襲撃

 次に目を覚ました時、レンとトットは宿のベッドに寝かされていた。



「俺たちは助かったのか……?」

「そういうことだな」



 まだ意識は朦朧とするものの、それはおそらく限界を超えて転移魔法を行使した影響だろう。


 ミサンガの補助があったとしても無理をしたのだから記憶の混濁くらいおこっても不思議ではなかった。



「お目覚めになられましたか?」



 レンたちの側にはなぜか聖女がいて、微笑みかけてくれていた。

 あまりにも眩しいその笑みは闇ギルドに所属していたレンたちには眩しすぎるもので、直視できずに思わず顔を背けていた。



「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。それよりもどうして聖女様がここに?」

「えっと、記憶の抹消……、ではなくて、怪我をされてる方がいると聞いて様子を見にきたのですよ」



 見ず知らずの自分たちのためにわざわざ具合を見にきてくれるなんて、天使のようにしか思えずにレンは感動していた。


 途中にあった不穏な言葉は無かったことにして……。



「おかげさまで怪我一つありません。ありがとうございます」

「それはよかったです。ところでどうして突然女湯……ではなく、宿に転移されたのですか?」



 妙に迫力のある笑みで聞いてくる。



「そ、そうだ! 早くユーリ様に伝えないと……」

「ユーリ様に? 今ユーリ様は出かけられていますが、何かあったのですか?」



 聖女に事の顛末を話して良いのか迷うレン。

 裏切りが常の世界で働いていたからこそ、そこの見極めが生き残る上でもっとも重要なことだったのだから――。



「……聖女様、あなたは誰の味方なのですか?」

「誰だと思いますか?」



 そう簡単に胸の内を話してくれないようだった。

 すると隣でトットが起き上がる。



「腹芸をしている時間はない。ここの長たるユーリがいないんだろ? それなら今この領地をまとめてるのはいったい誰なんだ? そいつを呼んでくれ」

「わかりました。少しお待ちくださいね」



 エミリナが部屋から出て行く。

 そして、連れられてきたのはエミリナより更に小さい少女だった。



「サーシャ・ルーサウスと言います」



 相手はどうやらユーリの妹のようだ。



「俺はレン。『烏』所属、といえば伝わるか?」



 それを聞いた瞬間にサーシャは眉をひそめる。

 しかし、それ以外表情を変えないのはさすがである。



「俺は『烏』のギルドマスターだ」

「それでお二方が私にいったい何の用でしょうか?」

「まどろっこしいのは苦手だから単刀直入に言う。俺たちを匿ってくれ」



 サーシャは『烏』が闇ギルドで、父バランが度々暗殺や情報収集につかっていたことを知っている。

 だからこそ簡単に信用して良いものかと迷う。



「一応ユーリ様にはトットを説得して戻る話をしていたんだ。ただその際にちょっとしくじってしまって……」

「おにい……。いえ、兄に既に話されているのですね。それでいったい何から匿えばよろしいのでしょうか?」

「……お前たちの父親からだ」



 レンとしては話すべきか迷っていたのだが、トットはあっさりと暴露する。

 そして、鋭い視線でサーシャを眺めていた。



「なるほど。あなたたちも父の被害者、ということなのですね。わかりました。好きなだけこの街にいてください」

「……いいのか?」

「もちろんですよ」



 サーシャは少し悲しそうに承諾してくる。

 やはり実父だけあって思うところはあるのかもしれない。


 相手が強大であることは実子だからこそ理解しているはず。

 それなのに即答してくれたことにトットは嬉しそうに呟く。



「……なるほど。レンが気に入るわけだ」



 その様子をレンは苦笑して見ていた。



――いや、俺が気に入ったのはユーリであってこの少女ではないのだが。



「なら、もう一つ教えよう。この領地、狙われてるぞ? 日数を逆算して今から数日以内にこの領地は襲われるだろう」



 何の脈絡もなく突然そんなことをいうものだからサーシャは訳がわからなくて固まってしまう。



「ど、どういうことですか!?」



 反応を見せたのは先ほどまで黙っていたエミリナだった。



「どうやらお前たちは目立ちすぎたようだな。バランあいつに邪魔に思われたのだろう。魔族にこの領地を襲わせようとしていたぞ?」

「で、でもここには魔王様もいらっしゃいますよ?」

「呼んだか?」



 エミリナの声を聞き、ルシルが部屋に入ってくる。

 その瞬間にトットが立ち上がり武器を構えようとする。

 しかし、瀕死の状態でこの領地へ来たために武器を持っていなかった。



「も、もう魔族が襲ってきたのか!?」

「……何を言っておるのじゃ? 魔族が襲ってくるはずなかろう」



 あきれ顔を見せてくるルシル。


 彼女からしたらすれば、襲撃の指示は出していない。

 だからここに魔族が襲ってくるはずないのだった。


 エミリナに頭を撫でられたルシルは、この部屋に食べ物がないとわかるとすぐさま食堂へ向かっていった。



「なるほどな。確かに魔王がいたら魔族は襲ってこないか」



 トットは頷いていたが、サーシャはむしろ父バランなら魔王と魔族を仲違いさせて、襲わせたあと、その責任をもう一方にとらせる……くらいのことはやりそうだと思った。



 ただそれは魔族に限ったことではない。



 獣王とは話がついているとはいえ、ここには獣王国の第一王女エルゥもいる。


 彼女ももはや獣王国で王の座に就くつもりはないとはいえ、それでも邪魔に思っている者はいる。


 そして、悪い予感は大抵当たってしまうものである。



「サーシャ様、エミリナ様、こちらにおられましたか。相談したいことがあります」



 エルゥが彼女の兄、カミルを連れて慌てた様子で言ってくる。



「どうされましたか?」

「ギーシュ様が率いる獣王国の兵たちが『反国者、エルゥを倒せ!』と言ってこの領地を襲う準備をしてるみたいです!」

「う、うそ……」



 ここを取りまとめているユーリがいないタイミングで何故こうも問題が起きるのだろうか。



 ただユーリもそれを見越していたのかもしれない。

 危険なダンジョンに行くのにこの領地の戦力である傭兵たちは連れて行かずにたった三人で向かった事がそれを物語っている。


 もちろん完全な勘違いだが。



「わかりました。至急対策を――」

「た、大変なのじゃ!? セバスが、セバスが……」



 食堂に行ったはずのルシルが傷だらけの男をつれて部屋に戻ってくる。

 ただ血を流し意識が朦朧としている様子の男の片足を引きずっているせいで、余計に傷が増えている。



「こ、今度はどうされたのですか!?」

「はぁ……、はぁ……。そ、それは私から説明させていただきます」



 虫の息であるセバスがなんとか体を起こして話し始める。



「じ、実は魔王国で反乱が起きました」

「な、なんじゃと!? いったい誰が!?」

「魔王様の影武者だったディブロにございます。彼が裏で四天王たちを唆したようです。全員ではないですが半数が彼を支持しており、魔王様を倒そうとこちらへ向かっています」



 つまり魔族も襲ってくる?

 獣人たちも襲ってくるのに?


「と、とにかく襲撃に備えましょう」



 サーシャが慌てた様子で告げる。

 ただ襲撃はそれだけでは済まなかった。



「エミリナ様、このような手紙が届いております」



 傭兵が手紙を持ってくる。

 それをその場であけて読むエミリナ。



「うそっ……。サーシャ様、こちらを――」



 エミリナから手紙を渡されたサーシャはじっくりとその手紙を読んで驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。



「聖アメス公国が『他種族が暮らす領地は神の御名から認められない。聖敵として神罰を与える』と宣戦布告してきました……」

「な、なんだって!?」



 レンは思わず聞き返す。



 確かにこの領地の在り方はたくさんの敵を作るであろう事はわかっていた。しかし三カ国が同時に攻めてくる、なんてことがあるだろうか?



 これを仕組んだ相手がいることは明白だった。

 そして、他国相手にそんなことができるはただ一人である。



「お父様……、本気でお兄様を潰そうとされてるのですね……」

「サーシャ様、すぐに対策会議を開きましょう。集まれる人を全員集めて……」

「そ、そうですね。トットさんたちも来てくれますか?」

「あぁ、当然だ」

「あとはお兄様にも至急連絡を――」

「場所を教えてくれたら俺が行く。それが一番早いだろ?」



 レンが進んで言ってくる。

 転移を使える彼なら確かに一番早い。

 もしかすると襲撃に間に合うかも知れない。



「わかりました。よろしくお願いします」



 こうして慌ただしく、領地存続を掛けた会議が開かれることとなったのだった。

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