敗北の悪魔

 トリスマリス魔王国の参謀であるサジェスがアルフの村へ来たのはとある人物との会談があったからだ。


 サジェスがアルフの村へ行く数日前。

 王国のとある一室に彼は来ていた。


 やたらと豪華な装飾が施された部屋に通されたサジェス。

 向かいには仮面を被り、口元以外を隠した男とその側に執事の男がいた。



「お前が魔王軍の参謀か? 案外弱そうなんだな」



 男のその言葉にサジェスは苛立ちを見せる。



「こんなことのために呼んだのですか? もしそうなら覚悟をしていただけますか?」

「そんなことあるはずないだろう。お前にとっても私にとってもいい話だ」



 ニヤニヤと笑みを浮かべる男を見るとどうにも腹正しく思えてしまう。



「もういい。私はこれで失礼しますね」

「……王国の領土、その半分を渡す準備があるといえばどうだ?」



 立ち上がろうとしたサジェスはそのまま固まる。

 この男にそんな権限があるとも思えないが、なぜかそれを可能にさせるような迫力がこの男にはあった。



「詳しく聞かせてくれますか?」



 こうして男から王国を滅ぼす話を聞かされるサジェス。

 そのために力を貸せば王国の領土の半分を渡す契約を結んでくれる、と。


 闇魔法による契約は絶対で違えることがあれば、契約者は命を落とす。



「どうしてそこまで……」

「それはお前に関係ないことだ。それよりも協力するのか? しないのか?」

「……わかりました。協力させていただきましょう」



 その瞬間に男は魔力の籠もった紙を取り出して、そこにサインをして差し出してくる。


 内容はもちろん『王国崩壊まで協力すればインラーク王国の領土の半分を渡す』というものであった。

 あとは備考欄にお互いの正体は例え仲間内であっても話さないことも盛り込まれていたが、契約としてはなんらおかしいことはない。


 それを確認した後、サジェスも書面にサインをする。

 すると青白い炎によって契約書が燃えていた。



「では、詳しい話に移るが、その前に力を貸して欲しいことがある」

「……なんでしょうか?」

「辺境地アルフに不確定要素になる奴がいる。なぜかドラゴンで襲撃してもたまたまそこにドラゴンスレイヤーがいたりして生き残るような奴だ。もしかすると別の国と内々で繋がりがあるかもしれん。調べてくれないか?」

「それは私が動くべき事柄でしょうか?」

「私はなるべく表に出たくない。いずれ私が王国を支配することを考えるとな」

「……わかりました。辺境地の調査は私が行いましょう。見に行くだけでよろしいですか?」

「もし、そこにいるユーリという奴が怪しい動きをするなら消してくれ。こいつが最も大きな不確定要素だ」

「ユーリという人物ですね。わかりました」



 こうしてサジェスは男との密談通りに辺境の地へとやってきたのだ。

 自身が動いてることを誰にも伝えていないのは、もらった領土を己がものにして自身が魔王を名乗ろうという野心があるからに他ならなかった。

 


 そして、それは男側にもあった。

 サジェスが見えなくなったあと、男は思わず笑い声を上げていた。



「ふふふっ、これだから魔族は使いやすくていいな。騙されやすくてすぐにコマとして働いてくれる」

「あの契約では王国の領土の半分を渡さないといけないことになりませんか?」

「あの程度、いくらでも抜け道がある。それにも気づかなくてよく参謀などと名乗れたものだ」

「わざわざ魔族のコマを増やす必要もあったのでしょうか? よく動くとそれだけ勘付かれやすくなりますよ?」

「それはわかっている。しかし、聖女がユーリと手を取り合ったという報告もあるからな。手遅れになる前に動いておきたい」

「なるほど。流石はお坊っちゃんですね」

「やめてくれ。もうそんな歳ではない。ただ、もしこの魔族も切り抜けるようでは本格的に消すことを考えなくてはいけないかもな。まぁ、私からは甘い蜜を与えてやるつもりだ。それで奴も私が陰で動いているなんて思わないであろう」

「確かに感謝こそされ、疑われることはないでしょうね。でも、それならわざわざ魔族なんて使わなくてもよかったのでは?」

「いや、そこをあえて魔王国の参謀をけしかけたというのも理由がある。もし、此奴も消されるような事があればどうなると思う?」

「かの辺境地は魔王国とも隣接していましたね。なるほど、小競り合いが起こるわけですね」

「そうだ。私の手を汚さずとも勝手に滅びてくれるわけだ」



 笑いながら男が仮面を取るとその人物は長男ノット・ルーサウスだった。



「これで後継の一人を穏便に消す事ができるわけだ。俺にも運が向いてきたな。はははっ」




        ◇ ◆ ◇



「あれっ、さっきの人はどこへ行ったの?」



 短剣を抜き悪魔と相対しようとしていたフィーだが、その相手が消えてしまったことに困惑していた。


 ただその悪魔は消えた訳ではなく、先ほどドズルが開けていた穴に気づかずに落ちてしまっただけだった。



「な、なんて巧妙な罠を……。このサジェスの力を持ってしてもまるで気づきませんでした」



 穴の底から悪魔の声が聞こえてくる。

 空を飛べる悪魔だから穴に落ちたことはそれほど気にしていないのかも知れない。



「だがこの程度の穴、私にかかれば簡単に飛び越えることが――」



 なんだか話が長そうだな……。


 俺はその様子を傍観しつつ魔法を使い穴の入り口を大岩で塞いでしまう。



「さ、さすがにかわいそうなの……」

「でもわざわざ敵と公言してる奴の攻撃を待つのも違うだろう?」

「それはそうだけど……」



 申し訳なさそうな表情を見せるフィー。

 でも相手は悪魔である。

 その程度の攻撃で押さえられるはずもない。


 俺が穴を塞ぐのに使った岩にひびが入り、次の瞬間に砕け散っていた。



「人の話も聞かないなんてまるで悪魔みたいなお方ですね……」

「えいっ!」

「ごふっ……」



 穴からようやく出てこれたサジェスに向けて再び大岩をぶつけると、再び彼は穴の中に墜ちていった。



「まだ経験値が入ってないから倒せていないな」

「ユーリ様……」



 なぜかフィーの視線が冷たい。

 相手の攻撃を受けずに攻撃をするのは敵に対しての常套手段だと思うのだが?


 そんなことを思っていると再び岩が壊れる。

 ただ、サジェスはかなり弱っているように見えた。


 今なら話が通じるかも知れない。



「容赦の無いこの攻撃。まるで悪魔の鑑のようなお方だ……」

「そんなことはどうでもいい。ここに来たのは一体誰の差し金だ?」



 サジェスという悪魔は知らないが、原作での魔族の立ち位置は人を拐かし、インラーク王国で内乱を起こさせようとしていた者たちである。


 結局それすらも父バランに言いように扱われていただけで、最終的には主人公たちによって国すらも崩壊させられてしまう不遇の者たちでもあった。


 そのことを考えるとおそらく父バランの命令で俺を監視。あわよくば暗殺しようとしたのだろうと予想が付く。



 俺が手に魔力を込めているのを見るとサジェスは観念したように言う。



「差し金? いえ、私は誰かの命令で来たわけではありませんよ?」

「……はぁ?」



 余りにもわかりやすい嘘をついてくる。

 でもそれが白々しすぎて本当に嘘ではないのかも、とも思えてくる。



「それならどうしてここに来たんだ?」

「国境の村が無駄に開拓されていたのですから調査に来るのは当然ですよね?」

「それにしては問答無用で襲われた気もするが?」

「いずれ魔王国の敵になりそうなお方でしたから先に潰しておく必要があるかと思ったのですが、想像以上に戦略に飛んだお方で感服しました。まさか襲撃に備えて領内にすら罠を作っておられるとは」

「あ、あぁ、今日みたいなことがあるかも知れないからな」



 全くの偶然なのだが、わざわざそれを教える必要も無い。

 まだ父の息がかかった相手かも知れないのだから――。



「ところでまだこの領地を襲うつもりなのか? それなら相手になるぞ?」



 睨みつけるとサジェスは顔を青くして首を横に振る。



「いえ、あなたとは友好を結んでおく方が賢明だと思いました。今日のところは失礼させてもらって、またいずれ今日の詫びをさせていただきます」



 サジェスがお辞儀をするとそのまま飛び去ろうとする。

 その瞬間にサジェスがフィーの顔を見て微笑んだので、なんとなく大岩を落としてみる。



「ぐはっ……」



 予想外の攻撃を受けたサジェスはまともに防御できずに直撃を受けるとそのまま力尽き墜落していった。



「あっ、倒しちゃった……」

「な、なにをしてるの!? あの人、戦うつもりがないって言ってたの!!」」

「どうしてって、今あいつはフィーを人質にしようとしてたんだぞ? 敵になるなら容赦すべき相手ではないからな」

「そ、そうなの? 全然気づかなかったの」



 ただ本格的に俺のことを狙いにきたな、とわかる。それなら俺も領地の防衛を優先して作らないといけないけどな、と考えるのだった。

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