独立への道

 フリッツたちが王都へ行ってから一月ほど経った。


 領内の人が増えたおかげで俺がいなくても色々と動くようになっていた。



 まず領民たちの住居は傭兵たちが建築してくれている。

 材料も傭兵が取ってきてくれるので、時間はかかるもののいずれ領民全員分の建物ができるだろう。

 ちゃっかり自分の家を作ろうとしている傭兵もいるが、それは目こぼししている。


 ここに家を建てるということは、領地近辺で活動してくれることに他ならない。

 人手が必要であることを考えると決してマイナスになることはない。

 土地だけはいくらでも余っているのだから……。



 鍛冶場についてはドズルがブラックも顔が真っ青になって逃げ出しそうなほど、傭兵たちをこき使って早々に完成させていた。

 完成したあとの傭兵たちの死んだ顔を見て申し訳なく思い、ドズルが試しに鍛冶で作る鉄の武器に魔法の付与をした上で渡す約束をすることになったが……。

 逆にその約束のせいでドズルの依頼は人気依頼となったのだが、そんなにブラック依頼を受けたいのだろうか?

 これ以上報酬を上げるつもりはないぞ?



 宿も始まったがまだまだ失敗も多い。

 でも、今までまともに働いたことがない子供たちが頑張って営んでいるのだから長い目で見るべきだろう。

 それでも王都にいた時の暗い顔はまるでなく、みなイキイキと楽しそうに動き回っている。

 それに子供たちが頑張っている姿を見て失敗を怒るような客は今のところいない。むしろ、皆が微笑ましい目で見ているし、それが目的で連日大反響している。

 宿自体がここしかないのもあるが……。



 あとはサーシャに頼んでいた上下水道もついに完備され、領地は比較的清潔に保たれるようになった。

 領内だとどこでも好きに水が使えるようになり、汚水もきちんと浄水した上で川へと流している。


 衛生面が良くなったことで、病気になる人は減るだろう。

 川まで水を汲みにいく必要がなくなったのも大きな変化だ。



 ただ全てがうまくいっている訳ではない。

 まだまだ改良が必要なところもある。


 まずは食料問題。

 辛うじて今は食料は足りているが、それも大量保存のウルフ肉とアランが買ってきてくれる食材があるからなんとかなっているだけで、結構綱渡り状態である。


 元々不毛な地であるために、色々と試してはいるものの食材は育ちにくい。

 残りの子供たちが畑の面倒を見てくれているのだが、普通に耕して種を植えたところでまともに実をつけてくれない。


 ここは改良の余地があるところだ。


 肥料を加えてもらったり、植える種を変えてもらったり、色々と試行錯誤を繰り返しているので、そのうち成果が出ると信じている。


 それとは別の問題は領地に住む領民のことだ。

 エルゥを置いて獣人たちも一旦離れてしまっているので、傭兵たちを除けばほぼ、子供か老人しか住んでいない。

 どうしてもそうなるとできることが限られてしまう。


 人手の問題は相変わらず解消ができていない。

 それを良くするにはやはりより良い領地にするより他ないだろう。



 そして、肝心な問題が残っている。

 今の地に来てから結構な時間が経ったが、いまだに貴族として独立できる目処が立っていない。


 本当に独立なんてできるのだろうか?

 いっそのこと、エルゥに頼んで獣王国へ亡命した方が身を守るにはいいかもしれない、と何度考えたか。


 それでもこの領地には俺を頼ってきてくれた子たちが多数いる。

 そんな状態で俺だけ逃げ出すわけにはいかなかった。


 結局、独立のために色々と動いた結果、俺自身の身動きが取りにくくなった、とも言えなくもなかった。



「まぁ、俺が逃げるわけには行かないよな……」



 まだまだ黒幕である父の悪行が知られるのは先である。

 それまでにここを王国の一領地としてしっかり成長させる。

 それが今の俺にできる唯一のことである。


 それに獣王国の姫を襲うという一大イベントを回避したところなのだから、しばらくは大きなイベントが起こらないだろうと予想していた。


 つかの間の平穏……。



「よし、そろそろ俺の家を作り始めるか」




        ◇ ◇ ◇




 エルゥとエミリナが勝手に独立国家設立に向けて暗躍しているとはつゆ知らず、俺は一晩かけて自宅となる家の図面を考えていた。


 それがついうっかり興に乗ってしまい、気がつくと日が昇っていた。



「ユーリ様、また寝てないの?」



 朝、俺を起こしに来たフィーがあきれ顔で言ってくる。



「今回は魔法じゃないぞ? これから俺の屋敷を作ろうと思ってな」

「でも、魔法もしてたの。魔石が転がってるの」



 フィーの指摘通り、考え事をしながら魔石に魔力を込めていた。

 これはアランの商売に使うものなので、金策になるのと考えをまとめるのにちょうど良かったのだ。



「これは……気のせいだ」

「はいはい、今日は魔法禁止なの」

「うっ、わ、わかったよ」



 床に転がっている魔石を回収しながらフィーは俺が書いていた図面をのぞき込んでくる。



「領主様の館ってみんな一緒じゃないの?」



 確かに外から見てる印象だとたくさんの部屋があって、やたら豪華な印象だけしかないかも知れない。

 でも、俺の場合はどちらかと言えば俺自身がしっかりくつろげるように作るつもりだ。


 別に見栄えはそれほど重視する必要もない。



「そんなことないぞ? 結局使う部屋が似通ってくるだけで家々に特色はあるな」

「それは知らなかったの。あっ、ユーリ様。フィーの部屋がないの。この辺りに作って欲しいの」



 図面をのぞき見ながらフィーがさりげなく俺の部屋の側を指差してくる。

 でも、俺の側仕えであることを考えると当然かもしれない。



「わかったよ。それじゃあ、ここはフィーの部屋にするか」

「それでしたら私はこの部屋にしてもらえますか?」

「ここはエルゥの部屋……っと。えっ?」



 さりげなく言われたのでついつい図面に書き込んでしまった。



「どうして俺の家にいるんだ、エルゥ」

「ご報告したいことがありまして」



 エルゥはすっかり体調が治っていた。

 ここまでやってこれたのがその証拠だろう。


 完治したとなるとここに匿われている必要がないのだろう。

 襲ってきた魔族も既にたおされているわけなのだから。


 そうなるとそろそろ国へ帰ると言うことだろうか?



「わかった。いつか来ると思ってたぞ」

「あははっ、やっぱりユーリ様には全てお見通しなのですね」



 そう言いながら渡されたのは手紙であった。

 どういうことか獣王国の封蝋で閉じられている。



「これは?」

「私がユーリ様にできる唯一のことになります」



 ちっとも答えになっていない。

 でも、エルゥの笑顔を見ていると開けて読むのは間違いのような気がしてならない。



「そうか……。わかった。あとからじっくり読ませてもらうな」

「ダメですよ!? 今ここで読んでください!」



 さりげなく問題を後回しにしようとしたが失敗してしまう。

 エルゥが必死に服を掴んで手紙を読ませようとしてくる。



 これってやっぱりあれだよな?

 『獣王国を救え』のイベントフラグ……。



 原作ではなかったことになるが、俺が動こうとしないからわざわざ獣王に頼んで手紙まで準備したのだろう。


 つまり、俺がすべきことは手紙を読んだ上で獣王国には行かないことを伝えることだな。


 原作を何度もやった俺がこの程度の罠に引っかかると思うなんて浅はかだな。


 自信ありげに封を開けて手紙を読む。



『ユーリ・ルーサウス。娘のことをよろしく頼む』



 手紙にはこれだけ書かれていた。


 確かに匿っているのだから親としては当然の反応だろうが、わざわざ獣王国の封蝋をするような内容だろうか?


 でも詳細を聞こうにもエルゥはただ笑顔を見せてくるだけだった。



 何だろうか。下手なイベントが始まっているような気がする。

 でも、少なくとも原作ではこんなイベントはない。

 それなら気にしなくてもいいのだろうか?



 なんだか喉に小骨が刺さったような気がしているとフリッツたちも戻ってくる。



「今戻ったぞ」

「ただいま帰りました」



 いや、フリッツはともかくエミリナの帰る場所は教会であってここではないぞ?



 当たり前のようにここに戻ってくるエミリナに思わずあきれ顔になる。



「……それでどうだった? しっかりドラゴンスレイヤーの称号を貰えたのか?」

「あぁ、おかげさまでこの通り、勲章と金ももらったぞ」

「それはよかったじゃないか」

「それとユーリにも国王様から手紙を預かってるぞ」

「俺に?」



 王都へ行けなかったからだろうか?

 でも、何か罰を与えるのなら手紙で送ってこないだろう。


 フリッツから受け取った手紙を開ける。するとそこには――。



『ユーリ・ルーサウス。勇者に協力をして魔王を討伐することを命じる。討伐の暁には貴殿の望みを叶えると約束しよう』



 これはまさか俺に騎士爵をくれる、ということだろうか?



 エミリナを見るとにっこり微笑んでくれる。

 どうやらこの依頼にはエミリナが絡んでいるようだった。



 思わず独立のチャンスが舞い込んできたことに俺はエミリナに感謝する。



 まさか獣王国からの手紙が『エルゥとの婚約の申し込み』でインラーク王国の手紙の報酬が『国としての独立を認める』という意味だとは全く気づいていなかったのだった――。

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