交渉

「ふぅ……。魔石を取り付けるとなるとやはり箱側をもっと強固なものにしたいな。んっ、どうしたんだ?」



 真っ白に燃え尽きているアランを見て、俺は首を傾げながら問いかける。



「いえ、何でもありません……。本当に何でもありませんので……」



 不思議に思いながら仕上がった冷蔵庫を見せる。

 まだまだ外観は固くした土の箱である。


 しかし、中を見るとしっかり冷却され、俺の魔力を使わないで冷却するという目標は達することができていた。



「これは色々と使い道がありそうだな」

「ユーリ様、短剣がなくなってしまいました……」



 たくさん作ったと思っていたフィーの短剣は全て投げきったようで一本も残されていなかった。



「もしかして、結構長いことやってたか?」



 全然気づいていなかったが、フィーが頷いたのを見てかなり集中して作業をしていたことに気づく。



「もしかしてアランは作業中の俺に話しかけていたのか?」



 フィーが首を縦に振る。



「すまない。何か用だったか?」

「あっ、はい。ユーリ様がよろしければなんですけど、この冷蔵庫もどきとかを私に専属販売させていただけたら……とか思ったのですが?」

「さすがにすぐには無理だぞ? 見ての通り量産ができないからな」

「構いませんよ。必要なものがあるなら私のほうで準備させていただきます」

「それならよかったら俺の領地まで商売に来てくれないか?」



 俺の方からいうとアランは驚いた表情を見せる。



「よろしいのですか? 私の方からお願いしようと思っていたのですが」

「もちろんだ。人もほとんど来てくれないような辺境らしいからな」

「……あの、よければユーリ様の領地の場所を教えていただいても?」

「そうだな。それを言ってなかったな。俺がもらった領地はアルフの村近辺だな」



 それを聞いたアランは口をぽっかり開けてしばらく黙ってしまった。

 しかし、すぐさま口をつり上げ笑い出す。



「ふふふっ、危険に飛び込めなくて商人なんて務まりませんよ」



 ここまで覚悟を決めるということは、やはり危険な地なのだろう。



「あまり無理をしなくてもいいぞ?」

「いえ、ユーリ様がこれからその村を発展させることに賭けます。しばらくは赤字でしょうが、いずれ私を大商会の主へと押し上げてくれますよね?」

「それをどうにかするのはお前だろう? 俺はものの売り買いをするだけだからな。まぁ、発展させていくというのは嘘じゃないが」

「ユーリ様はそれだけで構いません。むしろこれは今の私からしても利のあることにございます」

「……先ほど山賊に狙われたことと関係してるのか?」



 元はゲームなのだから街の外を歩いているとエンカウントするのは当たり前。

 それを見越して護衛を雇うのが戦う力のない人の常であった。


 つまり、先ほどの盗賊たちはこの辺りでは考えられないほどの力を持った面々であるということ。



「確かにそれも関係してますね。どうにも私は今いるところでは領主に疎まれているようで――」



 アランが苦笑を浮かべる。

 犯人が分かるように殺そうとするなんて三流のする仕事だな。みんな、こんなわかりやすい企みをしてくれるなら楽で良いんだけど。



「つまり貴族の後ろ盾が欲しいということだな」

「そうです。それに今のあなたをみていると無茶な要求はしてこないと思いましたので」

「そうか? 辺境の何もない地まで行商に来てくれ、なんて無茶な要求じゃないか?」

「はははっ、商人が金の匂いがする地に行くことのどこが無茶な要求なのですか? むしろいずれ店を構えさせてもらいたいですね」



 アランはどうやら相当この地の領主のことを毛嫌いしているようだ。




        ◇ ◇ ◇




 アランが商店を開いているゲッスルー子爵領の街へと辿り着く。

 道中飲まず食わずだった盗賊たちはぐったりとしていたが、その長たる男は弱々しいながらも嫌らしい笑みを浮かべていた。



「俺たちを引き渡してただで済むと思ってるのか?」

「それはどういうことだ?」

「俺たちはゲッスルー様から直々に頼まれてこいつらを襲ったんだぞ? そんな俺たちを捕まえたらどうなるか分かってるのか!?」



 なぜかペラペラと全てを話してくれる盗賊。



「試せば分かるだろう?」



 早速アランが街の衛兵と話をつける。

 そしてすぐさま俺たちの下へその上司と思われる衛兵長がやってくる。


 やや小太りでどこか胡散臭そうな人物だった。

 そんな衛兵長はアランの姿を見るなり駆け足気味で近づいてくる。



「お前か! 盗賊が出たなんて虚偽の報告をする商人は」



 アランに指差しながら鬼の形相で言う。

 そのあまりの大声っぷりに周りの人たちも足を止めてその様子を眺めていた。



「誤解です。私は確かに彼らに襲われて……」

「でも、お前に雇われたと言う護衛が逆にお前に襲われたと報告しておるわ」

「左様です。俺たちは護衛として進んでたら突然後ろから襲われて、命からがらここまで逃げ延びたのです」

「お、お前たち……」



 衛兵長の後ろから現れたのは薄汚れた軽装の男たちだった。

 アランの反応的にどうやらすぐさま逃げ去った護衛たちなのだろう。


 今にも飛びかかりそうなアランを嗜めながら、俺は衛兵長に聞く。



「ちなみに虚偽の報告をしていたらどうなるんだ?」

「なんだこのガキは? まぁいい。虚偽の報告をしたものは当然ながら即刻処刑だな。当たり前だろう?」



 衛兵長は鼻息を荒くしながら言う。

 それを聞いた俺は思わず笑みをこぼす。



「とにかく虚偽の報告をしたアラン・ミュラーは処刑。ミュラー商会は取り壊し。その家族は……、ぐひひっ、まぁ私の言うことを聞くのなら特別に助けてやらんでもない。ガキはいらんがな」



 衛兵長が舐め回すような視線でエリーとアーシャのことを見る。



「ひぃっ」



 アーシャがなぜか俺のことを盾にする。



「わかった。とりあえずここの領主、ゲッスルー子爵を呼んでくれるか? そこで話をする」

「お前みたいなガキに領主様が話をするはずないだろう?」

「それならそれで構わないぞ? ゲッスルー子爵は俺の話を聞かなかった、と父に報告させてもらうだけだからな」



 もちろんハッタリではあるものの、まだ勘当されていない以上、俺はルーサウス家の一員である。

 その立場は有効活用させてもらおう。


 それにしてもたかだか一衛兵長如きが公爵子息にそのような口の聞き方をすれば、その末路はわかりきったものなのだが――。



「はっはっはっ、お前の父ってどこかの下級兵でもしてるのか?」



 衛兵長は声高々に笑ってみせる。



「俺の父はバラン・ルーサウスだが?」

「はっはっはっ、それはどこのバランだ?」



 衛兵長は気づいていないようだったが、後ろにいる衛兵たちは俺の顔を見て囁き合っていた。



「ルーサウスって公爵様のか?」

「本物か?」

「わからんが、本物ならゲッスルー子爵様に伝えないとまずくないか?」



 衛兵の一人が慌てた様子で走り去っていった。



「まぁ、お前がそれでいいのならいいのだが……」



 ここまで話が通じないとは思わなかった。

 盗賊のことはもうどうでもいいと思えるほどに。


 そして、しばらくすると慌てた様子の男がこちらに向かって走ってくる。

 着ている服が高価なものであることからも彼がゲッスルー子爵だろうと想像がつく。


 かなり恰幅がよく、少し息が上がっているがそれでも衛兵長をにらみつけたあと、俺の前へとやってくる。



「これはこれはユーリ様。よくぞお越しくださいました。事前にお知らせいただけましたら出迎えさせていただきましたのに」

「いや、本当に立ち寄ったのは偶然だからな。わざわざ子爵の世話になるとは思ってなかったんだ」



 俺たちが話しているのを見て、衛兵長は呆然としていた。

 しかし、すぐに我に返ると慌ててゲッスルー子爵に言う。



「ゲッスルー様、そちらの子供とお知り合いで?」

「馬鹿!! 何を言ってるんだ! この方は王兄であらせられるバラン公爵のご子息だぞ!? も、申し訳ありません、ユーリ様。なにぶん部下の指導が行き届いておりません故に」

「それは別にいい。それよりもこの人は俺と俺のお抱えの商人を処刑して、その家族を連れ去ろうとしたんだが、それはどうするつもりだ? 更にこのが捕まえた盗賊を虚偽扱いしてきたんだぞ? それについて明確な回答を得られるんだろうな?」



 俺が鋭い視線をゲッスルー子爵へ向ける。

 すると彼は青ざめた表情を浮かべ、衛兵長をにらみつける。



「わ、私はただゲッスルー様の指示通りに――」

「私がそんな指示を出すはずないだろ! この不届き者を牢に閉じ込めておけ! そこの盗賊も同じだ!」

「そ、そんな……」



 衛兵長は膝から崩れ落ち、そのまま衛兵に寄って連れ去られていった。

 更に盗賊たちも同様に連れ去られる。



「すぐに盗賊の懸賞金も用意させます」

「あぁ、頼んだ。あと先ほども言ったが、このアランはのお抱えだからな。もし手を出すならそのときはルーサウスが相手になると思え」

「は、はい。もちろんにございます」



 これでアランに被害が及ぶこともなくなるだろう。



「わかった。それなら報酬はこのアランに渡してくれ」




        ◇ ◇ ◇




「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」



 ミュラー商会へとやってくるとアランがすぐさま頭を下げてお礼を言ってくる。



「気にするな。俺の専属なんだから当たり前だろう?」

「それでも二度も救っていただいた訳ですから」

「それよりも行商の件、忘れるなよ?」

「もちろんですよ。すぐにでも行きたいほどです」

「さすがに今は村がどういう状況かもわからないからな。安全を確保した上で来てもらいたい」

「かしこまりました。その際は家族揃って移らせていただきます」



 こうして村へ着く前に商人の伝手を作ることができたのだった。



「確かにアルフ村の現状を考えますとさすがに家族を連れて行くのは厳しいですよね」

「アランは行ったことがあるのか?」

「もちろんです。よろしければ以前見たときの状況をお教えしましょうか? 数年前の状況にはなりますが」



 先にどういう場所かわかっていたら向かう途中に対策を取れるというものだった。

 すぐさま俺は頷いていた。



「頼む!」

「かしこまりました。それではこちらをまず見てください」



 そういうとアランは地図を広げて見せてきた。

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