偽魔王
「……お前は誰だ?」
どこからともなく現れた幼女に対して軽快しながら言う。
すると幼女は口いっぱいに食べ物を入れながら言ってくる。
「もぐもぐ……、ふふぃふふぁふぉふぁ」
「何言ってるかわからん。食うか話すかどちらかにしろ!」
「もぐもぐ……」
もしかするとどこかから流れ着いた孤児だろうか?
喋ることよりも食べることを優先したことからそう俺は予測していた。
一応素性を調べるために鑑定をしようとするが、その瞬間に魔力が弾かれる。
思わず目を手で押さえる。
何があったんだ?
今までこんなことは起こったことがない。
その前代未聞の現象に俺は困惑してしまう。
ただこの幼女が何かしたようには見えない。
今も何か気にした様子もなく、遠慮することもなく、置かれた料理を一心不乱に食事をしている。
たまたま鑑定の調子がよくなかったのだろうか?
「大丈夫なの?」
俺の異変にいち早く気づいたフィーが聞いてくる。
「あぁ、大したことは無い」
「……そろそろお開きにするの。みんなはゆっくりしてくれたらいいの」
「本当に大丈夫だぞ?」
俺の言葉は一切信用して貰えず、フィーに無理矢理寝室へと連れ出されてしまう。
◇ ◇ ◇
「何かあったの?」
部屋に戻ってきて無理矢理ベッドに寝かされた俺に、フィーがのぞき込むように聞いてくる。
「以前フィーのことを鑑定したのは覚えているか?」
「もちろんなの」
あまり俺の鑑定のことは人に話していないのだが、目に魔力を込めて発動するために使っていると側にいる人にはわかってしまう。
そのことを改めて思い出してもらう。
フィーの場合は実際に向かい合って使ったので、よく覚えてくれていたようだ。
「実はさっきそれをあの子に使った。いや、使おうとした、が正しいか」
「どうだったの?」
「何かに弾かれた」
「ユーリ様の魔力が足りなかったの?」
その可能性があるのか、と目の前にいるフィーを鑑定してみる。
名前:フィー
性別:女 年齢:11歳 種族:獣人
職業:メイド見習い
レベル:10
HP:31/31(E)
MP:3/3(E)
攻撃:8(E)
防御:6(E)
敏捷:16(C)
魔力:2(E)
【スキル】
短剣:3(C)
【魔法】
土:1(E) 風:1(D)
フィーに対してはしっかり鑑定を使うことができた。
俺に付き従って色々な魔物と戦ってきたからか、フィーも随分とレベルが上がっていた。
もう一端の戦力と見てもいいかもしれない。
魔力を止めると何故かフィーが顔を染めていた。
「んっ? どうかしたのか?」
「なんでもないの」
「そうか? 熱でもあるんじゃないか? お前も今日はもういいから早く休むといい」
「……そんなことを言って、ユーリ様は隠れて魔法を使おうとしてるの」
「さすがに今日はもうそんなことしないぞ? 安心するといい」
「安心できないの。そう言っていつもユーリ様は魔法を使ってるの」
「こういうときは大抵不可抗力だぞ? いきなり魔物が攻めてきたりとか……」
「それもそうだったの」
ようやくフィーが笑みを浮かべてくれる。
そんなタイミングで俺の部屋がノックされる。
「入ってるぞ」
「では、失礼しますね」
当たり前のように部屋の中へと入ってきたのはエミリナとフリッツだった。
一度同じやりとりをしたせいかノリが悪かった。
仕方なく俺は体を起こす。
「何かあったのか?」
「いえ、これからのことを相談したくてきました」
「あぁ、そうか。エミリナには何も言ってなかったもんな」
「そうですよ。もう魔王の討伐依頼は出てるのですよ? どうして未だにじっとされているのですか?」
正直、今の魔王には勝てる気がしない。
原作でもなぜか序盤から魔王に挑むことはできた。
ただ、終盤で戦うときに比べて序盤の魔王はとんでもない能力を発揮する。
やり込み要素として入れたのかは知らないが、レベルがカンストしていても運要素が絡んでくるほどの力を持っている。
かなり筋肉質な体をしている武闘派の男で、毎ターンHPを超回復してくる上に高い攻撃力で殴りかかってくる。
完全な肉体派だと思われていたのだが、それも原作二週目をしたものだと否定できる。
序盤の完全体と戦った場合、上記の物理攻撃に加えて、毎ターン超威力の魔法まで飛んでくるのだ。
それが物理攻撃よりも強い威力を発揮するときたものだから、実は魔王は魔法使いで、終盤だとなんらかの理由で魔法が封じられたのでは、と言われている。
魔王討伐依頼が出た以上、いずれ魔王と戦う必要はあるがなにもいますべきではない。
依頼を達成した暁には独立を約束して貰えたのだから、期限内に倒しさえすればいい。
なにも最強クラスの能力をもつ今を攻める必要は無い。
どちらにしても終盤の魔王ですら討伐推奨レベルは50である。
その半分も届いていないうちに魔王に挑むのはあり得ない。
「今すぐに魔王に挑んで勝てると思っているのか?」
「私たちなら――」
エミリナは楽観視しすぎである。
でも、今まで何かを企んでいた様子の彼女からしたら、ここまで考えなしなのは裏があると考えてしまう。
「いや、今だと全く歯が立たない。特にエミリナとエマだな」
俺とフリッツはドラゴンとか魔族とかを倒しているのでレベルが二桁に届いている。
それに対して、エミリナたちは未だに一桁である。
さすがにこの状態で魔王に挑むなんていうのはあり得ない。
「……わかりました。今はまだ地力をつけるということですね」
「そうだ。お前にもいずれ動いてもらうから、それまではこの領地でゆっくりしてくれ」
「なんじゃ、其方たちは魔王を倒すつもりなのか?」
俺たちが話しているといつの間にか幼女が部屋に入ってきていた。
本当に気配無く現れる奴だな。
「……そうだとしたらなにかあるのか?」
「いや、一宿一飯の恩があるから言うが、無駄死にするだけじゃぞ?」
もしかするとこの子は魔王について知っているのかもしれない。
そうなるとこの子も魔族?
しかも俺の鑑定を弾くほどの能力を持っていることからもかなり高位の魔族であることは窺い知れる。
「……まだ泊めるとは言っていないが?」
「そうなのか!? ここまで来たら泊めてくれる流れじゃないのか!?」
幼女が驚き、俺に詰め寄ってくる。
「いや、泊まるのは構わないが、代わりに魔王について知ってることを教えてくれないか?」
「そのくらい構わんぞ」
幼女がベッドに座り、不敵な笑みを浮かべながら言う。
「今の魔王は高ランクの魔法使いじゃ。魔法を防ぐ手段がないのならまず勝てないぞ」
「それは知ってるな。もっと詳しいことを教えてくれないか?」
「な、なんで知ってるのじゃ!? そのことは誰にも言っていないはずじゃ!?」
驚きの表情を見せてくる幼女。
もしかするとこの情報がとっておきのものだったのだろうか?
それだとこの幼女もあまり魔王についてくわしくないのかもしれない。
「まぁ、無理になにかを話さなくてもここにいて良いからな……」
この子も孤児だった子供たち同様に生きていくだけで精一杯なのだろう。
しかし、それだけでは幼女の気がすまなかったのだろう。
顔を赤くして更に言ってくる。
「そ、そうじゃ! 例えば今魔王と言われているのは実は影武者で本物は別にいる、とかだとどうじゃ!?」
「そ、それは本当なのですか!?」
幼女の言葉に一番食いついたのはエミリナだった。
先ほどとは違い、知らないことを言えたと満足げな表情を見せる。
「あぁ、本当じゃ。やはり魔王は威厳が必要じゃからな」
胸を張って自信ありげに告げる。
「んっ、つまり、今の魔王は魔王らしくない容姿をしている、ということか?」
俺の知っている魔王はいかにも魔王、という姿をしていた。
つまり原作の魔王は偽者だった?
それとも原作が始まるまでに魔王の交代が起きる?
それを考えるともう少し詳しい情報が欲しいかも知れない。
「そういうことじゃ。だから影武者はいかにも魔王らしいがたいの良い奴じゃ。それなりの強さも持っているがな」
なんだろうか。
俺が知っている魔王像が影武者と似ているのだが……。
もしもそうなら最悪の展開が待ち受けているかも知れない。
俺が魔王だと思っていた相手以上の強さを持った魔王がいて、その二人が攻めてくる可能性があるのだ。
この領地を襲おうとした魔族を俺は倒している。
それを怒った魔王がこの領地を襲ってくることは十分に考えられる。
「良い情報を助かった! いつ魔王が襲ってきても良いように急いで防衛力を上げておく必要がありそうだな」
早急に領民達の能力を向上する必要がある。
あとは防衛設備も作らないといけないな。
「い、いや、魔族に他国を襲う意思はない……と思うぞ?」
少し慌てた様子で言ってくる幼女だが、すでに考え事をしていた俺にはその言葉は耳に入ってこなかった――。
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