第二話 襲撃

畑の改良

 結局あのあと部屋に戻っていったレンは律儀にも次の日、俺に挨拶をしに来る。



「俺はこれからトットを説得するつもりだ」



 かなり意気込んでいる様子だった。

 でも俺には懸念材料があった。


 上手く説得できるといいけど、相手の背後に黒幕であるバランがついていると考えると何事もなく終わるとは思えない。



「ちょっと待て」



 貴重な転移魔法使いがこの領地に住んでくれようとしているのだ。みすみすそのチャンスを逃すわけにはいかない。


 そのためにできる協力はするつもりだった。


 俺はミサンガ型の試作品の魔道具をレンに渡す。



「これは?」

「試作の魔道具だな。困った時に使えばお前の手助けになってくれるはずだ」



 まだ完全に仲間になってくれるとも限らないし、万が一黒幕側に渡ることも考慮して使い捨ての魔道具である。


 効果自体もそれほど強いものではないが、レンにとっては命を救うものになり得るだろう。



「すまない。助かる」



 レンはミサンガを早速腕に着ける。


 それを見ていたフィーは少しだけ眉をひそめる。

 その視線はレンがつけているミサンガへと向けられていた。



 正直、フィーがつけてもほとんど効果がないものなんだけどな……。



 苦笑を浮かべながら俺はフィーの頭を撫でる。



「今度、フィー向けのも作るからそれで勘弁してくれ」

「い、いいの!? ありがとなの!」



 フィーは大きく目を見開いたあと、嬉しそうに微笑んでくる。



「なぁ、俺すごくこの場に居づらいんだけど、もう行っていいか?」

「どうして居づらいんだ? まぁ、いいや。とにかく気をつけて行ってくれ」



 不思議に思いながらレンを見送る。

 転移による移動は案外あっけないもので、扉のようなものが表れたかと思うとレンがその中に入ると扉ごとその姿が跡形もなく消え去っていた。




        ◇ ◇ ◇




 レンの転移を見送った俺たちは畑へと来ていた。


 すると俺の姿を見つけたアルが急いで駆け寄ってくる。



「肉の兄ちゃん、来てくれたんだね」

「みんなが色々と試してくれていると聞いて実際に見に来たんだ」



 畑の方を見ると痩せた土地と聞いていた通り、まともに生えていなかった。



「なるほどな……。やはりまずは土地の地力を回復させないといけないようだな」

「地力?」

「土に栄養がないってことだな。とりあえずどこかの畑に堆肥をまいてみるか」



 下水をしっかり整備した影響で、少々堆肥を集めるのが難しいが、それはアランに相談してみよう。



「そもそも土がダメならリセットをするために水田にしてみるか……。色々と同時に試した方が良さそうだな」

「わかったよ。詳しく教えてくれる?」

「俺もあまり詳しいわけじゃないけどな」



 畑の専門家でもいればもっと良かったのかも知れない。

 俺はうろ覚えな知識をなんとか引っ張り出してアルに教えていく。


 それを一言一句聞き逃さないようにしっかりと耳を向けてくるアル。

 それなのに言葉が微妙に曲解されて伝わるのはなぜだろうか。



「わかったよ。畑でトイレをしたら良いんだね?」

「いや、全然わかってないだろ? 確かに人糞も肥料として使えるが、そのまま使ったら病原体が撒かれて、作物に悪影響を及ぼすだろ?」

「うーん、難しいね」

「アルは届けられた肥料を畑に撒いて少し休ませたあとで、作物を植えてみてくれるだけでいい。当面は水田の準備か?」

「わかったよ。一つは休ませて、一つは水田。一つは肉畑にするね」

「……肉畑?」



 聞いたことがないワードが飛び出してくる。

 もしかして、何か魔物を増やすための方法があるのだろうか?


 そんなことを考えるが、アルが言おうとしたのはもっとストレートなことであった。



「お肉を植えたらたくさんのお肉ができるって聞いたことがあるんだ。だから畑を作ったら絶対に試そうと思ってたんだよ」

「あー……、それは嘘だな」

「えっ!? そ、そんなことあるはずないだろ!?」

「そもそも肉は魔物から取るものだぞ? アルも狩りをしてただろう?」

「うん……、確かにしてたけど、畑に植えて増えるなら危険なことをしなくてもいいかなって思ったんだけど……」

「それはいずれ用意しようと思ってる家畜だな。肉のために育てる動物だ」

「っ!? そ、そんなのがあるの!? 肉を育てるの!?」



 目を輝かせながら見てくるアル。

 ただ言い方的に動物を育てるというよりは肉そのものが家畜として育っていく、というニュアンスに取れたのは気のせいなのだろうか?



「とりあえずそういうことだから肉畑は諦めてくれ。代わりに……」



 そういえば現実的に考えていたが、この世界は魔力がある。

 それを畑に使ってみるとどうなるのだろう?


 ちょうどエマが光魔法を鍛えるために使った練習用の魔石がある。



 これを砕いて畑に撒いてみるとどうなるのだろうか?



 影響がわからないので試してみるのも良いだろう。



「この粉を撒いてくれるか?」

「白い粉だね!」

「いや、白くはないし危険なものじゃないぞ」



 怪しい粉に聞こえるのでそこはすぐさま訂正する。



「これを撒けば良いんだね?」

「あぁ、頼む。あとはそれと一緒になにもしないものも育ててくれ。差を比較したいからな」

「それなら試すのは全部揃ってからがいいんだね」



 アランに堆肥を用意してもらうのと水田を作るのはどうしても時間がかかる。

 でも比較をするなら同じタイミングの方が良さそうだ。



「そうだな。すぐにアランには準備してもらうように言っておく。だからアルも水田の準備を頼んだぞ」

「任せて!」



 それからアルは急いで子供たちを集めて指示を出していた。


 宿屋で働いている三人を除いてもまだ十人以上いる子供たちは皆、俺が作った魔石付きの石クワを持っている。


 子供の力でも土が掘りやすくて重宝してるらしい。


 他にも畑の側に作られている小屋には石斧や石鎌、あとは使っていない種や木材とかが置かれている。

 これも子供たちだけで作ったらしい。


 もうすっかり一大戦力である。

 レベルが低いのでまだ戦闘には向かないだろうが、そのうち特訓をしたら戦いでも戦力になってくれそうだ。


 そんなことを思いながら俺は子供たちが水田を作ってる様子を眺めていた。




        ◇ ◇ ◇





 アランから堆肥が届き、早速畑の実験を始めた次の日、慌てた様子のアルが朝早くから館へとやってくる。



「肉の兄ちゃん、大変だ!!」

「な、なにがあった!? 敵襲か!?」

「ち、違うよ!? と、とにかく来てよ!!」



 アルに手を引っ張られながら俺は畑の方へ連れて行かれる。


 そこで見たものは――。



「な、なんだこれは!?」



 なんとたった一日しか経っていないのにすでに収穫できそうなほどに大きく育った作物たちであった。



「俺も朝起きたらこうなってたからビックリして肉の兄ちゃんを呼びに行ったんだよ」



 でもこれを使えば一気に食糧問題を解決できるのではないだろうか?



「この畑は――」

「あの白い粉を撒いたところだよ」

「白くはないけど、魔石の粉を撒いたところだな」



 やはり魔力を使えば良い効果を与えることができるんだな。



「せっかくだから収穫してみるか」

「うんっ!!」



 アルができた野菜を採取してくれる。

 その様子を眺めていた俺だったが、魔石で作った食べ物が果たして体に影響がないのか、少し気になったので一つ、採れたての野菜を食べてみる。


 そこで致命的な問題に気づく。



「……味がないな」



 魔石で育てた野菜は見た目こそはちゃんとできているのだが、なぜか無味無臭だった。

 おそらく栄養とかも一切無いのだろう。


 もしかすると、魔石を撒くと成長はさせてくれるけど、ただそれだけなのかもしれない。



「このままだとダメだな」



 ただ体に悪影響がなさそうだった。

 上手く撒く量を調整できたら成長促進剤として使えるかも知れない。



「どうするの、肉の兄ちゃん」

「とりあえず他の作物の結果次第だな」



 結局、それからしばらく過ぎると水田にした畑と堆肥を撒いた畑は無事に作物をつけてくれたので、農作業はそこを中心にして、あとは魔石の粉は少量混ぜるかどうかの実験を繰り返すのだった――。

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