第二章 原作無視した魔王討伐をします
第一話 魔王との邂逅
魔王との邂逅
光が全く差すことのない北東外れの大陸。
とても人じゃ生活していけないような悪環境の地にトリスマリス魔王国の首都があった。
強大な力を象徴するかのように大きな石造りの城が建ち、その周りの草木は枯れ果てている。
まさに負の象徴とも言える闇の城である。
それなのになぜか城下町は人族の王都さながら、魔石を使った照明が灯り、通りには人が行き来しやすいように石畳が敷かれ、行き交う人々が楽しそうに会話している。
人々がイメージする魔族はそこにはいなくて、最近の魔族はあまり戦いを好まなくなってきている。
それも今の魔王の影響であった。
魔王ルシル・トリスマリス。
圧倒的な力を持つ魔族にして、背丈が大きく武闘派の魔王だと思われているが、実は影武者で本当の魔王はその側にいる幼女であった。
とはいえ、あくまでも見た目が幼女なだけで身軽な動きと圧倒的な魔力で魔族の長を務めていたのだ。
迫力の無いかわいいだけの魔王だが、それでも魔族の皆がしたがっているのは偏に強さこそ全ての魔族だから起こることだった。
圧倒的な魔法センスと高い魔力によって、他の魔族を退けて魔王になってしまったのだ。
もちろんルシルは王になりたかったわけじゃない。
ルシルが好きな人族の町に売っているワッフルなる菓子をあげるから次期魔王を決める武闘大会に出て欲しいと言われて、仕方なく出ることを決めたのだ。
しかも一勝するごとにワッフルの量を倍増するなんて言われたら本気を出すより他なかった。
その結果、魔王軍の将校や四天王と呼ばれる魔王領の各地を納める者たち、更にはどこから聞きつけたのか他種族の猛者やドラゴンたちなんかも参加していたのだが、並み居る強豪たちを押しのけて無名のルシルが勝ってしまったのだ。
強さが全てとはいえ、何も知らないポッとでの少女に付き従えと言われてもなかなか難しい。
結局元いた参謀や四天王たちは独自に動いているし、軍にいる下っ端の魔族たちですらろくにルシルの言うことを聞かないという状況になっていた。
その分、非戦闘要員の魔族たちからはとても人気が高く、何よりもお菓子を愛する心優しき魔王として尊敬されていた。
ただ、そんな魔王にも困ったところがあったのだ――。
「魔王様!? 魔王様はどこにおられますか!?」
執事服に身を包んだ初老の男が必死にルシルを捜し回っていた。
幾度とみたその光景に城で働いているメイドたちは「また逃げられたのですね……」と苦笑いを浮かべていたのだった。
◇ ◇ ◇
魔王の逃げ先は大抵決まっている。
白色の耳フード付きのローブを着て変装をする。
さすがにこんな可愛らしい服装をしている子が魔王だなんて思わないはず。
自身の変装技術に満足して悠々と町を闊歩する。
ただ、当然ながら顔を変えているわけでもなければ声もそのままである。魔力の質まで同じとなれば、魔王と気づかない人の方が稀であった。
むしろ「魔王様は可愛らしい服が好きなんだねぇ」と微笑ましく見守っていたのだ。
「お嬢ちゃん、こっちの肉串はおいしいよ。一本サービスするよ」
「こっちはクッキーがあるよ」
「焼きたてのワッフルはどうかな?」
行く先々で食べ物を勧められ、気がつくと両手は食べ物で埋まってしまっていた。
これもお忍びで庶民の暮らしを調査してるんだと自分に言い聞かせて、持っていたワッフルを口にする。
「んっまぁぁぁぁぁっ!!」
思わず頬がほころぶ。
元々あまり食べ物に興味がない魔族が多い中、よくここまで美味しいものが食べられるようになったものだと満足げに頷く。
「これがあるから食べ歩き……、じゃなくてお忍び調査はやめられないのじゃ」
「これのどこがお忍び調査なのですか、魔王様!」
「美味しい食べ物があるかも調査なのじゃ……、えっ?」
変装しているはずの自分のことを言い与えてきたことで、驚き思わず声が漏れる。
振り向いた先にいたのは初老の男で、ルシルに対して勉強をしろなんて不敬なことを言ってくる執事長だった。
「あっ、せ、セバス……。ち、違うぞ? 別になにも食べてないのじゃ」
「口に食べかすをつけて、両手に食べ物を持った状態で言われても説得力がまるでないですよ」
「あっ……」
慌ててルシルは食べ物を背中に隠す。
その仕草を見て、セバスは思わずため息を吐く。
「全く、魔王様は……。もっと魔王国のことにも関心を向けてくれませんか?」
「こう見てもしっかり関心を持ってるぞ。地方産の菓子もおいしいと聞くのじゃ」
「はぁ……。たまには食べ物以外に目を向けてください」
セバスのため息をまるで気にしていない。
「ここ最近、他国の重鎮と組み、好き勝手に動く魔族が増えています。へたにやぶ蛇を突くと勇者なる人物が襲ってくることになりますよ」
「うっ……」
勇者とはその昔、魔族領を襲い、当時の魔王を倒した悪逆非道な人族のことである。
力こそ全ての魔族ではあるが、徒党を組み複数人で魔王の相手をした上に、徹底して魔王の弱点を攻撃してくる陰険な相手。
しかも
今では子供の読み聞かせ絵本として重宝するほどだ。
「し、しかし、魔族の暴走は今に始まったことではないぞ? 元々魔族はコントロールが効かないのじゃ」
「そういえば、つい最近インラーク王国でドラゴンスレイヤーの称号が与えられた、という話を聞きました。勇者、聖女に続いて三人目ですね」
「むぅ……。それは厄介じゃな」
さすがについ最近までその絵本を読んでもらっていたルシルからすれば勇者たちは早々に倒すべき宿敵である。
昔の魔王は勇者を育てて自分の僕にしようなどと考えたらしいけど、ルシルからしたら馬鹿馬鹿しい考えである。
弱いうちに強大な力で叩いてしまう。
平和を勝ち取るならこのくらいしないといけない。
「わかった。そろそろ妾が動くとするか。影武者にはしっかりと指示を出しておくのじゃ」
「それならちょうど国境付近のアルフの村に今勇者と聖女、ドラゴンスレイヤーが集まっているという報告を受けていますよ」
「うむ、わかったのじゃ。ならちょっと出かけてくるぞ」
「えぇ、ごゆっくり」
表情を変えずにセバスは軽く頭を下げる。
そして、身支度を整えるとルシルは意気揚々とトリスマリス魔王国を出発するのだった。
◇ ◆ ◇
魔王討伐の依頼が書かれた手紙を受け取ってから一月が過ぎた。
俺はいつもと変わらずに領地で自分の家を作っていた。
住民全員の家を木材で作っているために今は木材不足である。
だから俺の家は石を使って作っている。
そこで出てくる問題はやはり消費魔力である。
素材が無い状態からの魔法になるためにかなり大量の魔力を消費してしまう。
とはいえ、家づくりだけをしているのなら魔力は使い切れずにむしろ余ってしまうほどに俺の魔力は成長していた。
どちらかといえば制限はフィーの方にあった。
魔法を使いすぎると彼女からのストップがかかり、翌日の魔法が禁止されてしまうのだ。
だからこそ俺はどれだけ魔法を使ったとしても余裕ある姿を見せるように心がけていた。
そして、ようやく今日頑張れば家が完成する……というところまで来たのだ。
領地の中央にある噴水からまっすぐ北へ進んだ先に作った大きめの二階建て。
フィーやエルゥやサーシャの部屋、あとは俺の部屋と執務室。
キッチンもあり、食堂も当然ながら広めに作っている。風呂も大浴場を作り、トイレもしっかり作った。
あとは大半が空き部屋である。
ここまで広くする必要があったのだろうか、と言われると困るが、宿以外に泊まるところがないので、そこも加味していざという時に誰でも泊まれるように部屋を作ったのだ。
「大きいの……」
「本当に大きいね」
「あぁ、まさかこんなに大きくなるとはな」
「ユーリ様は長だからこのくらいは必要だよ。もっと大きくてもいいくらい」
「例えば城くらいか?」
「そのくらいは欲しいよね」
冗談で言ったことなのになぜかエルゥは同意する。
きっと彼女なりの冗談で俺を和ませようとしてくれているのだろう。
「ユーリ様、おうちの完成、おめでとうございます」
「フィーちゃん、いつでもボクのところに来てくれて良いんだよ。エルゥちゃんも」
エミリナとエマが完成した館を見にやってくる。
さすがにそこまで広い領地ではないためにすぐに完成したことがわかってしまう。
彼女たちが来たと言うことは他の領民にも知れ渡っている、ということで――。
「ユーリ、ついに完成したんだな。取れたてのウルフ肉でパーティーだな」
「私もお祝い用のワッフルを手に入れましたよ」
「ドワーフ用の酒しかないな。飲むか?」
「お、おでも何か持ってくる……」
「いやいや、なにも持ってこなくて良いぞ。あと、俺はまだ子供だから酒を勧めるな……」
フリッツとアラン、ドズルとリックがやってくる。
アランもついにこの領地に店を構え、本格的に商売を開始していた。
今はまだ傭兵たち相手の商売がメインではあるが、中々に景気がいいようだった。
貴族たちを中心に『冷蔵庫もどき』が飛ぶように売れ、また魔力が一年くらいで切れるために定期的な収入が見込めるからだと当人は言っていた。
ちなみにアランの中で『冷蔵庫』は俺が作った巨大冷凍倉庫のことになっているようだった。
「これが本物の冷蔵庫……なのですね」と感動していたのを俺は見逃さなかった。
それにしても連日連夜、新しい家が完成しているのにどうして俺の家だとパーティーをするのか、不思議ではあった。
「これで次に私の教会作りができますね」
笑顔で言ってくるエミリナをスルーして、仕方なく皆を食堂に通してパーティー準備をする。
皿を十人分出すとそれをテーブルに並べる。
「あれっ? 足りない?」
ちょうど出したつもりなのになぜか俺の分の皿が足りなかった。そのことを不思議に思いながらもう一枚皿を取ってくると皆が持ってきてくれた食材を調理して並べていく。
「うむ、美味しそうなのじゃ。もうぺこぺこじゃ」
「そうだな。それじゃあ食べていくか……。えっ?」
食事を取り出そうとしたときに、どこから入ってきたのか白い耳フード付きローブを着た金髪の幼女がいつのまにかいたことに気づくのだった――。
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