賢者の塔
まだまだ手を加えるところは多いものの、始めに比べるとだいぶ街らしくなってきた。
これで人手の問題さえ解決すればいっぱしの領地と名乗れるだろう。
外貨の獲得手段は相変わらず『冷蔵庫もどき』に頼ってしまっている現状だが、売れ続けてる現状があるために新作よりも追加を求められている。
これには俺も複雑な気持ちである。
アランの話では劣悪な模造品すら出てきてるとのことで、俺製であることを示すための認定マークが欲しいとも言われた。
「『冷蔵庫もどき』もどきか」
「なんですか、それは!? まさか新商品ですか!?」
「明らかに違うだろう!? 偽物の『冷蔵庫もどき』のことだ!」
やたら食いつきを見せるアランを嗜めると露骨にガッカリされる。
「せっかくの商売チャンスだと思ったのですけど……。『冷蔵庫もどき』の逆で食品を温められる箱とか……」
「あー……、電子レンジかオーブントースターだな」
「も、もう試作品があるのですか!?」
アランがまるでゾンビの如く、のろのろと近づいてくる。
売れるものに貪欲というのはよくわかるけど……。
「まだないな。常に冷やしておけば良い冷蔵庫もどきと違って、オンオフが必要になるんだが、それがうまくいかなくてな」
使うのがその属性に対応している魔法使いならばそんなことを気にしなくても、魔力を込めたら付く、という形にできるのだが、誰でも使えるという部分でできれば魔力は初めから込めておけるようにしておきたい。
冷蔵庫もどきも潰れるまで誰でも使い続けられる、という汎用性の高さを買われてるわけだから。
「俺だけだと少し手詰まりなのかもしれないな」
「そう仰ると思って、その道のスペシャリストの方に声は掛けてありますよ」
アランがにっこりと笑みを浮かべている。
初めからこの展開に持っていくつもりだったな……。
今回ばかりは完全に俺がしてやられたわけだ。
苦笑を浮かべながら聞く。
「一体そいつは誰なんだ?」
「メルティ・ベルモルト。聞いたことありませんか? 魔法においては他の追随を許さないと言われる賢者様ですよ」
あぁ、よく知っている。
終盤で勇者パーティーに加わる賢者メルティ。
高火力魔法を連発して敵を殲滅する作中で五本の指に入る高威力魔法使いだ。
彼女のせいで父の企みの一部が暴かれたと言っても過言ではない。
つまり俺にとってはこの上ないくらいに危険な相手でもあった。
でもアランが言わんとしてることもわかる。
基本四属性を高水準で使うことのできる彼女ならば魔法に関する悩み解決の糸口を見つけることができるかもしれない。
代わりに原作キャラという爆弾を抱えることになる。
でも、エミリナという例外もいる。
聖女である彼女が来たからといっても破滅へ進んでいる感じはない。
バランがどうにも国家転覆に動いていないのだ。
なにか他に気になることでもあるのか、それともまだ原作が始まっていないからか、暗躍している様子はなかった。
俺からしたらありがたいことだが、いずれ動き出すことには違いない。
それならば俺も魔王討伐に向けて準備を進めておくべきだろう。
そうなると今の比較的危険が少ないうちに冒険をすべきかも知れない。
「それでその賢者はこの領地に来てるのか?」
「それが話はしたのですが、来てはいただけなかったのです。でも、直接こちらから出向けばきっと……」
「賢者のいる場所はわかってるんだな?」
「えぇ、賢者の塔と言われているダンジョンの最上層に住んでるみたいです」
そういえばやたら入り組んだギミックとそれなりに強い魔物がうろついているダンジョンだった気がする。
「つまりダンジョンを攻略する必要があるわけだな」
「……そうなりますね」
「無理に行かなくていいんじゃないか?」
さすがに終盤訪れるダンジョンに挑むなんて無謀な真似はしたくない。
「でも、賢者様はその塔から出てこないんですよ」
「食料品とか買い出しに来たときに話せば良いだろ?」
「買い出しは使い魔がしていて――」
「……どうやって声をかけたんだ?」
確かに声をかけたと言っていたはずだが……。
「もちろんその使い魔に食材と一緒に手紙を持たせたんです。それで来た返答がこれだったんですよ」
アランが自信たっぷりに手紙を見せてくる。
そこにはこのように書かれていた。
『話を聞いて欲しくば賢者の塔の最上階まで参られよ。メルティ・ベルモルト』
どうみても商人だと行けない場所にいるので、体の良い断り文句だと思うのだが?
しかし、アランの考えは違うようだった。
「これはつまり最上階まで行けば何でも話を聞いてくれるってことですよね!?」
「まぁ、そうだろうな……」
確かに原作でも主人公たちが最上階までたどり着いたが故に力を貸してくれるようになった。
ダンジョンを攻略すれば話を聞いてくれると言うことは間違いないのだろう。
「でも、塔の中に入ってダンジョンをクリアするのは無理だぞ?」
いや、待てよ。
必ずしも無理とも言い切れないか?
俺が少し考え込んでいるとアランは嬉しそうに何も言わずに笑みを見せてくる。
「どうした?」
「いえ、その表情は何か考えついたのかと思いまして……」
「うまくいかないかもしれないぞ?」
「大丈夫です。私はユーリ様を信じておりますので」
成功を疑わないのはどうかと思うぞ……。
と思いながらも俺は必要な道具を用意しにドズルの鍛冶場へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
ドズルの鍛冶場からは金槌で叩く音が響いていた。
扉を開けた瞬間に俺を襲う熱波に思わず眉をひそめる。
「ドズル、ちょっと良いか?」
「ちょっと待て! 今手が離せない!」
どうやらドズルはちょうど剣を作っているようだった。
かなり大型のものを作っているようなので、フリッツが持っている大剣というものなのだろう。
その様子を眺めていると打ち終わったのかドズルは汗を拭いながらやってくる。
「すまない、待たせたな」
「いや、気にするな。こっちが急に尋ねたのが悪い」
「それで何のようだ?」
「用意してほしいものがある」
そういうと俺は紙に必要な道具を書いてみせる。
「うーん、作れなくはないがこんな重そうなもの、誰が使うんだ?」
「フリッツだ!」
この領地で力仕事を任せられそうな人間はフリッツくらいしかいなかった。
「お主はまた勝手に……。わかった。数日待ってくれ。フリッツでも使えるように調整してみる」
「任せたぞ」
これで最低限の用意は調った。
あとはダンジョンを攻略するだけだった。
◇ ◆ ◇
賢者の塔の最上階。
ここにインラーク王国最強と言われる賢者、メルティ・ベルモルトが住んでいた。
ダンジョン化している最下層と違い、メルティの部屋は生活感溢れた一室だった。
紙や本で散らばった部屋。
ろくに風呂にも入らずに研究に没頭しているために青色の長い髪はぼさぼさになっている。
服もヨレヨレのシャツ一枚でスレンダーな胸元や細い太ももが見えているが、どうせ自分一人なのだから、とそれを気にする様子もなかった。
短めながらも少し先の尖った耳は彼女がエルフ族の縁のものであることの証であるが、完全なエルフほど耳が長くない。母方がエルフという俗に言うハーフエルフというものだった。
それでも人間以上に長い寿命と高い魔力を持っている。
でもそれだけでは賢者と呼ばれることはない。
その生涯のほぼ全てを魔法の勉強に費やし、こうして他の事象を気にすることなく研究し続けられる環境を手に入れたのだった。
彼女にこの場を与えたインラーク王国の貴族は、どんどん力を付ける彼女に怯え、塔の下層に魔物を放ったのだ。
ただ、彼女の部屋には結界が張られており、魔物は入ってこられないようになっている。
その結果、最上階以外がダンジョン化する不思議な塔が完成したのだった。
朝も早くまで研究に没頭していたメルティは部屋のど真ん中で大の字になって眠っていた。
すると突然大きな地震が起き、思わず飛び起きていた。
「な、何が起きたの!?」
慌てて部屋にある小さな小窓から外を眺める。
すると、地面の方に三人組の姿が見える。
おそらくは下層にあるダンジョンに挑みに来たのだろう。
彼女の魔力に当てられて、それなりに強化されている魔物達がいるので、それなりに高位ダンジョンとして認定されていることをメルティは知っている。
さすがにそこまで強そうに見えない三人で挑むのは無謀を通り越して自殺願望があるとしか思えなかった。
しかし、その三人組は全くダンジョンへ入るそぶりを見せなかった。
でも、三人組で一番背の高い男が大剣を構えると、突然塔を切りつけていた。
甲高い音を立てるものの、この塔は石造りでそれなりに頑丈に作られている。剣で切ったところで何か起こるわけでもない。
そう思っていると次にその男は巨大なハンマーに持ち替えていた。
更に真ん中にいた少年がなにか魔法を使っているようだった。
その魔法はメルティも知らないものである。
それに興味が惹かれていると男がハンマーを振りかぶり、それが塔に当たる。
その瞬間に輪切りされた丸太のように塔の一部が吹き飛ばされていた。
「……はぁ!?」
メルティは何が起こったのかわからずに思わず声を漏らす。
どう見ても人間業には思えない。相手は神か何かか?
しかし、考えるだけの時間はメルティには与えられなかった。
三人組はどんどん塔を輪切りにしてハンマーで飛ばしていく。
そして、ついに塔は最上階を残して全て無くなってしまったのだった――。
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