転移魔法

 訓練のあと、俺はフィーと共に子供たちが営んでいる宿の様子を見に来ていた。

 建物と食材だけ渡して任せきりにしていたが、相手が傭兵たちと言うこともあり、少しだけ気にはしていたのだ。


 ところが――。



「案外しっかりやれてるな」

「みんな頑張ってるの」



 しっかりと働いている子供たちを見て、安心していた。

 むしろ傭兵たちにかわいがってもらっているようで、こっそりおやつをもらっている姿も見受けられた。


 それでも何か問題があるかも知れない、と俺は声をかけてみる。



「働いてみてどうだ? 何か問題はなかったか?」

「肉のお兄ちゃん! 大丈夫だよ。みんな喜んでくれてるよ」



 宿の受付にいた少女が嬉しそうに教えてくれる。

 アルのように『肉の兄ちゃん』呼びはやめて欲しかったが、訂正するよりも早くになぜか子供たちに広まっている。


 最近は別に肉を渡しているわけでもないのに。


 でも、催促されているような気分になり、宿には大量の肉を卸すようにしている。

 スタンピード以降、かなり減っていた魔物の数も徐々に増えてきており、傭兵たちが狩ってきている。


 その魔物肉は倉庫で保管してあるので、すぐに食糧難にはならないが、どうしても狩りを頼ると取れる量に幅が出てしまう。


 それらを考慮してもいずれは家畜を飼うことも検討すべきだろう。


 そんなことを考えていると俺たちが座っている席にフリッツがやってくる。

 その手には大量の料理が持たれている。



「ユーリたちもここに来ていたのか?」

「ちょっと野暮用でな。フリッツこそどうしてここにいるんだ?」

「俺は飯だけはここで食ってるぞ?」

「そうなのか。全然知らなかった」

「そういえばここに来る途中、知らない奴に会ったな。宿を探していたから新しく来た傭兵かも知れないが」



 フリッツが指差した先には傭兵としてはずいぶん細見な青年がいた。

 黒ローブでなるべく顔を隠そうとしているが、逆にその格好が怪しいと思ったのかしっかり顔を見せている。



「なんだか怪しいな」

「傭兵の格好は色々だからな」



 フリッツに言われて納得させられる。

 別に傭兵だからといって重装備をしないといけないわけじゃない。


 むしろ重装備をしているのは騎士や兵士で、傭兵は色んな地へ赴くために軽装であることが多かった。


 そんなことを思っていると黒ローブの青年から俺の名前が発せられる。

 だからこそ俺は青年に話しかけていた。



「俺に何か用か?」



 そう言いながら青年を鑑定する。



名前:レン

性別:男  年齢:24歳 種族:人族

職業:ギルド『烏』所属

レベル:26

HP:134/134(D)

MP:67/82(D)

攻撃:17(D)

防御:11(E)

敏捷:24(C)

魔力:21(C)

【スキル】

短剣:4(C)

【魔法】

転移:4(E)



 『烏』というギルドには聞き覚えがある。


 たしか原作の中ボスに『烏』のボスとかいうやつがいた気がする。初見殺しの毒をしっかり対策しておけば簡単に倒せる相手だった。


 つまり、レンが所属しているギルドの長は黒幕である父との繋がりがある、と見るべきだろう。


 やや怪しく思いながらもレンが持っている魔法属性はすごく興味があった。


 原作だと不遇すぎてろくに使うことがない転移属性。

 戦闘ではまるで役に立たない上に移動でいろんな町に飛べるとはいえ、それは別に町で馬車に乗れば済むので、たったそれだけで貴重なパーティー枠を一つ埋めてしまうような奴はほとんどいなかった。


 しかし、それはあくまでも原作での話である。

 実際に使うとなると転移魔法は汎用性が高く、とても頼りになるものだった。


 自由に余所の町へ一瞬で飛べる能力なんて、チート以外の何物でも無かった。


 領民にまではならなくても良いが、好印象を与えておきたい。

 そう思った俺はなるべく友好的に見えるように笑みを見せる。

 


「あっ……、えっと、その……、ユーリ様?」

「そうだ。ここ、ルーサウス領の領主を任されているユーリ・ルーサウスだ。『烏』のレン」



 いま調べた正体をフィーやフリッツにも伝わるように言う。

 するとレンが恐ろしさのあまり身じろぎしていた。



「別に取って食おうとしてるわけじゃないぞ? まぁ座ると良い」



 俺は同じテーブルの開いている椅子へ座るように促す。


 一瞬宿の出口へと視線を向けるレン。

 しかし、かなり距離があるので、俺たちからは逃げられないと判断したのだろう、素直に座ってくれる。



「……それで何の話をするんだ?」

「そうだな。この街はどうだ?」



 単純に住み心地について聞きたかっただけなのだが、レンはそこから深読みをしているようだった。



「……わかった。降参だ。そこまで知られているとなると無理だ」



 レンは両手を挙げる。



「でも、どうして俺がこの街の調査をしに来たということがわかったんだ?」

「えっ? あ、あぁ、ここから逃げようとしていたお前の態度かな?」



 誰かの暗殺に来たのかと思ったが、まさかの街の調査だった。


 確かにこれだけなら白状したとしても極刑まではならない。

 罪にすら問われないことも多々あるだろう。



「そうか……。俺もまだまだだな」

「それでお前の調査はどうだったんだ?」

「まだ少ししか見てないが、正直に言えば脅威以外の何物でもないな」

「脅威? どういうことだ?」

「超格安の宿に使い放題の風呂、飯も腹一杯食える。この街で暮らしたらもう他所には行けなくなる。これが危険と言わずに何というんだ?」



 レンが力説してくる。

 ここまでストレートに褒められると嬉しくなってくる。



「そこまでいうならお前もこの領地に住むか?」

「……いや、俺は『烏』を裏切ることはできない」



 今一瞬迷っていたな。

 これはもう一押しかもしれない。



「別に裏切る必要はないぞ? お前の力があればいつでも駆けつけることができるだろう?」

「俺の魔法についても知っていたのか……」

「もちろんだ」



 街のことだけではなく、レンが持っている以上の情報収集能力があるというアピールをする。

 さらに最終的に選びそうな妥協案まで最初から提示したのだ。

 これで心が動かない人物はいないだろう。



「あと一つ、聞いてもいいか?」

「俺に答えられることならな」

「どうしてここまで領民を大事にしてるんだ? 領主ならいかに資産を搾り取るかを考えるものではないのか?」

「……そんなことをして何になるんだ?」

「えっ……」

「ここは辺境の地だからな。ほとんど金は使わない。それに魔道具の定期収入があるからな。別収入があるのだから搾り取る必要もないということだ」

「ま……どうぐ?」



 信じられないものを見る目で俺のことを見てくる。



「まさか量産できるのか? 魔道具を」

「そのくらいできるだろう? 魔道具なんて珍しいものでもない」

「いや、確かに数はあるがかなり高価なんだぞ……。それこそ格安の宿に置かれるものでもない」

「俺が持ってても使わないからな」



 それに原料は実際に狩りをして取ってきたものだった。

 材料費がゼロなのだから別に与えたとしても困ることはなかった。



「それでどうする?」

「……ギルドマスターのトットと相談してもいいか?」

「もちろんだ」



 あわよくば他のギルド員も領民となってくれるかもしれない、と淡い期待を抱いてしまう。



「ユーリ、これは食べていいのか?」

「あぁ、構わないぞ」



 突然話に割り込んできたルシルが聞いてくる。

 相変わらず食べ物に目がない様子だ。


 ここに来たのもおそらく俺たちの誰かをつけてきたのか、良い匂いに釣られてきたのだろう。


 子供を宥めるつもりで言っていると、レンが口をパクパクさせていた。



「ま、まさか魔王まで懐いている!? これはまともに相手にしないほうが得策なのでは?」



 ぼそっと呟いてくるが、その内容の半分も聞こえなかった。



「と、とにかく先にトットに相談させてもらう。また後日連絡をさせてもらう」

「あぁ、わかった」



 こうして俺たちの夕食の集まりは一旦解散となだたのだった。

 このとき、ほとんどレンの気持ちは固まっていたが、それがこの領地に新たなトラブルを引き寄せるとは今の段階では誰も気づいていなかった――。

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