第一話 辺境の地へ行こう

黒幕の罠

 父バランは領地をくれるだけではなく、支度金として小袋いっぱいの金貨まで用意してくれていた。


 これはまだ原作前でほぼ初期レベルの俺からしたらとてもありがたい物だった。



 よほど自分の子を可愛がっているのだろうか?

 いや、あの父がそんな殊勝な考えを持つはずがない。



 獅子は我が子を谷に落とすというが、そこからさらに追い討ちとして暗殺者を差し向けるような父なのだ。


 どちらかといえばこの領地を渡すというのも罠に近いと見るべきだ。

 この金貨も偽物の可能性があると鑑定士に調べさせたが、どれも本物だった。



 さすがにこんなわかりやすい偽装はしないか……。



 そうなると罠として考えられるのは領地まで案内してくれる御者や護衛、あてがわれる使用人たちの誰か、もしくは全員が暗殺者。

 魔族と通じている父が彼らの力を借りて魔物をけしかけてくる。

 向かう先の領地に住む領民たちが暗殺者、もしくは父に楯突く者たち。



 正直、最後の可能性が一番ありそうだと感じていた。


 民衆から税を搾り取り、王都で豪華な生活を送る貴族こそ良い貴族と言われている現状だと父は領民から恨まれていると考えるのが妥当である。

 そんな中、一部を分け与えるならどこにするか。



 俺ならば収入が少なく、反抗的な場所にする。

 おそらくこの領地もそういった場所なのだろう。



 俺はテーブルに広げていた父からの書類を眺める。

 そこには『アルフの村周辺の領主に任命する』と書かれており、もう一枚の紙には領地の場所が書かれていた。



 トリスマリス魔王国、ヒュージ獣王国、聖アメス公国、ドラグノフ帝国の四カ国の境目にあるインラーク王国の重要拠点であるからこそルーサウス公爵が睨みを利かせていた。そこに実子であるユーリが行くと言えば聞こえは良いかもしれない。


 でも実際は碌に資源もない、農作物も育ちにくい不毛の地であるアルフの村周辺をわざわざ支配したいと思う国はあまりない。

 むしろ要所であるために兵を割かないといけないことを考えるとマイナスとも考えられる。


 体の良い左遷とも言える場所であった。



「うーん、食料不足は当然として、ろくに武器防具もないかもしれないな。行商の手配もしておかないといけないし、そもそも人材不足だな」



 必要なものをまとめていくが、考えれば考えるほど足りないものが多すぎる気がしていた。



「まぁ、いざとなれば俺だけ暮らせればいいか。小屋でも一つ建ててのんびりスローライフもいいな」



 もちろんそれは最終手段だった。



 黒幕側である父の動き。

 主人公たちの動き。

 王国の動き。

 他国の動き。



 それらがまるでわからない今、全てを忘れてスローライフをするなんて猛獣の檻の中に裸で入るようなものである。



「とりあえず絶対に信用できる奴が一人は必要だ。欲を言えば三人くらい欲しいが、それだけ雇う金はないわけだからな」



 でもそんな俺の強い味方がこの町にはある。

 俺は金貨袋を握りしめ、まっすぐその店へと向かうのだった。




         ◇ ◇ ◇




 意気揚々と俺が向かうのはご存じ、奴隷商である。


 ここ、インラーク王国では奴隷の売買を合法的に許可している。

 もちろん奴隷の扱いについては色々と法律で決められているため、故意に傷つけたりとかはできない。


 ただし、それは奴隷側も同じで、主人の命令は法律違反しない範囲で強制できるように契約魔法を使うのだ。

 だからこそ裏切られる心配がないという点では安心できる人材と言えるのだった。



 十歳の子供とはいえ公爵子息である俺は店に着くとすぐに豪華な応接間へと案内され、すぐに小太りのおじさんが姿を見せる。



「これはこれは、ユーリ様。わざわざこのような所へどうかなさいましたか? 開拓に必要な人材でも探されに来ましたか?」



 さすが奴隷商。

 たった一日しか経っていないのにもう情報を掴んでいるようだった。


 一瞬それで納得しかけたが、すぐに奴隷商へ向けて疑惑の目を向ける。

 奴隷商は胡散臭い笑顔を見せていた。



 さすがに情報を仕入れるのが早すぎないか?

 まるで父から直接聞いたかのように――。



 一度疑うともう奴隷商からは怪しさしか感じなかった。



「情報が早いですね。どこでお聞きになられたのですか?」

「秘密にございます。こればかりはいくらユーリ様の頼みだとしてもお教えすることはできません」

「なるほど……。でも事情を知っているなら話しは早いですね。早速見せていただいても?」

「かしこまりました。では、これぞという奴隷を連れて参りますので今しばらくお待ち下さい」



 奴隷商が席を外すと既に控えさせていたのか、すぐに三人の奴隷を連れてくる。

 男性が二人と女性が一人、清潔感のある白い服に身を包み、暴れないように手を拘束されている所以外は奴隷らしさを感じない。



「我が店でも屈強な奴隷を集めてみました。レベルも右から45、39、42と上級冒険者にもひけを取らないほどの猛者にございます。いかがでしょうか?」



 確かに男性二人は服の上からでも筋骨隆々なのが見て取れるし、女性もかなり実力があるのは見て取れる。


 ただそれだけでは信用できず、俺は自分自身で鑑定魔法を使いその能力を確かめる。

 この魔法は本来であればゲーム主人公だけが使えるものだったのだが、なぜか転生した後の俺も使うことができた。


 主人公限定というよりはプレーヤー限定で、転生した俺はプレーヤー扱いになったということかもしれない。

 そのおかげで俺は自分がユーリ・ルーサウスであるということに気づいたし、ユーリが想像以上に全てにおいて高い適性を持つこと、更に父すら信用せずに能力を偽装していたことも知ることができた。



 これも父の『たとえ家族であろうとも信用するな』という言葉を忠実に守った結果なのだろうとこの点に関しては感謝していた。



 その鑑定魔法で実際に奴隷達を調べてみる。

 確かにレベルに関しては奴隷商が言っていたとおりである。


 各種能力も高い上にスキルすら持つ者もいる。

 ただ、どういうわけか彼らには既に奴隷契約している人物がいるようだった。



 その名前は……バラン・ルーサウス。



 やはりこの奴隷商も父の息が掛かっている人物、ということなのだろう。



 それにしても既に契約者がいる奴隷を二重に契約なんてできるのか?



 いや、父が行っていることだからできるのだろう。

 それでもし俺が奴隷契約を結ぶとあっという間にいざという時には俺を殺すための暗殺者の出来上がりだ。



 ここまでするのか、と俺は心の中で口を噛み締める。しかし、表情は笑顔のまま答える。



「皆さん強そうですが、私の本来の目的が達成出来なさそうです。申し訳ないのですが」

「おや、そうですか? でしたら他の奴隷も見学されますか?」



 奴隷商は意外そうに言ってくる。



「そうですね。よろしくお願いします」



 なるべく相手に気取らせないように俺も笑顔のまま答える。

 十歳の子供がこんな態度を見せ続けたのだ。奴隷商には不気味に映っただろう。それでも態度を変えないのだから大した物だった。


 しかし、最後まで奴隷商が見せてきた奴隷は全員バランと契約をしている者たちしかいなかった。




         ◇ ◇ ◇




 結局どの奴隷も買わずに店を出てきた。



 さすがは黒幕一家をまとめる長である。

 信頼できる者は誰かと考えて奴隷にたどり着くであろうことを予想して最初から罠を張っていたのだろう。


 今回はたまたま俺だったが、他の貴族にも同様に契約済みの奴隷を送り込んでいると考えるのが妥当だろう。

 いつでも暗殺できるように……。



「しかし、こうなると黒幕の息がかかっていない相手なんて見つからないかも……」



 正確には数人心当たりがある。

 主人公達は間違いなく黒幕とは関わり合いがない。

 しかし、彼らと関わり合うと言うことは物語を進めるということである。


 そうなると結局連坐で俺も破滅してしまう。


 物語に一切関わらない。その上で確実に黒幕の息がかかっていない人間は……。



「そういえばあいつがいたな」



 俺はふとある人物のことを思い出す。


 原作序盤に死んでしまうモブの少女。

 彼女が確か今俺のいる王都出身だった。


 死んでしまうと言うことは原作に関わらず、当然ながら死んでしまうと言うことは黒幕との関わり合いもないということに。


 そして、彼女はとある問題を抱えている。

 平民である彼女はインラーク王国では迫害の対象である獣人と人のハーフであった。 


 それが理由でまともに職に就くこともできず、なんとか残飯を漁って生活をしていた。

 しかし、五年後の物語が始まったときに、それが警備兵に見つかりまともに食べることができなくなった。

 そこでまともに戦えないにも関わらず無謀にも王都外へ魔物を狩りに出た結果、本来ならそこにいるはずのない高ランクの魔物に襲われて命を落とす、という誰も救われない強制イベントだった。


 しかもそれは一切物語に関わらず、聞き流されるような一文で知らされるのだ。


 彼女ならまず安心できるし、原作とも関わらない今の俺が欲している人物だ。



「よし、彼女を。フィーを探そう!」

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