引きこもり賢者
俺がドズルに頼んだのは鉄製の巨大なハンマーだった。
もちろん魔石を嵌める穴も用意してもらい、魔槌化していた。
原作でも『魔槌ミョルニル』という外すことは多いものの当たれば作中最高威力の攻撃力を誇る槌があった。
今回は意外と大きな魔石を備え付けられたので、付与魔法は大さじ一杯分ほど込めることができた。
これで多少なりとも威力を増すことができただろう。
「うぐっ、重い……」
それなりに力の素質はあるはずなのに、俺だとこの槌は持ち上げることすら叶わなかった。
「だから言ったであろう? こんなもの、誰が持てるんだと」
ドワーフのドズルも持ち上げはできるものの重たそうにしている。
「大丈夫だ。
不思議そうにするドズル。
しばらくするとなんで呼ばれたのかわかっていないフリッツがやってくる。
「ユーリ、呼んだか?」
「あぁ、お前専用の武器ができたぞ」
「ま、マジか!?」
フリッツは目を輝かせて嬉しそうに床に転がっている巨大な槌は無視して周りを探していた。
探すまでもなく目の前に転がっているのにな。
子供のように目を輝かせているフリッツに、俺は槌を指差す。
「これだぞ」
一瞬固まるフリッツだが、俺の指の延長線上に短剣を見つけてホッとしていた。
「はははっ……、びっくりしたぞ。まさか俺に振るだけで精一杯なハンマーを使わせるのかと――」
「その
今まさに短剣を取りに行こうとしていたフリッツの動きが止まる。
まるでロボットのごとく、ぎこちない動きで俺の方を見てくる。
だから俺は使い心地を確かめて良いんだぞ、という意味を込めて頷く。
すると、無表情のフリッツがそのまま
軽々と持ち上げるあたり、さすがはフリッツだった。
「あのな、ユーリ。お前は俺が普段から使ってる武器って知ってるか?」
今更何を聞いてくるのだろうか?
俺は当たり前のように答える。
「スコップだろ? もちろん知ってるぞ」
「ちっがーーーーーう!! 俺の武器は剣だ! お前にも石の剣を作ってもらっただろ!?」
「あー……、見栄えで持っていたわけじゃないんだな」
「実際に使ってるところも見てるだろ!?」
確かに剣を使っていたときもあったかもしれないが、素振りすらスコップでしていたのだから変わりものの武器が好きなのかと勝手に思っていた。
「まぁ、これは必要なものなんだ。悪いが使ってくれ」
「必要ならそうと言ってくれ。でもこんなもの、どこで使うんだ?」
「それは……賢者の塔だ!」
◇ ◇ ◇
俺とフィー、フリッツの三人で賢者の塔までやってきた。
「話していた通りに頼めるか?」
「……本当にやるのか? うまくいくとは思えないが」
「失敗したらそのときは諦める。ものは試しだからやってくれ」
「はぁ……。わかったよ」
フリッツはまず大剣を構え、塔に切りつける。
すると案外脆いのか、塔にはしっかり切れ込みが入る。
「これでいけるはずだな」
「わかった。危ないから離れていろよ」
俺が思いついた簡単に賢者の塔を攻略する方法。
それは塔自体を壊してしまおう、ということだった。
天に伸びる高い塔。
それは逆に基礎部分を壊してしまえば上層階は簡単に崩れてくるということにほかならなかった。
ついでに塔が崩れてこれば中にいる魔物も押しつぶせる。
まぁ、最上階に住んでいる賢者も危険だが、彼女の能力なら自分の身を守る程度のことは容易にできるはず。
魔王を討伐して崩れる魔王城から逃げる際も、彼女の魔法で瓦礫から身を守り、空を飛んでその場から逃れていた。
今回はそれと同じことをして貰うだけなので、心配する必要は無い。
ここまでメリットがあるのだから原作ではできなかった塔崩しをやるべき、と思った俺は建物を壊すなら槌だなってフリッツ用に用意したのだ。
ただそのまま壊しては予想外の壊れ方をしてしまうかも知れないので、まずは切れ込みを入れてどこまで壊すかの方針を立てる。
そして、フリッツが振りかぶって
たださすがに塔そのものを壊すとなると今の怪力を備えたフリッツでも厳しいかも知れない。
そこで俺はフリッツ自身にも付与魔法を使う。
実際に攻撃する魔法ではなく、苦手な部類だがないよりはマシだろう。
ただ、ここで全く予想外のことが起こってしまう。
崩れるはずだった塔がまるでだるま落としのように、綺麗に一階層だけ飛んでいってしまったのだ。
「はぁ?」
「す、すごいの。綺麗に飛んだの」
「おいっ、いったい何をしたんだ? どうして塔の一部が飛んでいくんだよ!? 中にいた魔物は?」
「あっ、うん。気にするな。おおかた予定通りだ」
「気になるだろ!?」
「そんなことよりもどんどん行ってくれ」
「とりあえず崩し終わったら詳しく聞かせてもらうぞ!」
フリッツはそういうと作業へと戻っていく。
どうして崩れなかったんだ?
流石に今の状況は俺からしても違和感しかないものではある。
しかし、塔の一部を弾き飛ばした際にフリッツのレベルが上がっていたので、中の魔物たちは倒せているのだろう。
あとから飛んでいったダンジョンも調べてみよう。
再び飛んでいく賢者の塔を見ながら俺はそんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇
心地よい音を鳴らしながら賢者の塔を飛ばしていたフリッツだったが、ついに最上階を残し、すべての階層が飛んでいってしまった。
「これでいいのか?」
「あぁ、助かった」
わざわざ危険なダンジョンを潜らなくても、こうやって全てを壊してしまえば、簡単にイベント回収できるのであった。
ただ、ここにいるのは賢者メルティである。
何も用がなければ、絶対に近寄ろうとしない相手である。
すると恐る恐る女性が窓から出てくる。
ぼさぼさの長くて青い髪。
やや小柄で控えめな体つき。
そして、少し短めだが尖った耳を持った女性が姿を現す。
なぜか服装はヨレヨレのシャツ一枚という中々刺激的な格好をしている。
「ユーリ様は見たらダメなの!」
すぐさま俺の目をフィーが塞いでくる。
「し、死ぬかと思いました……」
何を大袈裟なこと言ってるんだ? 賢者なら自分に防御魔法を掛けて、空を飛べば簡単にこの塔からは逃げられたんじゃないのか?
いや、そんな単純なことじゃないかもしれない。
彼女がわざわざ身を隠すほどの危険が迫っているということかもしれない。
ただ、彼女の視線が俺たちの方へ向くとそのまま固まり、怯えながら塔の中へ戻っていく。
「ちょっと待て! 戻っていくな!」
「わ、私は食べても美味しくないですよ。ガリガリで肉は全然ついてないですから」
そこでメルティは自分の胸を触る。
「肉はついてない……ですから」
なぜか言葉に悲しみが込められている気がした。
それにしてもどうして俺が人を食べるように思うんだ。
黒幕だからか目つきは鋭いが、ただそれだけのどこにでもいる子供なんだけどな。
「はぁ……、面倒だ。フィー、説明してくれるか?」
「任せてなの。ユーリ様はたっぷりご飯をくれるの!」
「太らせて食べる気なんですね……」
「一度食い物から離れてくれ……」
全く話が進まない。
本当にこの子は賢者なのだろうか?
原作で見せたような鋭い推理が今のメルティからは感じられない。
むしろポンコツ臭が漂ってきている。
このままでは話が進まないので、フリッツの力を借りる。
「ははっ、ユーリが世間一般からズレてるのは周知の事実だ」
「……待て。周知って初耳だぞ? 俺は普通のことしかしてないぞ」
「一度普通という言葉を調べたほうがいいな」
呆れ顔を浮かべるフリッツ。
その手には相変わらず
俺ですら怯えていたメルティがフリッツに対しても怯えない道理はない。
明らかに危険な
しかし、メルティの反応はまるで違ったものだった。
恥ずかしそうに顔を赤めらせ、ジッとフリッツの顔を見ていた。
ゆっくりとフリッツの方へと近づいていくメルティ。
流石にその対応にフリッツも緊張してしまい、息を飲む。
そして、メルティがフリッツの手を取る。
「言い値で買います! その魔道具を売ってくれませんか!」
どうやら彼女はフリッツの顔を見て照れていたわけではなく、
「いやいや、これは売り物じゃない。そもそもどうして君はこんなところに捕まっていたんだ?」
フリッツが素朴な疑問をぶつけていた。
原作でもメルティが賢者の塔にいた理由は語られていない。
でもこういうことをする奴には心当たりがありすぎた。
「それは研究のために……」
「おおかた
賢き者と書いて賢者と読むのだからわかりやすい罠に嵌るはずがない。
何かを人質に取られて捕まったほうがまだ信憑性があった。
すると、慌てた様子のメルティが必死に首を縦に振っていた。
「そ、それです! もちろん、そうに決まってますよ! 絶対に研究のために一人で登ったなんてことはないですから!」
やはりそうか。こんなところにまで黒幕の手が伸びていたんだな。
最近動きがないと思ったが、着実に王国崩壊へ向けて動いてる、というわけだ。
つまりここでメルティを助けたのも良い意味で黒幕の妨害になるので良かっただろう。
この塔に賢者メルティが閉じ込められていたのは全く別の要因で、彼女が自分から入っていったのだが、そのことを知らない俺はどこまで黒幕の手が伸びているのか、と周囲の警戒を強めるのだった。
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