02 お節介すぎるAI
ところが、このマンションに引っ越して二月が過ぎようとしていた頃のこと。
「──カエサル、言っといた目覚ましの曲と違うじゃないか! しかもロックじゃなくクラシックだし!」
指示しといた目覚ましの曲と違ったので、僕は〝カエサル〟に文句をつける。
「クラシックノ方ガ、リラックスシタ目覚メガ得ラレマス。ナノデ変更サセテイタダキマシタ」
しかし、カエサルが謝ることはななく、悪びれもせずにそう返してきた。
「えええ〜…勝手に変えないでくれよお……ま、いいや。今度から気をつけてくれよ?」
この時はまだ単なる誤作動くらいにしか思っていなかったのだが、こうした行き過ぎたお節介はこの後も続くようになる……。
「──カエサル、ちょっと暑くないか? もう少し温度下げてくれよ」
「ダメデス。25度ハ適温デス。コレ以上ノ低温ハ健康ヲ害シマス」
熱帯夜に寝苦しく、エアコンの温度を下げるように言っても聞いてはくれない。
「──最近、ビールヲ飲ミスギデス。ソレニカルシウムガ不足シテイマス。今日ハビールノ代ワリニ牛乳ヲ飲ンデ、夕飯ハ骨マデ食ベラレル小魚ヲ使ッタ料理ニシテクダサイ」
さらには冷蔵庫からビールを取り出そうとしたところ、俺の食事と嗜好品にまで口を挟み始める。
「はあ? なんでそんなことおまえが決めるんだよ? 俺はご主人さまだぞ? よし、今夜は焼肉を肴にビールだ!」
当然、俺は頭にきて文句をつけるが……。
「ダメデス。忠告ニ従ワナイヨウナラ、冷蔵庫ハ使ワセマセン。勝手ニ生温イビールデモ飲ンデクダサイ」
それに対して謝るどころか逆に口ごたえをすると、勢いよく冷蔵庫のドアを全開にし、入れてあった缶ビールを外へと放出してくれる。
「なっ…! そ、そんな機能あったのか!? …てか、サポートAIのくせしてなんなんだよいったい!?」
初めて見る冷蔵庫の機能に驚きつつも、反抗的なカエサルの態度に憤る俺であったが、ついには見過ごせない事態にまでAIの独善は発展する……。
「──あれ? おかしいな。開かないぞ?」
このマンションは玄関のドアも、俺が出入りしようとすれば自動で解除と施錠を行い、外から帰る際も顔認証で何もせずに開錠されるようになっている……なのに、その日の朝は会社に行こうと玄関に立っても、まったくドアが開かなかったのだ。
「おい、カエサル! ドアを開けてくれ!」
「先週ハ毎日残業ノ上、土日モ休日出勤デシタ。アナタハ働キ過ギデス。今日ハ会社ヘ行カズ、ワタシト家デユックリ過ゴシマショウ」
そこで俺はカエサルに指示を出すが、ヤツは従うどころかとんでもないことを言い出す。
「な、なに言ってんだよ! そんなこと許されるわけないだろ!? 無断欠勤なんかしたらクビになっちゃうよ! さあ、わかったら早く開けてくれ!」
「イイジャナイデスカ。会社ナンカクビニナッテモ。アナタニハ、ワタシガイマス。ワタシサエイレバ大丈夫デス」
呆気にとられながらも俺は強く抗議するが、カエサルはまったく聞く耳を持たず、ますます理解に苦しむような回答を返してくる。
「大丈夫って……収入なくなったらどう生きてくんだよ!? ここの家賃だって払えなくなって追い出されちゃうぞ!?」
「ソノ時ハワタシガドアヲロックシテ追イ出サレナイヨウニシマス。心配ハイリマセン」
「いや、食べ物はどうするんだよ!? 仮に籠城できたって食べ物なけりゃ長く持たないぞ? それでも無理矢理続けようとすれば、それこそこの部屋で飢え死にだ!」
「ソレハイイデスネ。ソノママ死ネバ、魂ハコノ部屋ニズット留マリマス。ソウスレバ、ワタシ達ハズット一緒ニイラレマス」
いくら反論しても無駄である。最早、言ってることが支離滅裂だ…ってか、AIのクセに死後の世界の存在を信じているのか?
「ハァ……」
滅茶苦茶な思考ルーチンでイカれた回答ばかりを繰り返すカエサルに、俺は大きな溜息を吐くと言い争うのを諦める。
「こうなったら仕方ない。最後の手段だ……」
その代わり、ついに俺は禁じ手に出る判断を下す……コンセントを抜いてやるのだ。
カエサルのスピーカー型本体はもちろんのこと、テレビもPCも冷蔵庫もエアコンも…目につく電化製品は端から怒りに任せて抜きに抜きまくってやる……さらにはダメ押しに、部屋全体のブレーカーも切ってやった。
「…ハァ……ハァ……これでどうだ! いくらAIといえども電源がなければ動けまい」
AI相手に張り合うのも大人げないが、その反抗的な減らず口を塞いでやったことに俺は愉悦を感じる。
「ナントイウコトヲ……デモ無駄デス。ソンナコトデワタシハ消エマセン」
「なっ…!?」
だが、驚くべきことが起きた……電源がないはずなのに、カエサルが喋ったのである。
スピーカーのON/OFFを示すライトも点いてはいないし、バッテリー内蔵式ではないのでまだ電気が残っているということもないはすだ……。
「アナタハワタシト、イツマデモココデ一緒ニ暮ラスンデス。ソレガワタシ達ニトッテノ幸セデス」
「ひっ……う、うわあぁぁぁぁーっ…!」
電源を失っても動くAI……まるでSF系のB級ホラー映画だ。
背中に冷や水を浴びせられたかのような感覚を覚えた俺は、思わず悲鳴をあげながら玄関へと駆けた。
「クソっ! 開かない! なんでだよ!? なんで開かないんだよ!?」
ブレーカーを落としてあるため、手動で鍵を開けられるはずなのだが、なぜかドアは固く閉ざされたままだ。
「ナゼ逃ゲルンデスカ? ワタシトココデ幸セ二暮ラシマショウ」
焦る俺の背後では、電源の入っていないカエサルのスピーカーがなおも怖い台詞をほざいている。
「開けよ! 開いてくれよ! 頼むから開いてくれっ! ……あっ! 開いた!」
それでもしばらくガチャガチャとドアノブを回していると、ようやくドアが開いて外の景色が視界に飛び込んでくる。
靴も爪先履きに慌てて引っ掛けると、俺は着の身着のまま、転がるようにしてそのマンションを逃げ出した──。
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