後始末
落とし穴から出られなくなった獣人たちはしばらくするとすっかり弱ってしまい、簡単に俺たちの捕虜になっていた。
「くっ、俺たちをどうするつもりだ!」
ギーシュが俺に対して噛み付いてくる。
「どうして欲しいんだ?」
俺としては領地を襲ってこなければどうでもいい。
むしろ領地が接している隣国だから仲良くしておきたかった。
しかし、襲撃者をそのまま放置、というわけにもいかない。
「お父様にお任せするのが良さそうですね」
エルゥが提案してくれる。
確かにそれが一番良さそうだ。
「誰が連れていくか……だな」
「……それでしたらユーリ様、行きませんか? 私も一緒に行きますから。お父様にも紹介したいですし――」
エルゥが恥ずかしそうに言ってくる。
でも、直接面と向かって話をした方が恩を売れそうだ。
「そうだな。なら領地でやることが終わったら一緒に行くか」
俺がそういうとエルゥは嬉しそうに笑みを見せる。
「ありがとうございます。では早速お父様にお手紙を送っておきますね」
「……フィーも行くの」
なぜかフィーが俺の腕にしがみつきながら言う。
「もちろんそのつもりだぞ?」
「そ、そうですよね……。フィーちゃんも一緒ですよね……」
なぜかエルゥはガッカリしていた。
「それなら私もご一緒して……」
「エミリナはこの領地にいてくれ」
「ど、どうしてですか!?」
「さすがに長旅になるからな。領地を任せられるのがエミリナとサーシャしかいないだろう?」
聖女である彼女がいればとりあえず黒幕側へのけん制にはなるだろう。
それに三方向ならの侵攻に失敗したとなるとすぐさま打てる手はないはずだ。
「あの、それなら私たちの国にも来ていただけませんか? 神様をもてなさせてください」
さりげなくマリサも提案してくる。
……俺を国に連れ込んで何をするつもりだ?
聖アメス公国とも親しくしておきたい気持ちはある。
でもそうなるとマリサに付き合わないと行けない。
その両天秤を比べて……。
「ま、まぁ、いずれ……な」
答えを保留にすることにした。
「はい、楽しみに待ってますね」
嬉しそうなその声を聞き、俺は答えを早まってしまったかなと思うのだった。
◇ ◇ ◇
「さて、それじゃあそろそろ――」
戻ろうかと思った時にメルティが俺の服を掴んでくる。
「服……忘れてませんか?」
「わ、忘れてないぞ? こ、これからお前の塔に寄るんだよな?」
「はいっ、早速行きましょう。今すぐ行きましょう。パパッと行きましょう。あの悪魔から離れるために――」
メルティが俺の手を引っ張ってくる。
「あらっ、誰が悪魔ですか?」
「それはもちろん……」
エミリナがにっこり微笑みながら言ってくるとメルティが顔を真っ青にして俺を盾に後ろに隠れてくる。
その体はガタガタと震えている。
原因はおそらく服を選んでもらったときのことだろうが、いったい何をされたのか……。
「私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「エミリナも来るのか?」
「えぇ」
笑顔を見せるエミリナ。
一応俺は確認がてらメルティを見ると彼女は必死に首を縦に振っていた。
いや、エミリナの視線がメルティに向いていて、それはまるで『まさか断りませんよね?』とでも言っているようだった。
「はははっ……、ほどほどにしてやってくれ。メルティはずっと塔に引きこもってて人と接するのは苦手なんだ」
「だ、誰が引きこもりの人見知りの陰キャですか!?」
「そこまでは言ってないだろ!」
顔を真っ赤にして必死に抵抗をするメルティ。
概ねその通りだが、わざわざうまく言い繕ったのに自分からはっきり言ってたら意味がない。
「フィーはユーリ様について行くの」
「俺はどうすればいい?」
フリッツが聞いてくる。
「そうだな。念のためにエルゥについてくれるか?」
「任せておけ。何かあったら俺の剣で吹き飛ばしてやる」
フリッツが自信たっぷりに言う。
それで彼らが戻っていくのを見送ったあと、俺たちは塔を飛ばした場所へと向かうのだった――。
◇ ◇ ◇
俺たちは塔を飛ばしたはずの場所へと来ていた。
しかし、そこには何もなかった。
正確には塔だった瓦礫の山が残っているのだが、さすがにそれが賢者の塔とは認識できなかった。
「あれっ? この辺のはずだが」
まわりを見回してみるが、賢者の塔らしきものは全く見つからなかった。
「あ、あの……、私の塔は?」
「……燃えた、とか?」
周囲の状況から鑑みるにそれしか考えられなかった。
瓦礫を指差しながら言う。
「えっ? じ、冗談ですよね?」
顔を真っ青にしているメルティ。
「ま、まだわからないぞ? あれが元賢者の塔とは限らないからな」
そもそも俺は賢者の塔を飛ばしただけで火はつけてない。
燃えるなんてことはあり得ないはずだが――。
「そういえばこの辺りは確か魔族が襲ってきたところですね」
それでなんとなく事情は察した。
相手が魔族というのならこの辺りで暴れ回っていたのだろう。
「と、とりあえずあの瓦礫を調べてみるか」
全員で瓦礫を探っていく。
するとほぼ炭になっている魔導書や布切れが見つかる。
それを大事そうに抱えながら呆然としているメルティを見ているとなんだかやるせなくなってくる。
「が、頑張って集めたのに……。それに私の研究の成果も……」
「その、なんだ。俺が飛ばしたのが悪かったな。すまない」
「い、いえ、形あるものはいつかなくなるものですから。それがちょっと早かっただけです」
目に光が灯っていない状態で乾いた笑みを浮かべてくる。
「家は用意するけど、さすがに魔導書はな……」
いや、そもそもの原因が魔族にあるならそっち経由で責任をとってもらうことはできるんじゃないだろうか?
あとは聖アメス公国にも魔導書を見せてもらったりできるだろうか?
俺にも責任の一端がある以上、できる限りの協力はしよう。
「燃えた原因が魔族にあるらしいからそっちの責任は俺が追求しておくな。もしかしたら彼らの魔導書を見せてもらえたり――」
全て言い切る前にメルティの目が輝き、いきなり俺の手を掴んでくる。
「ぜひそれでお願いします! あぁ、まだ見ぬ魔導書を見せてもらえるなんてこんな幸せ、ないですよぉ。しかも魔族の魔導書ともなれば最高峰の魔法のことが書かれているに違いありません。今から楽しみですぅ」
その場で踊り出しそうなほど喜んでくれる。
もはや燃えてしまったもののことなど忘れてしまったかのように……。
ここまで喜ばれてしまうと失敗しました、では済まなさそうで俺は少しヒヤヒヤとしてしまう。
「も、もしかしたらダメかもしれないからその時は聖アメス公国に――」
「もちろんそちらでも構いません! 門外不出の聖アメス公国の魔導書なんてレア中のレアじゃないですか!? それと比べたら私が持ってた魔導書なんてただの紙切れですよ!」
「では私は服を――」
「それはいりません!」
「いや、さすがに服なしじゃダメだろ? いくつか見繕ってもらえ」
「くっ、ご褒美には試練がつきものですもんね。私はこの地獄に耐え抜いて、必ず天国へ行ってみせます!」
一体本当にどんなことをしてるんだろうな。
盛大な覚悟の下、メルティはエミリナに服を選んでもらうこととなったのだった。
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