破滅フラグのモブ少女
猫の獣人と人のハーフであるフィー。
ところどころ破けてすっかり汚れてしまっている服を着続けている少女である。
明らかに栄養が足りてないのか、背丈は小柄で同世代の子に比べても発育が遅れている。
それもそのはずでインラーク王国では、ただでさえ獣人は迫害の対象である。それが半獣人となるとさらにそれは加速する。
そんな彼女に近づいてくるのは一部のおかしな愛好家とかだけだった。
しかも目的は愛玩動物として飼うこと。
おおよそ人としての生活は送ることができなくなる。
そういった事情もあり、彼女は甘言を囁く貴族のことを信じられなくなっていた。
「フィー、このまま生きていけるの……?」
今日も料理屋のゴミ箱を漁ってなんとか食いつないでいたのだが、ふと不安に思ってしまう。
一体自分はなんのために生きているのか……と。
全てが敵に思える状況で必死に食らいついて生きているが、それが果たして正解なのだろうか、と。
そんな絶望感を味わいながらフィーはゴミ箱から取ったほとんど食べるところのない生ゴミを両手一杯に抱えて、人気の少ない路地裏へと走り去って行くのだった。
◇ ◆ ◇
フィーを探すと決めたものの王都はかなり広い。
さすがに貴族街周辺にはいないだろうが、それ以外の場所ならどこにいてもおかしくない。
でも、まだ
とは言ってもこの王都に一体どれだけの料理屋があると……。
「いや、ちょっと待てよ」
それだけ食べるのに困っているのなら、逆に食べ物を餌に釣り上げることは容易なのではないだろうか?
「……試してみるか」
どうせ食材は買う予定だったのだ。
それなら多少の散財は問題ない。
失敗しても俺の腹に納まるだけのものだった。
俺は近くの屋台へ行くとそこに売っていた肉の串焼きを十本ほど購入し、路地裏へと向かう。
薄暗くジメジメした、視界の悪いそこは貧しい子供達のたまり場になっていた。
働くことのできない、でも日々食べるのにも苦労するような子達。
いずれこの王都にも孤児院ができて飢える子達は減るのだが、今の時点ではかなりの数がいるようだった。
俺から漂う肉の香ばしい香りに座り込んでいる者達はみな視線を向けてくる。
ただ、名前のないようなモブですら買収して飢えた子供のフリをさせている可能性も考えられる。相手は暗殺のプロだから。
考えすぎだろう、と脳内でツッコミを入れながら近くにいた少女に肉の串を渡す。
「……?」
首を傾げる少女。
「いらないのか? 腹が減っていると思ったが」
「……!?」
必死に首を縦に振っているアピールをしてくる。
俺から肉の串を受け取ると、少し迷ったあと串から一つの肉を取り、残りを側の男の子に渡そうとする。
「そんなことをしなくていい。そいつにもこれをやる」
「……いいの?」
「あぁ、もちろんだ。ただの気まぐれだけどな」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
男の子も肉の串を受け取ると二人おいしそうに肉を食べていった。
そうなるとその光景を羨ましそうに見ていた周りの子達も俺のほうに近づいてくる。
ただ、列を作るようなことはなく、我先にと必死に駆け寄ってくる。
「一列に並べ! 全員分、用意してやる! 列から外れた奴はなしだからな」
そう言った瞬間に駆け寄ってこようとしていた子供たちはピタッと止まり、綺麗な列を作っていた。
一人一人手渡していくことではっきりと子供の顔を見ることができる。
そして、食べ物を配っている人がいると聞くと彼女はまずやってくるし、これなら見逃すことはないだろう。
肉の串を十本配り終えた俺は子供たちにここで待つように言った後、すぐに屋台で追加購入しに行く。
するとそんな俺の行動を見かねた屋台のおじさんが眉をひそめながら言ってくる。
「俺としては大量に買ってくれて嬉しいが、こんなことをしても何の得にもならないし、あの子たちも助からないぞ?」
言いたいことはよくわかる。
この子たちの飢えは一時的なものではなく、継続したものだ。
気まぐれで腹を満たしたとしても、何の助けにもならない。
でも、俺の目的は違う。
あくまでのフィーと出会うことが目的なのだから。
「問題ない。あくまでも俺の自己満足の為にしているからな」
「それなら良いが……」
「それよりもどんどん焼いてくれ。腹を空かせた奴がまだまだ増えるからな」
焼けた肉の串を受け取ると俺は数回往復して子供たちに肉を配り続けた。
すでに勝利を確信しながら――。
◇ ◇ ◇
「……なぜこない」
大体来た子供たちには配り終えたのに、なぜかここにフィーの姿はなかった。
まさか俺の策に綻びがあっただと!?
実際には穴だらけではあった。
フィーが今日この時間に王都内にいることが前提だし、『無料で肉を配ってる奴がいる』なんて胡散臭い話、信じない子供もいるだろう。
それがたまたまフィーだった。
そういうことなんだろうな、と考えていた。
もう一つの可能性を完全に見落として……。
今日のところはお開きかな、と考えたそのタイミングで何やら路地の奥の方で子供たちが騒ぎを起こしていた。
「おい、何でお前がこんなところにいるんだよ!」
「獣臭いだろ、あっちいけよ」
「兄ちゃんが嫌がったらどうするんだよ。責任取れるのか!」
「えっと、あの……、その……」
騒ぎの原因の場所へ駆け寄ると、そこには男の子三人に囲まれて泣きそうに小さくなっているフィーの姿があった。
周りの子と比べても一回りほど小さなフィー。
その長い銀色の髪はボサボサに跳ねている。
更に頭のてっぺんには小さな猫耳が付いており、それこそ彼女が人ではない証のようなものになっていた。
「あ、あの……、フィーはここでやってることを知らなくて、ただ通っただけなの……」
「嘘つけ! どうせ兄ちゃんの話を聞いてきたんだろ」
「お前に渡す肉はないってよ」
路地暮らしの子供たちからも虐められていたのか。どうりでここに来ないわけだな。
俺はため息を吐きながら仲裁に入る。
「そのくらいにしておけ。俺は別にその子に渡さないなんて言ってないだろう?」
「し、しかし、兄ちゃん……」
「そいつは獣だぞ?」
「……普通に人だろ?」
必死に子供たちが言ってくるが、俺は呆れながらそれを聞き流す。
そして、フィーに肉の串を差し出す。
「君も食べるか?」
俺が差し出した肉を見て、フィーは目をキョトンとさせていた。
「い、いいの?」
「みんなに配ってるものだからな。いらないなら別にいいぞ?」
「いるの。ありがとうなの」
嬉しそうにそのまま肉を受け取ろうとするフィーだったが、そのまま足を滑らせ俺の方へと倒れてくる。
「おっと、大丈夫か?」
「ご、ごめん……なの」
儚げな笑みを浮かべると、フィーはそのまま意識を失っていた。
どうやら体調が悪いのをかなり無理していたようだ。
「ちっ、今日はお開きだ。俺はこの子を休ませる」
「あ、あの……」
「なんだ? 俺は忙しいんだ」
「その……、ごめんなさい。獣なんて言って……」
俺がフィーに肉を与えようとしているところをみて反省したのかも知れない。
男の子が俺に対して謝ってくる。
「それはこの子が起きたら聞かせてやるといい」
「うん! わかった。ありがとう、肉のお兄ちゃん!」
少年は大きく手を振って走り去っていく。
それを見送ったあと、俺はフィーを背負いそのまま家へと帰るのだった。
◇ ◆ ◇
――あれっ、ここは?
目を覚ましたフィーは自分の今の居場所を見て困惑する。
ろくに食べるものもなく、寝泊まりは野宿。雨風がしのげる屋根があったら良い方の生活を送っていた。
そんな自分がベッドに寝かされ、しかも着心地のいい白の寝間着を着ていて、見たこともない広さの部屋にいる。
まるで夢のような場所だった。
――ううん、どう見てもこれは夢……なの。
最後の自分の記憶はお肉を配ってくれていたお兄さんが自分の味方をしてくれたところだった。
――あの言葉、嬉しかったの。
でも、あれもきっと夢で自分は死んでしまったのだろう。
そうでないとこんな貴族のような生活、できるはずないのだから。
「どうせ死ぬならあのお肉くらい食べたかったの」
「いや、さすがに病み上がりだから肉はやめてくれ」
「ひゃぁっ!?」
誰もいないと思っていたのに突然声をかけられて思わず飛び起きそうになる。
「無理に起きなくてもいいぞ。過労と栄養失調らしい。元気になるまでここで休んでいくといいぞ」
「い、いいの?」
「あのあと下手に倒れられるほうが変な噂を流されていい迷惑だからな」
「あうぅ……、ごめんなの」
自分のせいで助けてくれたお兄さんに迷惑をかけてしまうと考えると申し訳なく思ってしまった。
「気にするな。単なる気まぐれだ。それに頼みたいこともあるからな」
「頼みたいこと?」
――自分にできることがあるとは思えないけど……。はっ、もしかしてこの人も獣人愛好家なの?
緊張した面持ちで何を言われるかを待つ。
いざというときには逃げられるように……。
「食べるものにも困っているのだろう? 良かったら俺の下で働かないか?」
「ふ、フィーはその、愛玩動物じゃないの!」
「あいがん? 人手が足りないから俺付きのメイド見習いとして働いて欲しいだけなんだが?」
自分の早とちりだとわかると顔が真っ赤に染まる。
「あうあう。き、聞かなかったことにして欲しいの」
「それよりもどうだ?」
「それよりも!? フィーにとっては大事なことなの!? でもどうしてフィーなの? 働きたいって子ならもっとたくさんいると思うの。フィーみたいな混じり者じゃなくてもっと普通の子が――」
「俺が求めるのは一つだからな。それを満たしているのがフィーだけだった。ただそれだけだ」
「フィーが? で、でも、フィーは鈍くさいし……、その……」
「それはゆっくり直していくといい。それよりも働くのか?」
路地裏でも自分のことを守ってくれたし、ペットとして飼おうとしているわけでもない。
この人なら信用できるかもしれない。
――このまま何の生きる目的もなく暮らすくらいなら一歩前に踏み込んでみようかな?
少し考えたあと、フィーは一度頷いていた。
「よろしく……なの」
こうして本来なら王都近郊の森にて、魔物に襲われて死ぬはずだったフィーはユーリの家臣となるのだった。
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