寂れた村のスタンピード
「ユーリ様ならわかっておられると思いますが、アルフ村は現状、四つの国に囲まれております」
「トリスマリス魔王国、ヒュージ獣王国、聖アメス公国、ドラグノフ帝国の四カ国だな。それは当然知っている。でも、それらの国が襲ってくる気配はないだろう?」
「それはもちろんその通りにございます。ですが、その逆。困っていたとしても救いの手を出そうともしないのです。それはインラーク王国もそうですが」
「完全に邪魔者扱いの地だな。よくこんなところに村があるよな」
俺がアルフ村の民なら数日経たずに逃げ出している気がする。
もしかすると何か逃げられない事情でもあるのだろうか?
「なぜそこに村があるのか、詳しい事情まではわかりかねますが、村にいるのは基本年寄りで若い者は少なかったと思います。生活を送るのもやっとで決して裕福ではありませんでしたね。もしかすると村から外に出るだけの気力もないのかもしれません」
それだとよそから人を集める手法も必要だろう。
生活環境の改善と外敵から身を守る手法も必要になりそうだ。
基本的に動くのは俺になりそうなので、当面は魔法を鍛えることが最優先になりそうだった。
「なるほどな。でも、そんな状態で村が存続してるということは外敵はそれほど多くなさそうなのか?」
「いえ、そういうわけではありません。元々あった畑とかは魔物によって食い荒らされたと聞きます。しかし、既に村は廃村寸前。取るものがないから魔物たちもわざわざ襲わないのでしょう」
魔物は普通にいるのか。
そうなると肉の確保は案外困らないかもしれない。
「ありがとう、助かったよ」
とにかく何もない、一からの開拓が必要になることは十分に理解した。
「ところでユーリ様。盗賊たちを捕まえた報奨金はどうさせて頂いたらよろしいですか?」
「あぁ、あれか……」
先立つものはいくらあっても足りないだろう。
しかし、村についてからしばらくは金なんて俺自身は使わないだろう。
「アランがもっていてくれないか? その金でしばらくの間、村にいりそうなものを運んで欲しい」
「なるほど、そういうことにございますね。武器や食料、あとは衣服でしょうか?」
「そうだな。それとお前から見て信頼できる者がいたら村を紹介して欲しい」
「……誰でも、ではなく?」
アランが言いたいこともよくわかる。
そもそも辺境地なんて誰も行きたがらない。
それなのに更に人を限定してしまうとまともに集まるとは考えにくい。
さすがに驚いたアランが俺の方をジッと見てくる。
「さすがに何人集められるかわからないですよ?」
「それで構わない。すぐに集まるとは思っていないからな」
それでもなんの勝算もないわけではない。
王都が戦火の海に巻き込まれようとした原作終盤では、騒動を逃れるために民衆は辺境へと逃げるシーンがあった。
しっかりとした町の設備を整えておけばアルフの村もその候補になるだろう。
ただ、そこまで物語が進んでしまうと俺が黒幕の一員であることも国中に広まってしまっていることになる。
それまでにしっかりと功績を上げ、あの一帯を正式に俺の土地として。領主として独立する。
そのためには――。
「ドラゴンでも現れてくれたら早く功績を上げられていいんだけどな」
「はははっ、この一帯にはドラゴンなんていないですよ。良くて地竜ですが、正直体はただの岩肌で素材になりませんし、肉も硬く不味いんで不人気素材ですよ?」
「さすがに本当に相手にするわけないぞ? いくら俺でもドラゴン相手に戦えるはずがないからな」
「そうですよね。レベルが五十を越えた熟練の戦士が数十人集まってようやく倒すような相手ですからね」
俺たちは二人で笑い合う。
でも、結果的にそのくらいの戦果は要求されることがわかっているのだから、倒す準備はしておく必要があるだろう。
「それじゃあそろそろ俺は行くか。長居させて貰ってすまない」
「いえ、本当ならもっとゆっくりくつろいでいただきたかったのですが、なんのもてなしもできずにすみません」
「大丈夫だ。それはいずれ俺の領地へ来たときにしてもらうからな」
「はははっ、お手柔らかにお願いしますね」
アランに見送られて俺たちは今度こそアルフ村へ向かって出発するのだった。
その数日後。
アルフ村のすぐ近くまでやってきたタイミングで俺の気配察知に異様なホドの数の魔物を察知する。
そういえば魔物から魔石って取れるんだったよな?
冷蔵庫もどきの研究用の魔石も減ってきたわけだし、補充したいな。
「フィー、ちょっと飛ばすぞ!」
「わかったの。って、えぇぇぇぇぇ……」
文字通り、馬車ごと飛ばすと俺はまっすぐ目的地へ向けて最短距離を突き進むのだった――。
◇ ◆ ◇
インラーク王国の最北西にあるアルフの村。
幾度となく襲いかかる魔物たちによってかなり疲弊し、建物は倒壊寸前。田畑は踏み荒らされ、まともな井戸もなく飲み水を確保するには魔物たちの危険をかいくぐって川から汲んでくるしかないために、そこに住む人の数は徐々に減りつつあった。
今はもう村長家族三人と他数人だが、側にある町(とはいっても数日はかかるほど遠い)に依頼を出し、そちらに移り住むことを考えていた。
そして、今回は村長たちの引っ越しに際して護衛任務を引き受けたのが、見習いの傭兵フリッツである。
身長より大きな槍を背負い、腰には所々刃こぼれした剣を携えている。
高めの身長をしており、顔に付いた傷は歴戦の猛者にも見える。(ただしこの傷は子供の時に遊んでいてできた傷で傭兵稼業とは一切関係がないものだったが)
「全く、割が合わないよな。こんな依頼しか残っていないんだもんな」
辺境の地は遠く日数が掛かる。
しかも、引っ越しをするのは老人達と聞いている。
単純に日数計算しても十日はかかるだろう。
そのくせ報酬は銀貨十枚である。
まともな宿が銀貨一枚であることを考えれば赤字も赤字。大赤字である。
だからこそこの依頼は受ける者がいなくて、ずっと放置されていた。
そんなときにその日食べていくのも困っていたフリッツが傭兵ギルドを尋ねていた。
半分を前金としてもらうことを条件に積み依頼を引き受けたのが運の尽きだった。
「さっさとこなして報酬を受け取るか。あまり長居したい場所ではないからな」
かなり危険のある地と聞いている。
それでも魔物同士がけん制し合っていて、何か騒動を起こさない限りは襲ってこない。
それでも魔物に出会わないように息を潜めながら、それでいて急いで目的地であるアルフの村を目指していた。
すると村……というには何もない、滅んだ廃村のような場所が見えてくる。
「やっとついたか……」
休む場所がなさそうなのが残念だが、そんなことをして金を消耗するのももったいない。
そう思い、依頼主を探そうとする。
ドドドドっ……。
そんなときに何やら地響きのようなものが聞こえてくる。
「んっ? なんの音だ?」
首を傾げるフリッツだったが、音の正体は見当たらない。
しかし、その音は次第に大きくなる。
ドドドドッ……!!
ようやくその正体が目に入る。
ただ、それがなんなのかはよくわからない。いや、わかりたくなかった。
砂埃でその姿が隠れているが、それは視界を埋め尽くすほど大量にいる魔物たちであった。
魔物自体は弱いウルフのような魔物たちが大半であったが、それでもその数が驚異である。
そんな魔物たちが側にある森からアルフの村を目掛けて走ってきていた。
「に、逃げないと!?」
大慌てでフリッツは村にいる依頼主を探す。
そこでようやくゆっくりとした動きの老人を見つけることができた。
「おぉ……、あなたはもしかして傭兵の方ですか?」
「そうだが、あなたが依頼主の村長ですか?」
「そうじゃ。儂が村長の――」
「すまないがゆっくり話している暇はない。今魔物たちが襲ってきているんだ!」
村長はゆっくりとした動きで地響きのする方へ向く。
「ついに来てしまったのじゃな。いつかはこういう日がくるかもしれんと思っておったが――」
元々何度もこの村は魔物に襲われていた。
ほとんど廃村状態になってからはしばらく止まっていたが、いつ襲ってくるかわからなかった状態だった。
魔物の大軍を見ても村長は動揺を見せずにフリッツの方を向いてくる。
「傭兵殿。ここまで来ていただいて申し訳ないのじゃが、依頼はここまでにして早々に逃げてくれないか?」
「なっ!? それではあなたたちは――」
「儂らを連れてあの大軍から逃げることはできないであろう? これで依頼は達成されたことになるはずじゃ」
村長が依頼書にサインをして、それをフリッツに渡してくる。
「で、でも――」
「こんなことを話している暇はないんじゃろ? 早く逃げるのじゃ!」
村長に言われるがままフリッツは逃げ出す。
しかし、すぐさま立ち止まる。
本当にここで自分は逃げ出してしまって良いのか?
そんなことを考えてしまったのが運の尽きだった。
ウルフの一匹や二匹程度ならフリッツでも相手にできる。
ただそれがあれだけの数となると一人では対処できない。
「いや、そうじゃないだろ! 俺は何のために傭兵になったんだ!」
その昔盗賊に襲われていた時に傭兵に助けられて、それに憧れてフリッツは傭兵になった。
自分も同じように困った人を助けたい。
ここで動かなくて一体いつ動くんだ、と。
震える手で槍を持つと恐怖から引き攣った笑みを浮かべる。
そして、魔物たちへ向けて駆け出していた。
「うぉぉぉぉぉ!! ここは通さないぞ!!」
フリッツは今までの自分では考えられないほどの力を発揮して、一匹。また一匹とウルフを倒していく。
「次はどいつだ!」
目が血走っており、かなり余裕がないように見える。
その体には次第に細かい傷がつけられていくが、高揚している今のフリッツにその痛みは感じない。
それでもダメージは蓄積されていたようで、二桁のウルフを倒したタイミングで膝をついてしまう。
すでに槍は半分に折れ、刃こぼれしたなまくら剣で戦っていたが。それも刃の先はとうになくなっていた。
「こ、ここまでか……」
自分の信念を貫いた結果とはいえ、後悔がないかと言われたら後悔しかなかった。
今の自分にもっと力があれば――。
自分に突き立てられようとしているウルフの牙がゆっくりしたスピードで迫ってくる。
襲いかかる痛みを覚悟して目を閉じるフリッツ。
しかし、次の瞬間にドンッ、と鈍い音が一度鳴り、フリッツは驚きのあまり目を開ける。
襲いかかってくるはずだったウルフは姿を消し、彼の目の前には不敵な笑みを浮かべる少年と獣人の少女、あとは壊れた馬車と逃げ去っていく馬の姿があった。
――空から馬車が降ってきた?
状況がわからずに固まるフリッツ。
すると少年の方が口を開く。
「やはりスタンピードが起こってたか。飛ばした甲斐があったな、フィー。魔石の取り放題だ!」
「だ、だからって突然風魔法で馬車ごと飛ばさないで欲しいの。死ぬかと思ったの」
「それよりも早く戦うぞ! まだまだ
「ウルフも危険な魔物なの。気をつけるの」
「大丈夫だ。グループ攻撃も使えるからな。フィーもあれの準備を頼む」
「わかったの」
訳のわからない言葉を言い放ちながら少年が魔法を使うとその瞬間に目の前に大穴が開いて、そばにいたウルフたちが落ちていく。
それでも数体のウルフを落としただけで焼け石に水だった。
しかし――。
「えいっ、なの」
獣人の少女が穴の中に生肉を放り投げる。
すると、一度鼻をひくつかせたウルフが我先にと自ら穴の中へ飛び込んでいく。
「やはり村から何も取れなくなって食べ物に困ってると思ったんだ!」
「ゆ、ユーリ様、溢れちゃうのー」
「蓋をして次に行くぞ!」
そういうと少年は大穴に巨大な岩の蓋を落とし、再び別の場所に大穴を開け、生肉を放り込む。
その繰り返しで気がつくとあれだけいたウルフは完全に姿を消していた。
「う、嘘だろ……」
フリッツは目の前で起こったことが現実とは思えずにぼんやりとその様を眺めていた。
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