対策会議

 聖アメス公国は国の長たる王や帝はおらず、公爵で聖職者の長である神官長が神の声を代弁して国を発達させてきた。


 それ故に神の声は絶対。

 神に反するものはもはやそれだけで敵であった。


 そして、今回の件も――。



「あぁ……、これはまさに神。神のごとき道具ですぅ……」



 現神官長であるアメス公爵の娘、マリナ・アメスは自室に置かれた『冷蔵庫もどき』数台の扉を開いた状態でベッドに横たわっていた。


 聖アメス公国は火の魔力が強い傾向にあり、一年を通して気温が高めである。

 だからこそ部屋の室温を下げてくれる『冷蔵庫もどき』はまさに神具と言っても過言ではなかった。


 実際の使用方法とはまるで違うのだが――。



「まさかこんな貴重な品を贈ってくださるなんて、ルーサウス公爵には感謝ですね」



 いつもならキリッとした態度を見せる彼女だが、今はだらけきっている。


 長く艶やかなプラチナブロンドの髪も普段は整えられているのだが、今はぼさぼさである。

 そんな彼女も思い出したかのように体を起こし、側にあるクッションを抱きしめながらしかめ面を見せる。



「全く、この神具を販売するミュラー商会を襲おうとするなんて不届き者ですよね、ユーリ・ルーサウスは。まさに聖敵です」



 神具をくれたルーサウス公爵の手紙には


『ゲッスルー子爵領にあるミュラー商会にて、この魔道具を販売している。息子のユーリが神にも等しいその商会を廃業に追い込んだ。ミュラー商会が再び商売ができるように制裁を加えたい。戦争にならないようにするので手を貸してくれないか』


 と書かれていた。


 それを見た瞬間にマリナは強い衝撃を受けてしまった。



「神を滅ぼした……? あ、悪魔!?」



 ただ、一方的な物言いを信じるわけにはいかない。

 だからこそマリナの父である神官長は至急、ゲッスルー領とアルフの村にそれぞれ使者を派遣していた。


 ゲッスルー領では追われるように領地を去り、空き家となっているミュラー商会を確認したあと、アラン一家が完全に消息不明になっていることをゲッスルー領主や周辺にあるいくつかの商会から確認。

 アルフの村では獣人を匿い、敗者である魔族の言い分を聞かずに一方的に滅ぼしたユーリ・ルーサウス、という姿を直接目撃。


 その二つの結果からこの手紙に書かれた事は真実であろうと判断したのだった。


 でも、わざわざインラーク王国の参謀からの協力要請とはどういうことだろうか?

 自国の問題は自国で解決するのが当然の筋ではあるのだが。


 ただ、事が自分の息子ということなら話は別なのだろう。

 内々に処理をして、自分たちは無関係と言うことにしてほしい、ということだろう。

 あとは王都から彼の地を襲うよりも他国に依頼をした方が立地的にも早い、ということもあった。


 送らせてきた神具はそれに対する口止め料と言ったところだろう。


 アルフの村はどの国もあまり取りたくない、いわば空白地といってもおかしくない地である。

 形式上はインラーク王国の所属となっているが、どちらかといえば放置されている。


 相手からしてもそこは取られても痛くはないのだろう。

 父は再度ルーサウス公爵と戦争にならない旨を確認。

 ルーサウス公爵はそれは絶対にない、と断言してくれている。


 聖アメス公国では暑さによる不作が祟ったこともあり、食料面での支援を受けることを条件にアルフの村を襲うことを裏で契約を結ぶことを承諾していた。


 その筋書きは彼の指示通りに――。



「もはや反論の余地もありません。ユーリ・ルーサウス。かの者は悪魔の生まれ変わり。我らが神の聖敵です!!」



 マリナは信徒たちに力説をする。

 そんな彼女の後ろには神を形取った像と『冷蔵庫もどき』が置かれていた。



「神を冒涜する行い、決して許すわけにはいきません!」

「おぉ!!」

「しかもあろうことか、彼の地は人族、獣人族、鬼人族、ドワーフ族、等々の多種族が共存する街。神が定めた種族をないがしろにする行為、許すわけにはいきません!」



 これは完全に詭弁である。

 真にマリナの心にあったのは『神具をないがしろにしたユーリ、許すまじ!』と言うことだった。


 こうしてマリナは『冷蔵庫もどき』の商会解放を目指してアルフの村へ侵攻するのだった――。




        ◇ ◆ ◇




 ヒュージ獣王国のギーシュはエルゥが今ものうのうと他国で過ごしていることを許せなかった。



「どうしてあいつがまだ無事で生きてるんだ!!」

「そ、それはわかりません。何者かがエルゥ様の味方をしたとしか――」

「ちっ、訳がわからねーぜ。親父も親父だ。何が『エルゥに手を出すな!』だ。俺自身は手を出してねーじゃねぇか」



 目の前に置かれたテーブルを思いっきり叩く。

 すると、簡単にテーブルが半分に割れていた。


 それを見ていた部下の獣人が顔を真っ青にしていた。

 いつかあの力が自分たちに飛んでくるのでは、と恐れおののいていたのだ。



「全くその通りにございます。今の国王様はその……、少々エルゥ様に甘いというか……」

「お前もそう思うか?」



 尋ねられた獣人は必死に首を縦に振る。

 すると、ギーシュは嬉しそうに頷いていた。



「だよな。やっぱり親父は甘すぎるんだよな。弱い奴が王族だなんておかしすぎる。もはや滅ぶべきなんだよ!」

「その通りにございます」



 獣人たちの後ろから聞いたこともない声が聞こえてくる。



「誰だ!?」



 すぐさまギーシュは立ち上がり、威圧ある鋭い視線をそちらへ向ける。



 そこにいたのは見たことのない魔族の男だった。



「これは失礼。私はサターナ。とある方の命により貴方様のお力添えをするように言いつかっております」

「俺は誰の力も借りな――」



 全て言い切る前にギーシュの首に伸びたサターナの爪が突きつけられる。

 止める気がなければ確実に殺られていた。


 ギーシュの額から汗が流れる。



「これで私の力はお分かりになられたかと」

「ちっ、それだけの力があるなら誰かの力にならずにお前が長になればいいだろ?」

「ご冗談を。私の主は後にも先にもあのお方ただ一人です」

「つまりそいつはお前以上の力を持っているのだな」



 ギーシュは両手をあげて降参の意を示す。



「それでそいつは俺に何をさせたいんだ?」

「別に何もございませんよ? 私はただ貴方様のお力になるように指示を受けただけです」

「ますますわからねーぜ。そんなことをしてそいつに一体なんのメリットがあるんだ?」

「特に何もございませんよ。あるべきものをあるべきところに。これがあの方のお望みですから」

「なるほど。それが王になる者のあるべき姿というのか。くくくっ、良いだろう。その思惑、のってやるよ! ただし、全てが終わったらそいつに会わせてもらうからな」

「その時はそのように進言してみましょう」



 ギーシュは笑いながら自分が王になる筋道を考えるのだった。



「やはりまずは媚びるしか脳のないエルゥあのおんなを軽く踏み潰してやる!」



 結局ギーシュは見ず知らずの『あの方』の言いなりになり、エルゥのいるアルフの街を攻めるための戦力を集めるのだった。




        ◇ ◆ ◇




 アルフの街の宿には、現在この街にいる主要なメンバーが全員集まっていた。



「それでは緊急対策会議を開きます。まずはトットさん、状況の説明をお願いできますか?」



 サーシャの指示でトットは立ち上がると、自分たちが聞いてきたことを皆に伝える。



「魔族がこの領地を滅ぼそうと向かってきている。実行犯はディブロ、魔王の影武者と言われる男だ」

「こやつの相手は我に任せてくれないか? 部下の不始末は我の責任じゃ」

「大丈夫なのですか?」

「我を誰と心得るか。力が全ての魔族で王を張っているのじゃぞ?」



 ルシルが不敵に微笑む。

 普段なら隠している膨大な魔力を今日は垂れ流しているために、そのあまりの威圧にサーシャは萎縮しそうになる。


 それでもユーリがいない今、自分がしっかりしないといけない、と大きく息を吸っていう。



「わかりました。そちらはルシルさんにお任せします。でも念のためにお兄ちゃんへの連絡が済んだらレンさんも向かってください」

「俺が行くのか!?」



 突然名前を上げられたレンは驚いて聞き返していた。



「えぇ、ルシルさんのお力は魔族の中ではよく知れ渡っているはずです。それなのに攻めてきたということは何か隠し球があるのかも。その場合はすぐに知らせて欲しいんです。連絡が一番早いのはあなたの魔法になりますから」

「なるほどな。わかった」

「多少の隠し球程度、我の力の前には無力なのじゃ」

「それならそれで。むしろ私もそうなることを望んでますから」



 仕方なくルシルは承諾する。



「では次にカミルさん、お願いします」

「あぁ、俺は獣王国第一王子ギーシュがエルゥを倒すためにこの領地に侵攻しようとしていると聞いた。それで実際に調べてみたが、確かに武器の類がギーシュの下へと集まっていた」

「待て、第一王子ギーシュといえばかなりの武闘派と聞く。この街に奴らと対等に渡り合える奴がいるのか?」



 トットの率直な意見に沈黙が流れる。



「ならそっちはボクが当たるべきかな? 流石にまだまだ力不足だけど、勇者の称号とこの石剣せいけんイシノカリバーがあれば良い勝負ができると思うよ」



 エマが石の剣を空に掲げる。

 これは別に聖剣でもなんでもなく、フリッツが持っていたものとまるで同じものなのだが、それでも勇者が言うとそれなりの説得力が生まれてくる。



「あの……、わ、私たちも一緒に行きます」



 小さく手を上げるエルゥ。

 するとそれに続くようにカミルが言う。



「それなら私たちも行くぞ。元々私たちの問題でもあるのだからな」

「わかりました。では獣王国はエマさんとエルゥさんたち獣人の方にお願いします。ただ、まともに戦わないでくださいね。あくまでもお兄ちゃんが戻ってくるまでの時間稼ぎだと思ってください」

「でも、倒してしまってもいいんだよね?」



 エマが微笑んでみせる。



「無理はしないでくださいよ。本当に」



 先陣を切って無茶をしそうなエマを窘める。



「では、残る人たちで聖アメス公国に当たるということで。あとは傭兵の人たちがどのくらい雇えるかわかりませんからそちらは均等に配分しますね」



 こうして大体の方針が決まり、すぐさまレンが状況を伝えるために転移を行っていた。




        ◇ ◆ ◇




「……あれっ? 賢者の塔ってここじゃないのか? 場所を間違えた? それとも転移が阻害される結界でも張られているのか?」



 レンが転移した先には塔はおろか、周りに何もない荒野だった。

 しかも座標がちょっとズレたとかでもなく、周囲を見渡してもなぜか塔が見えなかった。


 そうなると考えられるのは転移失敗か塔自体が隠されているのどちらかである。



「仕方ない。周辺を探るか」



 実際には転移場所は間違っておらず、つい先ほどまでこの場所には確かに賢者の塔が建っていたのだが、そのことを知らないレンはしばらく周囲を散策するのだった――。


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