鑑定

 フィーが俺の下で働いてくれることが決まった今、すぐにでも領地へ向かいたいところだったが、まだ王都ですることが残っていた。


 フィーの体調もある程度戻ったとはいえ、まだまだ本調子にはほど遠そうだった。



「ユーリ様。今日は何をするの?」

「そうだな。色々と買い出しだな。あとは良い人がいたら勧誘はしたいが、フィー以上の人材はいないだろうな」



 誰も彼も裏切りそうな顔をしている。

 一番仲間になってくれそうなのは屋台のおじさんだったが、さすがにここに家族もいるであろう彼を勧誘することはできない。


 というかすでに誘って断られている。

 さすがに辺境の地だと肉串は売れないからな、と笑みをこぼしていたが、何か別の理由もありそうだなと感じていた。


 だからこそ俺も無理強いはせずに素直に身を引いたのだ。



「ふ、フィー以上の人ならいくらでもいるの……」



 フィーは顔を赤く染めて被っているバケットハットで顔を隠していた。


 今のフィーの姿は白のバケットハットと薄い水色のフリルがふんだんに散りばめられた可愛らしいメイド服だった。


 もっと普通の服で言ったのだけど、なぜかこんな服になってしまった。

 よりフィーの可愛らしさを引き立てる物となっているので間違いではないだろう。


 ただ何か変なものがついていないか調べる為に実際に触って確かめていた。

 もちろんフィーが服を着ている状態で。



 ……ただのメイド服だな。特殊な能力もなし。魔力的な付加もなし。性能的には防御力+1といったところだな。



 安全を確かめた後、フィーの顔を見ると彼女は顔を真っ赤にして緊張で体を強張らせていた。


 使用人たちは姿を消していた。

 どうやら白モヤ展開になると予想して気を利かせて出て行ったらしい。


 最初は汚らしい獣を連れて帰ってきたとか怪訝な表情を浮かべていたので、俺がそういう目的で連れているという風にしたほうがフィーの待遇も良くなるかもしれない、とその件は黙ってることにした。



 まったく……。十歳の子供がそんなことをするはずないだろ。



 最近の俺は少し大人びている、と使用人たちが噂をしていて実年齢はもう少し上ではと言われていることを全く気づいていなかった。



「な、何か言って欲しいの」



 俺が一人で夢想しているとフィーが心配そうに聞いてくる。



「そうだな。そろそろ飯だもんな」

「そんなこと言ってないの!」



 そう言うと同時にフィーのお腹が鳴る。

 顔を真っ赤にしてお腹を触るフィーを見て俺は思わず笑ってしまうのだった。




        ◇ ◇ ◇




 いつもの屋台で食事をしたあと、俺たちがやってきたのは路地裏の暗がりだった。



「あ、あの、ユーリ様? こんなところで何をするの?」

「しばらく街を見て回っていたけど、この時間のここはほとんど人が通らないからな。俺にとっては都合がいいんだ」

「つ、都合がいいって……、も、もしかして――」



 フィーはギュッとスカートを握りしめていた。



「そ、その、初めてだから優しくしてなの……」

「……? あぁ、痛みはないと思うが俺もここまで念入りに使うのは初めてだな。違和感があったら言ってくれ」

「は、はい……」



 硬く目を閉じるフィー。

 自分でやったときは全く痛くなかったが、他人にされるのは怖いのかもしれない。


 俺は右目に魔力を宿して、そのままフィーをジッと見る。

 するとぼんやりと彼女の頭に文字が浮かび上がる。



名前:フィー

性別:女  年齢:11歳 種族:獣人

職業:メイド見習い

レベル:1

HP:16/16(E)

MP:0/0(E)

攻撃:1(E)

防御:1(E)

敏捷:3(C)

魔力:1(E)

【スキル】

短剣:1(C)

【魔法】

土:1(E) 風:1(D)



 お世辞にも能力が高いとは言いかねる。

 それでも暗殺能力に優れた素質を持っているフィーが敵対しないだけでもありがたい。


 ただこの鑑定表示は俺だけのものらしい。

 俺からしたら見慣れたステータス画面だ。


 でもそれはあくまでもゲームだから、である。

 ここまで詳細にわかってしまうと戦力差があることを簡単に知られてしまうと思ったが、他の人の鑑定は数字化されているわけではなく、レベルくらいしかわからないらしい。



 ちなみに俺の能力はこんな感じだ。



名前:ユーリ・ルーサウス

性別:男  年齢:10歳 種族:人族

職業:公爵の三男

レベル:1

HP:32/32(A)

MP:20/20(S)

攻撃:5(A)

防御:3(C)

敏捷:3(C)

魔力:10(S)

【スキル】

剣術:1(B) 偽装:5(A) 鑑定:10(EX) 詠唱破棄:1(S)

【魔法】

火:1(B) 水:1(C) 土:1(A) 風:1(B) 闇:1(S)



 全体的に素質が高いのはやはり黒幕であり、ラスボスだからだろうか?



 数値の基準はまだはっきりとないが、数人見た感じだと普通の大人はレベルは5~10、能力値は10前後。スキルは一~二個でその数値は3前後といったところだった。


 もちろん普段から体を鍛えているような兵は更に倍くらいの数値を持っている。


 判断材料が少なめなので実際はもっとばらつきがあるのかも知れないが――。



「もういいぞ。知りたいことは大体わかった」

「ふぇっ?」



 驚きの声を上げるフィー。

 


「あ、あの、その…、まだ何もしてないの……」

「もうしたぞ? フィーの潜在能力を調べるための鑑定を……な」



 ぽかんと口を開くフィー。



「そ、それなら別にこんなところにきてやらなくても、部屋でしたら良かったの」

「いや、それができない理由があるんだ」



 部屋だと誰に見られているかわからない。

 特に俺の鑑定は瞳に魔力を込めるからか、使用時は片目が金色に光る。


 さすがにここまでわかりやすい変化があると使うタイミングが限られてしまう。



「それよりもこれからフィーの武器を買いに行くぞ」

「ふぃ、フィーの武器? で、でもフィーは戦ったことなんてないの?」

「それはわかっている。だからこそわざわざ鑑定でフィーの適性を見たんだ」

「も、もしかして、フィーに何か隠された能力が――」

「いや、そんな能力はなかったな。辛うじて短剣スキルがあるからそれだけが普通に使えるくらい……か?」

「スキル!? フィーもスキルを持っているのですか!?」

「一つ二つは大体の人が持ってるぞ?」

「わかりました。フィー、頑張って短剣術を学ぶの!」



 気合いを入れるフィーの姿はただただ可愛らしいだけで、むしろ不安をあおってくる。



「そういうわけだからフィーの短剣を買いに行くぞ」

「わかったの。あっ……、でも、フィーはお金を持っていないの」

「武器は必要なものだから俺が買うに決まってるだろ?」

「いいの?」

「当たり前だ。それよりも早く買いに行くぞ。まだまだやることはたくさんあるんだからな」

「そうなの。またみんなにお肉を配りに行くの!」

「いや、それは予定にない……。そうだな。早く予定が終わったら行くか」

「うん!!」



 こうして俺たちは武器屋へと買い物に行くのだった――。




         ◇ ◇ ◇




「ユーリ様、ありがとうなの」



 フィーは短剣を大事そうに抱えていた。



「気にするな。これからしっかり鍛えていくからな」

「はい、なの!」



 嬉しそうに笑顔を見せてくるフィーと共に肉串の屋台へと向かう。

 するとその途中で路地裏にいた男の子に出会う。



「あっ、肉の兄ちゃんだ! 探してたんだよ」



 嬉しそうに近づいてくる。

 今日も肉串をくれると思ったのだろうか?

 あながち間違いではないが。



「まだ食い物の準備はできてないぞ」

「そ、それだとまるで俺が食い物のためだけに兄ちゃんを探してたみたいじゃないか!」

「違うのか? なら肉はいらないな」

「いるぞ! って違う。兄ちゃんを探して女の人が来たんだ」



 俺を探して? でもこの街に俺の知り合いはほとんどいないぞ?


 唯一の女の知り合いと考えて隣にいるフィーに視線を向ける。



「フィー、わざわざ探さなくても隣にいるじゃないか」

「フィーじゃないの」

「そいつじゃないよ。なんて言ってたかな? エリーナだったかな?」



 全く聞いたことのない相手だった。

 近しい名前で原作のネームドキャラといえば聖女エミリナだけど、ヒロインの一人たる彼女がわざわざ俺に会いに来る理由がない。


 いや、いずれ孤児院を開く彼女が肉を配っていた俺のことを興味に持つのはおかしいことではないかもしれない。


 ただ、勘違いかも知れないので少年に聞き返してみる。



「そいつは聖女とか言ってなかったか?」

「あっ、うん! 言ってたよ。聖女だったか清浄だったかそんなこと言ってた!」



 間違いないな。それなら俺の取る行動は――。




         ◇ ◆ ◇




 聖女エミリナは教会でみなを癒やす傍ら、貧しい子供の施しをしていた。

 しかし、この王都にはそれだと追いつかないほどに困窮している子供がいたのだった。


 たまにする教会主導の炊き出しでは全く追いつかないほどに。


 そんな時にそんな子たちに肉を与えている少年がいるという話を聞く。


 きっとすごく高尚な考えの持ち主なのだろう。

 今の貧しい子供がいることを許せなくて自ら動ける人間。


 そんな相手がいると知り、いても経ってもいられなくなってエミリナは教会を飛び出して、彼が現れたという路地裏へと向かっていた。


 するとゴミを漁っている少年を見かけて、そのことを聞いてみることにした。



「あの、すみません。お聞きしたいことがあるのですけど」

「なんだ、姉ちゃん。見ての通り、俺は忙しいんだけど?」

「すみません。先日ここに来た食べ物を配って回ったという少年についてお聞きしたいのですが」

「なんだ、肉の兄ちゃんについて聞きたいのか。みんなに肉を配ってくれる良い奴なんだ。あとは種族を気にしない奴だな」



 少年が噂の人物について色々と教えてくれる。

 そのどれもがすごく好意的なものであったので、ますますエミリナは彼に興味を抱いていた。


 それだけ人のことを思える人物ならば、もしかしたら聖女に匹敵する勇者や賢者といった、信託で悪を滅ぼすとされている人物の一人かも知れない。



「わかりました。もしその人が現れたら聖女エミリナが会いたがっていたと言ってもらえませんか? 私ももうしばらく探してみますので」



 そう言いながら少年に銀貨一枚を手渡す。

 貧しい彼の動きを少し止めてしまったのだ。これは一種の迷惑料でもある。



「おう、わかったよ。便所のエミナが会いたがっていた、と言えばいいんだな?」

「便所ではなくて聖女ですね。あとエミリナです。教会に来てくださればすぐに会えますので。よろしくお願いしますね」

「任せておけ!」



 一抹の不安を覚えるものの頼む人が他にいないこともあり、少年に全てを託すことにした。


 いずれ来るであろう世界の混乱のためにもぜひ力を借りたい。



「そういえばどういう人なのか全くわかりませんでしたね。お肉を配ってる人、くらいしか……」

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