてみる。
「忙しそうだが何かあったのか?」
「あっ、ユーリ様。お帰りなさい。その……、この街が襲われそうになってるの」
子供が全身で大変さをアピールしながら言う。
「それは大変です! 神様を襲おうとするなんて不敬どころの話ではありません!」
いやいや、君たちがそれを言うの?
突然目の前で命を落として戦争を招こうとしていたのに?
やる気を見せるマリナに対して俺は苦笑する。
「よろしければその襲撃者、私たちが退治しましょうか?」
マリナの提案は戦力不足である俺からすればとてもありがたいものでもある。
でも借りは作りたくない。
むしろここで協力してもらうと言うことは、いずれその借りを返さないと行けない。
こんな頭のおかしい奴にどんなことをさせられるのか、考えたくもない。
むしろ一方的に貸し付けて、早々に帰ってもらうことで恩を返してもらう。
これが今の俺のベストである。
「いや、それには及ばない。ちゃんと対策はとってるんだろうな?」
「僕に言われてもわからないよ」
「それもそうか。なら指揮はエミリナが取っているのか?」
「エミナ様とサーシャ様だよ」
自信たっぷりに言ってくる。
「エミリナ……だよな?」
「うん、そうだよ。エミナ様」
ずっとそう言っていたからそれが固定化されてしまったのだろう。聞き返しても同じ答えが返ってくる。
「わかった。それで今はどこにいるんだ?」
「確か宿のところに集まっていたよ」
「よし、それならすぐに向かうか」
俺たちは街へ入ると早速宿へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
急いで向かっていたにも関わらず意外と宿に着くまでに時間がかかってしまった。
その理由は簡単でやたらと街の中について、マリナが質問をしてきたからだ。
「あの、神様。あれは何でしょうか?」
「俺は神じゃない。いい加減にユーリと呼んでくれ。あれか……。あれはただの噴水だぞ?」
「わ、わかりました。では
させていただきます」
わざわざ仰々しく頭を下げてこないで欲しい。
今は人が少ないので助かっているが、普段通りなら注目の的になっていたであろう事は明白だった。
「噴水……。この国では水を自由に使うことができるほど豊富にあるのですね。でも近くに水場があるようには見えなかったのですが?」
「あぁ、少し離れた水場から水道管で水を引っ張ってるからな」
「それって途方もない労力がかかるのでは……?」
「確かにみんな頑張ってくれたからな」
「ですよね……。いったい何十年の工期だったのか、想像もできないです」
んっ? いや、数ヶ月ほどだったが?
「あっ、あっちはなんでしょうか?」
「あっちは倉庫だな。とりあえず今は付いてきてくれ」
「もちろんです! いくらでもどこまでもついて行きます! 永遠に!」
むしろここは付いてくんな! と行ったほうが良かったのだろうか?
そんなことを考えながら俺は宿へと入っていく。
すると、その瞬間にサーシャが飛びついてくる。
「お兄ちゃん、無事だったんだね?」
「あぁ、なるべく急いだんだが、ちょっと時間がかかってしまったな。済まなかった」
「ううん、いいの。それよりもそっちの人たちって?」
「一人ずつ説明するぞ。
メルティは恥ずかしそうにフリッツの後ろに隠れていた。
「わ、私はその……、服を取りに行ってきても……?」
「そうだったな。みんなへの紹介も終わったし良いぞ。場所はわかるのか?」
「……わからない」
「はぁ……、わかったよ。ちょっとだけ後ろで待っていてくれ」
メルティが小さく頷くと俺はエミリナの方へ向く。
「事情は概ね門のところで聞いた。相手は獣王国か?」
気配察知からあと向かってきているのと言えば獣王国側だけなのだが、一応獣王とは懇意にしているしそんな状態でインラーク王国領であるここを襲いかかってくるだろうか?
そんなことをするのはよほど頭が弱いとしか思えないのだが……。
それとも黒幕たる父と既に話をつけた上でここを襲ってきているのだろうか?
主人公はいないとしても勇者とか聖女とか賢者とか……。
いずれ父が厄介に思うであろう相手が揃っている。
「えっと、その……」
エミリナが苦笑を浮かべながら言ってくる。
「獣王国だけじゃなくて聖アメス公国と魔王国も……ですね」
よく見るとエミリナの視線は俺の後ろにいるマリサへ向いていた。
「えっ? どういうことだ?」
「か、勘違いです。私は神様のためを思って――」
どうやらなにか途方もない勘違いが起こってしまったようだ。
そもそも未だに俺を神と呼んでいる当たり妄想深く、勝手に暴走してしまうタイプのようだし。
「まぁ、聖アメス公国はもう大丈夫だ。見ての通りだからな」
「神様……。なるほど、そういうことでございますね。さすがはユーリ様。確かにそれだと安心ですもんね……」
エミリナが考え事を始めてしまう。
「それよりも他の襲撃はどうなっている!?」
「魔王国はルシルちゃんが対処してくれました」
ルシルが!?
いや、彼女はおそらくは魔族。もしかするとこの領地は平和だと伝えてくれたのかも知れない。
さすがに彼女がたった一人で撃退した、なんてことは考えられなかった。
魔族の襲撃にたった一人で追い払えるなんてことができるのは魔王くらいだろう。
いくらなんでも俺の領地で美味しそうにおやつを食べている姿をみているからか、とてもじゃないが魔王には見えない。
見た目も幼女そのものだからな。
でも、厄介な魔族を既に追い払っているのなら一安心である。
「そうなるとあとは獣王国だけ……ということだな」
「そっちも穏便に済ませられる方法があるらしいですよ。なんでもエルゥ様が以前ユーリ様に教えてもらった、とか」
「俺に?」
いったい俺が何を話したのだろうか?
全くそんな記憶がない。
そもそもこの領地のことくらいしか話していないのだが?
「えぇ、それで獣人の人たちがスコップを担いで向かわれましたよ」
「??」
どうして襲撃者が来ているのにスコップなんて持っていったのだろうか?
塹壕でも作るつもりなのだろうか?
「あとは勇者様も向かわれましたよ」
「えっ!?」
むしろ俺からするとその方が驚きだった。
確かにかなり素質は高い子だが、レベルは低くまだまだこれからの少女である。
もしここで彼女が命を落とすような羽目になれば原作に寄ってしまうことになり得るかも知れない。
それに彼女はこの領地を発展させる上でかなり協力してくれている。
とてもじゃないが見過ごせることではない。
「わかった。すぐに俺も行く! フィーとフリッツも付いてきてくれ!」
「わかったの」
「あぁ、当然だな」
「わかりました!」
「服……」
なんだろう……、余計な声が二つ聞こえた気がした。
「エミリナ、すまんがメルティの服をなにか用意してもらっても良いか?」
「もちろんですよ」
エミリナが嬉しそうに微笑む。
そして、手をわきわきさせながらメルティに近づいていく。
「あ、あの……、わ、私は――」
「大丈夫ですよ。痛くしませんから。あっ、あと私もついて行きますね。ここはサーシャ様にお任せします」
「わ、私もお兄ちゃんと……」
「いや、この街を任せられるのは妹であるサーシャだけなんだ。すまないが頼まれてくれるか?」
「わ、わかりました。お兄ちゃんがいうなら仕方ないですね」
そっぽを向きながら嬉しそうにしているサーシャ。
そんな彼女に見送られて俺たちは領地をあとにする。
ただ、服選びに一時間以上もかかり、最後にメルティが「もう私、お嫁さんに行けません……」というところまでが当たり前のようにセットだったが。
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