賢者の塔のお引っ越し

 賢者の塔近辺という名の塔の最上階だけ残る荒野。


 俺たち三人は相変わらず賢者メルティを取り囲んでいた。

 涙目で座り込む彼女を見下ろす形になっているために、まるで俺たちが虐めている風にも見て取れる。


 住んでいた塔をだるま落としの要領で吹き飛ばして、無理矢理部屋から出したところだけを切り抜けば悪党そのものである。



「フリッツくん、こんなかわいい子を虐めるなんて龍殺しの風上にもおけないな」

「俺がいったい何をしたんだ……」

「塔を吹き飛ばしただろう?」

「全部ユーリの指示だったな」

「……なんのことだ?」

「おいっ!?」

「冗談だ」



 少し慌てるフリッツと怯えて顔を青ざめているメルティ。

 何度か口を開こうとして、すぐに閉ざす。

 それでも意を決して口を開く。



「そ、その、みなさんはどうしてここに?」

「どうしてってお前が呼んだんじゃないか」



 呆れながら俺はアランがもらった手紙を見せる。

 それを見たメルティは一瞬固まっていたもののすぐにその手紙のことを思い出していた。



「これって――」

「そうだ、お前の」

「外の人に助けを求めた手紙ですね」

「高圧的な呼び出し……えっ?」



 まさか全く違う意味だとは思わなかった。



「ちょっと待て。お前の塔なのに外に出られなくなっていたのか?」

「わ、私は悪くないですよ!? 誰も来ない塔の最上階だと落ち着いて研究ができるなって思っただけなんですよ。気がついたら魔物が放たれてて出られなくなっただけなんです」

「それじゃあ、この話を聞くというのは?」

「もちろん助けてくれた人には、どんな頼みでも聞くってことですよ?」



 まぁ、それなら結果は同じだから良いだろう。

 そんなことを考えるとメルティは急に顔を真っ赤にして自身の体を手で隠す。



「か、体以外ですよ!?」

「何も言ってないぞ。痛たたっ、フィーも抓ってくるな」

「やっぱりユーリ様も大人の女性がいいの?」

「そ、そんなことよりも一緒に俺の領地へ来てくれないか? 魔道具を強化するための知恵を借りたい」



 明らかに誤魔化していることがわかり、フィーはムッとしていたが、それを無視して俺はメルティの方を見る。



「それでどうだろうか?」

「ま、魔道具を作ってるの!? もしかしてさっきの魔道具も?  はぁ、はぁ、も、もちろんいいですよ。喜んでいかせて……はぁ、はぁ、行かせていただきます」



 魔道具と聞くと途端に人が変わったかのように恍惚の表情を浮かべながら言ってくる。

 その姿を見て俺は思わず引いてしまうが、それはお構いなしに俺の手を握ってくる。



「あっ!?」



 フィーが声を上げていたが関係なしにぐっと顔を近づけてくる。



「魔道具作りを手伝わせてくれるなら体も好きに――」

「体はいらない。それよりも来てくれるなら早速行くか。荷物をまとめてくれるか?」

「荷物……?」



 メルティは周りに散らばっている塔だった残骸を見る。



「あれもどうして固まりで飛んだのか研究してみたいんですよね」

「あれか……。よし、フリッツ、持ってくれ」

「任せろ! ……って持てるか!?」

「あんなに吹き飛ばしたのに持てないの?」

「うぐっ……。や、やってやるよ!?」



 フィーに煽られてフリッツは塔の残骸を持ち上げようとする。



「ふんぬぅ……」



 顔を真っ赤にして全力で持ち上げようとしているが、さすがに簡単には持ち上がらないようだった。



「仕方ないな……」



 フリッツでも持ち上がらないのなら魔法を使うしかなかった。



「このくらいだったら普段魔石に込めてる程度か」



 風魔法を使い、塔の残骸を持ち上げる。

 ついでに最上階の部分も同じように持ち上げる。



「えっ!? こ、これって風魔法?」

「これくらいメルティもできるだろう? 大げさだな」



 原作だと最終的には流星群を降らせていたメルティである。

 塔の残骸くらい持ち上げられて当然だろう。



「ユーリ様? さすがにこれは見栄えが悪いの」



 フィーに言われて改めて自分の姿を見る。

 ハンマーを持ってる傭兵一人に獣人の子供が一人、ろくに服を着ていないエルフが一人、あとは俺か。



 まともなのは俺だけか……。



 更にそんな俺たちの周りを回る賢者の塔の残骸。



 流石にここまで怪しいとそれこそ魔王に間違えられても仕方ない。

 特に賢者の塔がダメだった。



「とりあえずこの残骸は先に領地へ行っててもらうか」



 村から少し離れた、誰の気配も感じない森の中を目掛けて残骸を吹き飛ばす。

 俺の気配察知はある程度の相手なら気づくことができる。

 街に住む人間ならいくら気配を消していてもわかるほどだ。


 つまりもし誰かがいたとしても街周辺で俺の気配察知でもわからずに潜んでいる相手なんて敵としか考えられない。

 とはいえ、こんなに襲ってくるような敵はまずいないだろう。


 つまり安心安全の運搬方法であった。

 それにも関わらず、メルティは驚きのあまり声を上げる。



「えぇぇぇ!?」



 完全に目を点にして飛んでいく塔を眺めていた。

 そして、完全にその姿が見えなくなってから何を口にして良いのかわからずにようやくひねり出した言葉はこれだった。



「私の服……」

「あっ!?」



 メルティの私物が置かれた最上階も同じように飛ばしてしまった。


 つまり、どこかで服を手に入れるまでメルティは今の格好のままでいないといけないということに……。



「す、すまん……」

「こ、これも私の望みを叶える試練と考えたら……」



 メルティは顔を真っ赤にして肩を震わせながらも気合を入れる。

 その様子を見ていたフリッツは自分が着ていた服を脱ぎ、それを彼女に渡す。



「そんなものしかないが、ないよりはマシだろ?」

「ぼろぼろ……」

「ぐっ……」



 確かにフリッツの服は今メルティが着ているヨレヨレのシャツと大差なかった。

 でも、それを大事そうにギュッと握りしめる。



「でも……、ありがとうございます……」

「気にするな」



 照れたフリッツはサッと背を向く。



「ユーリ様も後ろを向くの!」

「そうだったな」



 二人の様子を眺めているとフィーに嗜められて背を向く。


 着替え終えたメルティはやや短めのワンピース、くらいの服装にはなっていた。


 これで街へ帰るくらいならなんとかなるだろう。



「よし、それじゃあそろそろ帰るか。魔石が俺を待ってる!」

「ユーリ様、さっきすごい魔法を使ったから今日はもうダメなの」

「ま、まだ余裕あるぞ!? そ、それに風呂に入れば魔力が回復するから……」

「……その話、詳しく聞かせてくれませんか? そんなお風呂があるなら浸かり続けたら魔法を使い放題じゃないですか!」



 メルティが目を輝かせながら言ってくる。



「あぁ、使い放題だぞ! でも何故かフィーには止められるんだ」

「それは悪魔みたいなお方ですね。無理やり使わせないだなんて」

「そ、それじゃあまるでフィーが悪いみたいなの! 止めないとユーリ様は永遠に魔法を使ってるからダメなの!」



 ワイワイしながら俺たちは帰宅の途に着くのだった。

 結局風呂に入りながら魔法を使い続けるという案は平行線を辿り、お蔵入りされることになってしまったが――。




        ◇ ◆ ◇




 魔王の影武者であるディブロは功に焦っていた。

 四天王に匹敵するだけの力はあるにも関わらず、魔王の影武者などという表舞台に立つことがない職を押しつけられたせいで己の承認要求を満たすことがまるでなかったのだ。


 本来ならば信頼できる相手にその任を与えるものなのだが、なにぶんルシルは実力ある魔族たちには嫌われている。


 腹芸はできず、ただその暴力的な力を振りかざすだけ。


 力が全ての魔族だから王の座に就いたが、それまでコツコツと実力を付けてきた者達からしたら面白いものではない。

 ディブロにとってもそうである。


 ただ、本来の魔王であるルシルは魔王国の王都に住むものたちか、他国でも一部のものにしかその姿を知られていない。

 対外的にはディブロが魔王なのである。



 それならば別に今の魔王がいなくなれば自分が魔王になるのでは?



 その考えを後押ししたのは他ならぬ魔王が今いる街の領主の親である。



『共に協力して魔王を倒さないか?』



 人間のような脆弱な生き物の力など借りなくても勝てる、と言いたいところではあったが、残念ながら力だけは最強の魔王である。


 隙を作るくらいなら弱小の人間でもできるだろう、と思っていたのだが――。



「こ、これは……」



 人間から送られてきたのは魔道具『闇の宝玉』であった。


 魔力を込めると物理無効、魔法無効が発動するチート級のアイテムである。

 問題は使っている間は膨大な魔力を消費すること。


 ディブロですら十分も使い続けたら魔力が空になってしまうものである。


 ただし、その効果は絶大で使用中はまず負けない。

 相手がいくら強大な力を持つ魔王であっても攻撃を受けなければ無意味なのである。

 唯一、勇者が聖剣の隠された浄化の力を使用すると闇の宝玉の効果を無効化できる。

 対抗手段はそれしかなかった。



「くくくっ、これさえあれば私は最強だ!」



 ディブロの低い笑い声が誰もいない魔王城に響き渡る。


 それから彼の動きは速かった。

 四天王たちを味方に……といっても魔王との戦いを傍観するという約定を取り交わし、執事のセバスを強襲。命までは奪えなかったが、追い払うことには成功した。


 あとは魔王を倒すのみ。


 どうやら魔王は辺境の何もない小さな村に隠れ住んでいるらしい。



――私の力を察して逃げ出したか?



 実際は借り物の力であるにも拘わらず、自分の力のように振りかざしていた。

 それでも抵抗できるものはいなく、ただ黙って付き従うしかできなかった。

 気配を消して、辺境の村へと向かう。


 人間とは違い、生まれついた素質の高い魔族。

 そう簡単には気配察知に引っかからず相手に気づかせずに近くまでくることもできる。


 とはいえ、力を誇示したい自己顕示欲の塊である魔族がそういう使い方をすることはほとんどない。

 最強の力を手に入れたとしても心のどこかで魔王への恐怖を感じているのだろう。



「くくくっ、この俺が負けるはずがない。まずは魔王が一人になったタイミングで襲いかかればまず――」



 その瞬間に晴れていたはずの空が急に暗くなる。

 太陽を覆う巨大な何かが空から降ってきたのだ。



「な、何がおき……、ぐはっ」



 気がついたときにはディブロはその巨大な何かの下敷きになっていた。


 しかもそれは一度ではなく、二度、三度、と幾度なく降り注いでくる。



「や、闇の宝玉を……」



 無情にも彼を最強たらしめるはずの闇の宝玉は、最初に謎の物体が降ってきて下敷きになった際に手から離れてしまった。

 今の彼は絶対防御の力はなく、本来の能力しか持ち得なかった。



「な、なぜ私がこんなところで……」



 そのままディブロは魔王と相対することなく空から降ってきた謎の物体、賢者の塔に押し潰されることとなった。

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