格安宿(設備充実)
空間跳躍の魔法でユーリの領地へときたレン。
インラーク王国にある闇ギルドで一二を争うほどの実力がある『烏』。
そこのナンバーツーともなればかなりの素質があるのだが、それでも転移魔法なんていう大魔法を一日に何度も使えるわけがなかった。
かなり魔力を鍛えているレンですら距離次第にはなるが、最大で一日三回。
今回は王都から辺境地というかなり長距離の移動になるためにレンの魔力はほぼゼロになっていた。
「今日は辺境地で野宿決まりか。くそっ、戻ったら絶対に酒をおごらせてやる!」
レンは仮設住宅の壁から姿を現す。
「……はぁ?」
ユーリの領地を見た瞬間にレンは違う場所に転移してしまったかと声を漏らしてしまう。
それもそのはずで辺境の田舎に飛んできたと思ったら綺麗に区画整備された街へきたわけで、まさかここが目的の地だと考える方が難しい。
「ちっ、魔力が足りなかったか……。仕方ない、今日は宿に泊まって明日にもう一度転移をするしかないな」
転移魔法で魔力が足りない場合、途中までしか飛べない。
今回は別の場所で依頼をこなして、そこから王都へ転移した上での辺境への転移である。
レンの計算だと足りると思っていたのだが、どこかで余計に魔力を使ってしまったのか、辺境にたどり着けなかったようだ。
ただ、さすがに初めて来た街のどこに宿があるのかはわからない。仕方なく近くを歩いていた男に話しかける。
「ちょっといいか?」
「どうしたんだ?」
なぜか背中にスコップを担いでいる男に声をかける。
ただ、振り向いた男の顔を見た瞬間に声をかけたことを後悔する。
――ど、ドラゴンスレイヤー!? 何でここにいるんだ。
もしかすると
思わず鋭い視線を龍殺しに向けてしまう。
しかし、龍殺しの方は笑みを見せたままだった。
「もしかしてこの辺りに来たばかりの傭兵か?」
勝手に勘違いしてくれたことに安堵する。
「そ、そうなんだ。それでこの街にある宿へ行きたいのだが?」
「なるほどな。それなら俺もちょうど向かうところだ。一緒に行くか?」
これは逆にチャンスかも知れない。
龍殺しと親しくなれば彼の地の情報収集ができるかもしれない。
「よろしく頼む」
レンはすぐさま頷き、龍殺しと共に宿へと向かっていくのだった。
――そういえばどうしてスコップを持っているのか聞くのを忘れていたな。
◇ ◇ ◇
この街の宿は最近建てられたのか、かなり綺麗な外観をしていた。
木造二階建てで中に入るとまず受付兼エントランスである広めの空間があった。
場所によってはコテコテした成金趣味の装飾がなされているとかはもあるが、ここは必要最低限のものしかない。
逆にこれがレンからしたら好印象だった。
「ここが宿屋だな。おい、客が来たぞ!」
「はーい」
受付の奥から姿を見せたのはレンよりも頭二つ分くらい低い背丈の少女だった。
「ようこそ、肉の宿へ。お泊まりですか?」
「あ、あぁ。一泊頼めるか?」
「かしこまりましたー! 部屋に案内しますね」
すぐさま部屋へ連れて行こうとするので、レンが慌てて止める。
「ち、ちょっと待て。その前に宿代の支払いだろ!?」
「あっ、そ、そうでした。ごめんなさい」
どうやらこの子は働き始めたばかりのようだ。
大慌てでレンの前に来て、深々と頭を下げてくる。
正直あまり目立ちたくないレンとしては今この状況があまり好ましいものではなかった。
「気にするな。それで一泊銀貨五枚くらいか?」
だいたい銀貨一枚で千円ほどであり、銅貨が十枚で銀貨一枚、銀貨が十枚で金貨一枚となる。
王都など高い宿だと金貨ほどの値段がするが、辺境地だと銀貨五枚ほどであることが多い。
ただ、少女は笑顔のまま言う。
「今は一泊銀貨一枚です!」
――安すぎないか?
宿としてやっていけるのかとレンには全く関係ないのだが不安に思ってしまう。
ただ、それも言われ慣れているのか、少女は笑顔で言ってくる。
「今はこの周囲の開拓中で人手が必要なんですよ。だから領主様が援助をしてくれているのでかなり格安なんです」
「あっ、そういうことか」
どうやらここの領主は人を集めて何かをしているようだった。
でも、それだと仕事をしてくれる人限定、とかにしないか?
もちろん安い分にはレンも歓迎だったが、相手が子供ということもあり不安に思ってしまう。
「それで何泊されるつもりですか?」
「一泊だけだな」
「かしこまりました。ご案内しますね!」
「だから先に金をもらうんだろ!?」
言っても埒があかないので、レンは慌てて受付カウンターにわざと音が鳴るように銀貨を五枚置く。
「あれっ、五日泊まるのですか?」
「残りはチップだ。受け取ってくれ」
「チップ? わからないけどわかりました!」
よくわからずにお金を受け取る少女。
「そういえばこの宿、飯はどうしたらいいんだ?」
「あっ、大食堂がありますのでそちらに行ってください。料理屋も兼ねてるので人は多いですけど」
苦笑を浮かべる少女。
思ったよりもしっかりした宿のようだった。
「なるほどな。あと、お湯をもらえないか?」
「お湯……ですか?」
「あぁ、体を拭くのに使いたい」
「……それでしたら大浴場がありますよ?」
「はぁっ!?」
思わず大声を出してしまい、再びエントランスにいた人たちの注目を集めてしまう。
慌てて声を落とすと少女に再度確認する。
「本当にこの宿には風呂があるのか?」
「宿……というかここにある家には全部付いてますよ? もっと広いお風呂がいいなら大衆浴場もありますし……」
「ど、どういうことなんだ……?」
水を使うためには井戸から汲んでくるか川から汲んでくるか、もしくは水属性を使うことができる魔法使いを雇う必要がある。
広さはわからないが、大浴場といっているのでそれなりに広いのだろう。
そうなると、必要な水はかなりの量になる。
それだけの水を汲んでいれるというのは現実的ではない。
そうなるとおそらくこの宿では魔法使いを雇っているのだろう。
大浴場ほどの風呂に水を入れられる魔法使いともなると中級魔法を使いこなせる程度の魔法使いが必須である。
王都にいる貴族たちならそのくらいしているところもある。
でも一介の宿屋。
それも辺境近くにある銀貨一枚で泊まれる宿屋にそれがある!?
まるで魔族に化かされているような、そんな気持ちになってくる。
もしかすると、風呂というのが自分の想像するものよりも遙かに小さいものなのかもしれない。
他にすることはあるものの、興味に惹かれたレンは「では先に風呂に入る」と言い、部屋に案内してもらったあとにそのまま風呂へ向かうことにした。
◇ ◇ ◇
案内された大浴場を見てレンは自身の考えが見事に裏切られる。
とは言っても当然ながら良い方にだが――。
「ま、まじでか……」
桶一杯分のお湯が入れられて風呂と言っている可能性すら考えたのだが、実際は本当に広い浴場だった。
しかも、湯に手をつけてみるとちょうど良いくらいに暖かい。
おそらくはずっと火を炊いているのか、魔法で維持しているのだろう。
この風呂一回入るだけでも銀貨一枚では安すぎるほどに金がかけられている。
しかも、それだけでは終わらなかった。
ようやく落ち着いたレンが風呂に入ると疲れと共に自身の魔力すら回復していることに気づく。
「こ、ここの風呂は魔力すら回復するのか!?」
魔法使いにとって魔力回復はもっとも必要なものである。
それがただの風呂で得られるなんてとてもじゃないが、しんじられないことであった。
いつもなら軽く体を拭くだけのレンだが、今日はかなりの長湯をしてしまう。
そして、魔力が完全に回復したことを確認すると次に食堂へと向かう。
正直、辺境の宿だと食料が少ないということもあり、まともに食べれるものが出されるとも限らない。
いや、食べ物があるだけでもマシ、すらある。
そう思い食堂に入るとなぜかそこは宴会会場のように他の傭兵たちが酒を片手に大騒ぎをしている。
そのテーブルには思わず喉が鳴ってしまうほどに上手そうな料理の山が並べられている。
「お兄さん、初めての方?」
その場で立ち止まっていた俺に厨房から少女が出てきて、そのまま俺を開いている席まで案内してくれる。
「騒がしくてごめん。いつもこの時間はこうなの……」
「いや、楽しそうでいいじゃないか」
「そう言っていただけると嬉しい」
少女は笑みを見せてくる。
「ところでメニューって何があるんだ?」
「あっ、ごめんなさい。それほど種類がなくてメニューは作ってないの」
おそらく食材がそれほどないから色んな種類の料理を作ることができないのだろう。
こればかりは仕方ないことだ。
実際は料理を始めて間もない少女が作っているために、それほどの料理を作ることができないだけだったが。
「わかった。それならお任せで頼む。あとは俺にもあの酒を貰えるか?」
「わかったよー。腕によりをかけて作ってくるね」
少女が嬉しそうに厨房へと向かっていく。
そして、しばらく待つとテーブルを埋め尽くすほどの料理の山が置かれる。
「ちょっ!? さすがにこんなに食い切れないぞ!?」
「あっ、ご、ごめんね。お兄さん、初めてだからつい気合いを入れちゃって……。迷惑だった……よね?」
涙目になる少女を見ていると罪悪感に苛まれて「ちょうど腹が減っていたんだ。大目で助かる」と言って料理と戦うことに。
なんとか料理を討伐し終えたときにはろくに身動きが取れないほどだった。
「へ、部屋に戻るか……」
腹が苦しくなってきたので、会計のために少女を呼ぶ。しかし――。
「あっ、お兄さんは宿を使ってるんだよね? お金は宿代に含まれてるから安心してね」
「えっ!?」
ただでさえ安い宿代なのに、風呂も料理も付いてくる。
どうやってここまでの格安宿が提供できるのだろうか?
これを成立させている領主を一度見てみたくなるが、今は自身の依頼が優先である。
「今はルーサウス領へ向かってユーリという奴に会うことが優先だな……」
「俺に何か用か?」
すっかり油断しきっていたのだろう。
思わず呟いてしまったその言葉に後ろから反応されてしまい、慌てて振り向く。
すると、そこには先ほどレンが食べていた料理と全く同じものを食べている少年と獣人の少女、あとは龍殺しがいた。
「あっ……、えっと、その……、ユーリ様?」
「そうだ。ここ、ルーサウス領の領主を任されているユーリ・ルーサウスだ。『烏』のレン」
片目を赤く光らせながらユーリという少年が不敵に笑ってくる。
既に自分の素性も調べているらしい。
どう見ても関わってはいけない相手だ。
レンは冷や汗を流しながらどうやってこの場を切り抜けようかと必死に頭を働かせるのだった――。
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