商人

――全く、今日は付いてない。どうしてこんな日に限って盗賊に襲われるんだ。



 商人であるアラン・ミュラーは悔しさに口を噛みしめていた。



 商品の仕入れでよく使っている道で当然ながらしっかりとした護衛も付けていた。

 普段ならそれで何も問題はなかったのだが、珍しく家族全員で王都へと来た帰り道に事は起こった。



 おそらく襲ってきたのはこの辺りを支配する領主だろう。

 なんでも裏で黒いことをたくさんしているとも聞く。自分たちにも賄賂を渡すように要求してきたが、それを断っていた。


 それが気に入らず、家族もろとも消しに来たのだろう。


 いずれ来るだろうと手だれの護衛たちを雇っていたものの相手を見た瞬間に青ざめて、一部の者達は逃走してしまい、家族を守るものは何もなくなってしまった。


 それでも一部の者達は命を賭して戦ってくれた。

 すでに事切れている彼らには感謝してもしたりないほどだった。



――これも運命か……。せめて私が犠牲になっているうちに妻と娘だけでも逃げられたら……。



 そう思っていた時に遠くからこちらに迫ってくる馬車が見えた。

 なぜか時折中から何かが飛ばされている変わった馬車。


 それを見た瞬間に自分は大声を上げていた。



「そ、そこの人、お願いします。助けて下さい!」



 その瞬間に馬車から小さな何かが飛び出してくる。


 それは小さな少年であった。

 地面に着地するかと思われた少年はそのまま空中を飛び回り、盗賊たちの剣が届かない高さから岩を降らせ、一撃で盗賊たちを気絶させていた。



「な、なんだお前は。こ、こいつがどうなっても良いのか!?」



 慌てた様子の盗賊が商人の首に短剣を突きつけてくる。



――それは悪手だぞ。



 商人は心の中で冷静に見ていた。

 確かに少年は商人を助けるために参戦したように見える。

 しかし、彼の瞳にはハナから商人たちが映っていなかった。


 つまり、彼の目的は最初から盗賊の殲滅なのである。

 それならば人質の有無は一切関係ない。


 現に商人に短剣が突きつけられた後も魔法は止むどころか激しさを増している。



「ほ、本当に殺るぞ?」



 怯えた口調で空を見上げていたので、その間に地を走る小柄な人影に気づいていない様子だった。


 それに気づいたのは盗賊の首に短剣が突きつけられた時だった。



「先にフィーの短剣があなたを刺すけどいいの?」

「なっ!?」



 気づいた時にはすでに手遅れである。

 結局盗賊はそのまま短剣を地に捨てて拘束されていた。



「フィー、そっちはどうだ?」

「大丈夫なの」



 空中から少年が手を振っている。

 周りにいた盗賊たちはすでに全員が倒されているようだった。



 正直自分には今何が起きたのかさっぱりわからなかった。

 ただ一つわかる事は人を超える力を持つ少年が自分たちを助けてくれた、という事だった。



――もしかしてこの人は慈愛に満ちた名のある魔法使いなのだろうか?



 少年はまるで違うことを考えていたが、今起こった現状だけ見て、商人は感謝の涙を流すのだった。




        ◇ ◆ ◇




 やっぱりレベルが低いな。魔法一撃で盗賊を倒せないのか。



 盗賊を全て倒し切った俺は自分の手のひらを見て口を噛み締めていた。

 先ほどの魔法も見た目はまるで流星群が降ってきているような派手なものだったが、実際は空から岩を投げつけているだけの初級魔法である。


 ちょっと火の魔法で演出は加えていたが、それ自体に殺傷能力はない。


 フィーにも事前に強化魔法を使った上で不意をつけたのでどうにか全員を捕えることができたが、なるべくやりたくないな。

 相手がもっと強い盗賊ならばまるで歯が立たなかっただろうから……。


 実際にはすでに魔力25と並の傭兵よりも高く、専門の魔法使いくらいの能力は持っている。

 対策もなしにその威力の魔法をまともに受けて意識を刈り取られるだけで済んでいるのだから盗賊たちが幸運とも言えるのだが、そのことに全く気づいていなかった。


 ゆっくり地面に降りるとフィーが駆け寄ってくる。



「全員捕まえておいたの」

「あぁ、よくやった」



 フィーの頭を撫でてやると彼女は嬉しそうに目を細めていた。


 遠めに家族と抱き合って泣いている商人の姿が見える。



 さて、これで問題は解決だな。

 ならさっさと領地へ向かって――。



「助けていただき本当にありがとうございます」



 馬車へと戻ろうとしたときに商人がお礼を言ってくる。



「たまたま目に留まっただけだ。別に助けたわけじゃない」

「それでもおかげで私たちは助かりました。本当にありがとうございます」



 深々と頭を下げてくるものだから、渋々助けた俺としては少しバツが悪くなった。



「気にするな。それじゃあ俺たちはここで――」

「あの、厚かましいお願いだとはわかっているのですが、私たちの護衛が全滅してしまいまして――」

「そうか、頑張ってくれ」



 続く言葉は簡単に想像が付く。

 これ以上遠回りしていては一体いつ領地へ着くかわからない。



「お、お待ち下さい。あなた方に助けていただいたお礼をお支払いしたいのですが、あいにく持ち合わせの方があまりなく、町にある商会へ行けば十分なお支払いができるのです」



 商会か……。



 確かに商会を治めていた商人ギルドは裏のつながりが強い。

 現に王都にあるほぼ全ての商会はルーサウス家の言いなりで欲しいものを呟こうものなら我先にと山のようなプレゼントが送らせてくるのだった。


 それによってギルドの覚えが良くなり、より良い商いを行えるようになるのだから。



 ただその力もあくまでも王都の中だけのもの。

 果たして外にいるどれくらいの商人を影で操っているのだろうか?



 実際はそこまでの数は支配していないようにも思える。

 しかし、商いをする以上ギルドの関わりは必須であるが、地方ギルドはどちらかといえば地元とのつながりの方が大きい。


 領地を経営する以上、商人との関わりは必須である。

 そうなると襲われていた、というのは俺からしたら高ポイントかもしれない。


 俺たちが通りかからなかったら命を落としていた商人。

 つまり原作キャラや黒幕との関わりが比較的薄いキャラ、ということになるのだから。



 これは渡りに船か?



 少し考えた俺は渋々頷いていた。



「わかった。町までの護衛は引き受けよう。ちょうど頼みたいこともあるしな」

「ありがとうございます。あなた方のような強い方に護衛を引き受けて貰えると心強いです」

「その護衛を引き受ける相手が子供でもか?」

「年齢と強さは関係ありませんから。それにあなた様も見た目以上に聡明な方に思えますから」



 やはり何かの打算があって声をかけてきたように思える。



「それじゃあ、馬車は……」



 商人達の乗っていた馬車はものの見事にひっくり返っており、馬たちは逃げ去った後だった。



「仕方ない。俺の馬車に乗るといい。色んなものを積んでいるので狭いが構わないか?」

「もちろんです。乗せていただけるだけでありがたいです」

「わかった。それじゃあよろしく頼む」



 俺と商人は硬く握手を交わす。



「私はミュラー商会の会長、アラン・ミュラーです。とは言ってもまだまだ小さい商会で私自身が商品の仕入れ等を行っているのですけどね。それでこちらが妻のエリーと娘のアーシャです」



 エリーとアーシャが軽く頭を下げてくる。



「俺はユーリだ。ユーリ・ルーサウス」



 俺の名前を聞いた瞬間にアランの表情が強張る。



「ま、まさかルーサウスというとルーサウス公爵様の?」

「三男だな。とはいえ家族とは全く関係がない。俺は自分の領地をもらったからそこに向かうところだ」

「し、しかも領主様でしたか!? も、申し訳ありません。度々の不遜な態度、何卒お許し下さい」



 アランは頭を地面に擦りつけて必死に謝ってくる。

 こうなるからあまり名前を名乗りたくないんだよな……。



「だから気にしていないと言ってるだろう? それよりも先ほどのお礼の件、忘れるなよ?」

「ひぃぃ……」



 悪魔と契約してしまったように思えるアランは表情を青ざめていた。

 ただ、俺からしたらこんな反応を見せると言うことは父とのつながりはない、白に近いように思えていた。


 それならば辺境の地に交易にきてもらおう。

 これで滞りなく物流が広がるだろう。


 辺境の危険な地であるので断られる可能性はあるが――。




        ◇ ◇ ◇




 戦々恐々馬車へと乗り込んだ商人一家。

 後ろにはロープで括り付けた盗賊達を歩かせている。


 そのせいでかなり進行速度が遅くなってしまったが、町へ着くまでの辛抱だろう。


 逃げ出していないかは魔法で気配察知をすれば大体わかるので、見張りも特に立てていない。

 たまにフィーが短剣投げのついでに様子を見ているくらいだ。



 そして、乗り込むまでは今にも死にそうなほど青ざめていたアランだったが、馬車に乗っている冷蔵庫もどきを見てすぐに興奮していた。



「ユーリ様、これは一体なんなのですか!? もしかして公爵家秘蔵の魔道具とかですか!?」

「いや、これはうちとは関係ない。俺が作り出したものだな。まだ未完成ではあるが」

「これほどの出来でまだ未完成なのですか!?」

「そもそもアランは俺と父を繋げたがっているが、俺自身はある意味左遷されているようなものだぞ? 危険な辺境地へ行くことからわかるだろう?」



 実際は破滅回避のために自ら頼んだことだが、さすがに出会って間もない相手に独立のことは話すべきではないだろう。



「なるほど。それなら結構物入りではないでしょうか?」



 アランの目が光った気がする。

 商売のチャンスだと思ったのだろうか?

 でも、これはアランが信頼できるか見る良い機会だろう。



「すぐに必要なものはないが、何かと物入りになるだろうな」

「それならこの冷蔵庫もどきを広く販売されてはいかがでしょうか? きっと良い収入になりますよ」

「しかしこれはまだ未完成で、常に俺の魔力を消費して動かしてるんだぞ?」

「なるほど、継続使用には魔力が必要……。それは魔石で補うことはできませんか?」

「魔石で?」

「えぇ、現在の魔力を使った道具はその使用のために魔力を込めた魔石を使っているんですよ。それで代替えができるのなら――」

「それだ!! なんでそんな簡単なことを見落としていたんだ、俺は……」



 確かに作中でも何度か魔道具の使用には魔石が必要な旨のワードが書かれていた。

 しかし、あくまでも文字で出てくるだけで、実際は換金アイテムだったのでそれほど印象に残っていなかったのだ。


 魔石を使えば俺が作りたいものを色々と作れるかもしれない。

 問題はその魔石を集める方法……か。



「定期的に魔物を狩る方法もいるな。どちらにしても領に付いてからか」



 周辺の魔物状況とかも確認がいるだろう。



「良いところに気がついてくれた。ありがとう」



 早速数は少ないが、魔石で代用した冷蔵庫の作成に取りかかる。

 俺の意識がそちらに向いたときにアランがオドオドしながら言ってくる。



「いえ、お役に立てたのなら光栄です。それでよろしければそれをうちの商会の専属販売なんかにしていただけるとありがたいのですが……」



 ごますりしながら聞いて来たが、俺の耳には入らない。

 そのアランの様子を見ていたフィーが彼の肩を叩く。



「そうなったらしばらくは何も聞こえないの。諦めるの」



 アランは目に見て取れるほどにガッカリと肩を落とすのだった――。

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