03 ヤバすぎる物件
その後、スマホも財布も持っていないので徒歩で長時間かけて会社へと向かい、下手な言い訳にしか聞こえない遅刻の原因を上司に説明してから、俺はマンションの管理会社へ抗議の電話をかけた。
いくらサポートAIだからって、主人の意に反してまで自分の提案を強要するのは、いくらなんでもでしゃばりすぎだ。その上、監禁まがいのことまでしはじめるとは……あれでは便利を通り越して欠陥品と言わざるを得ない。
その旨を、俺は実例も提示して管理会社に伝えたのであるが……。
「──え? ユーザーの命令に反して勝手に動いた? いや、そんな機能、カエサルにはありませんよ」
と、怪訝な声色で電話越しに言われてしまった。
「いくらAIといっても自我を持っているわけではありませんからね。まあ、ネットの広告掲示のようにユーザーの好みに添った提案をすることは学習機能により起りますが、それでもあくまで受動的なものです。それがユーザーの言うことを聞かず、自分の主張を通そうとするなんてことは……」
思わず驚きと怒りに任せてクレームを入れてしまったが、冷静になって考えてみれば、確かにごもっともなご意見だ。
「それにその、冷蔵庫から缶ビールが飛び出したというのですか? 扉の自動開閉機能もないですし、それこそありえませんよ。単に転がり落ちただけじゃないんですか?」
最後には半ば呆れたようにそう言われてしまったが、至極ごもっともなご意見とはいえ、俺が見たものもすべて現実に起こった出来事だ。そんな見間違いや幻覚などではけしてない。
「はぁ……そうですか……」
納得がいかないまでも反論する論拠もないため、俺は曖昧な返事をしてモヤモヤしたまま電話を切った。
管理会社の者を伴ってあの部屋へ行き、実際に見てもらうという手もあるにはあるが、怖くて戻るのすら嫌だし、再び電源を入れてカエサルを起動するなんてそれこそごめんだ。
そこで自分でもカエサルを開発した企業のwebページや、ユーザーによる口コミなどを検索して調べてみたが、やはりカエサルにそんな自我を持つような高性能はないらしい……。
となると、俺の見たものはいったいなんだったんだ?
もしかして、AIだけにシンギュラリティ──即ち技術的特異点。限界を超えて予想外の急激な進化が起こったとか?
いずれにしろもう一人で帰るような勇気もないので、その日は無理を言って友人の家に泊めてもらうと、翌日、その友人とともに朝一で恐る恐る部屋へ戻ってみた。
「なんだ。ちゃんと止まってるじゃん。ほんとに電源なしで喋ったのかよ?」
「あ、ああ……昨日は確かに……その上、閉じ込められたし……」
すると、少々がっかり気味な友人が言うように、カエサルも他の電化製品達も完全に沈黙している。
しかし、いつまた喋りだすのかと俺は気が気ではない……「ちょっと電源入れてみようぜ?」などととんでもないことを言う友人をマジギレして制すると、俺はスマホと財布だけを取って再びマンションを後にした。
それから三日ほど、俺はホテル暮らしをしながら不動産屋と交渉し、あのスマートマンションから引っ越すことにした。
熟考もせずに適当に選んだ、これまでとは比較にならないほどのアナログなボロアパートだが、あのAIの支配から逃れられるのならば、俺にとってはボロ屋も天国である。
それに家電製品はすべて据え付けだったので、引っ越しもずいぶんと楽なものだ。そもそも残業で夜は遅いし、食事も外食かコンビニで済ませれば、冷蔵庫やレンジなしでもなんとかやっていける……。
そうして、またもとのアナログな暮らしに戻り、しばらく経ったある日のこと。
「──いやさ、某Tubeで怪談聞いてたら、なんか似たようなシチュエーションのマンション出てきたんで事故物件サイト見てみたんだわ。そしたら、おまえが前に住んでたあのマンション、ほんとにビンゴだった。もちろん
例の友人に飲みに誘われ、行ってみるとそんな話を唐突に切り出された。
「ええ? 事故物件? だってまだ建って一年だぜ? それに借りる時、そんな告知されなかったし」
そう言われても、築一年で事故物件とはとても信じられない。まあ、確率的になくはないのかもしれないが、なにせ近未来をゆくAI管理のスマートマンションだ。百歩譲って人死が出たりはしてたとしても、怪談なんていうオカルトとは似ても似つかないだろう?
「そうじゃないんだよ。事故物件なのは、あのマンションの
あまりにもピンとこず、そう反論をする俺だったがさらに奇妙なことを友人は言い出す。
「建つ前?」
「ああ。あの新築に建て替えられる前のマンションでな、一人暮らしの女性が首吊って死んだみたいだ。その聞いた怪談によるとだな、どうやら拘束が酷いっていうか、いわゆる
501号……俺の住んでた部屋と同じ部屋番号だ。
つまり、建物は違うがあの部屋のある空間で、かつて首吊りがあったということか……確かに告知義務はないだろうが、なんていうか、中途半端な事故物件ダッシュである。
「んでもって、それから前のマンションの501号ではその女の幽霊が出るようになって、入居者は三日と持たずに毎回逃げ出す始末さ。さらにそのウワサはすぐに広まり、他の部屋も入居者は激減。そこで前の持ち主が大手企業に土地ごと売って、今のハイテクマンションに建て替えられたっていう、まあ、それが今に至る
事故物件ダッシュだったことだけでも衝撃的だが、友人は追い討ちをかけるようにして心霊現象エピソードまで付け足してくれる。
「生きてる時からストーカーだったんだから、そりゃあ、幽霊になっても激ヤバそうだよな。もしかしてさ、あの電源切ってもAIが喋って、おまえを部屋に閉じ込めたっての、あれ、AIじゃなくてその女の怨霊だったんじゃないの?」
その上、なんとも嫌な推理まで口にしやがる。
「いや、さすがにそれはないだろ。だってサポートAIだぜ? そんな幽霊なんかとは……」
そう言いかけて、俺は思わず言葉を途切らせてしまう。
……いや。マイクだとかカメラだとか懐中電灯だとか…昔から霊が機械モノに影響を与えるという話はよく聞いている。
それに最近ではs◯riに代表されるようなスマホのバーチャルアシストなんかにまつわる、デジタルな怪談というのも囁かれていたりする……。
確かにあの部屋のカエサルは、そんな機能ないはずなのに人間の如く我を通し、俺の反対おかまいなしに自分の提案を強要しようとしていた……あの主人を拘束したがる態度は、その死後に化けて出たという女性の性格にどこか似てないだろうか?
他方、人間に姿形の似た人形に霊が取り憑くという話はポピュラーだが、それが人形ではなく、外見は大違いながらも人の脳を模したAIに入り込んだのだとしたら……。
〝アナタハワタシト、イツマデモココデ一緒ニ暮ラスンデス〟
あの時、カエサルのスピーカーから発せられた声が、俺の脳裏に再生される。
もしも、あのままあの部屋から出られなかったとしたら、俺はいったいどうなっていたのだろうか?
それを考えると、またも俺の背中には、冷たいものがつー…っと流れた。
(優秀すぎるサポートAI)
優秀すぎるサポートAI 平中なごん @HiranakaNagon
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