⒉まだまだこれから

「……隼君、お待たせしました」

 またもや聞き覚えのある声がしたかと思うと、今度は水浦さんがレジにやって来る。

 なんだなんだ、なんで都合良く水浦さんまでいるんだよ。

「……あ、ちょっと待って下さい」

 水浦さんと目が合うと、急に踵を返して店奥に引っ込んでしまう。

 そしてすぐに戻ってくると、カウンターにカゴをすっと置いた。

「これ、お願いします」

 カゴの中に入っていた同じソフトドリンク四本を見て、俺は一瞬固まってしまった。

 またレモネード缶か……。どんだけ人気なんだ、これ。

「732円頂戴します。画面から支払い方法を選択してください」

 章野さんは手早く商品をスキャンし、定型文を発する。

 当然のように行われるやり取りだが、俺はあることが気になっていた。

 水浦さんに彼氏がいるという事実と、隼が親しそうに接していることだ。

「あのさ……二人って付き合ってるの?」

「え? そうだけど?」

「ちょっと、隼君」

「え?」

 四者四葉の反応が飛び交う。

 俺を含め三人は戸惑っていたのだが、隼だけはケロリとしていた。

 ああ……やっぱりそうなんだ。思えばヒントは散らばっていたような気がする。

「別に隠す必要もないだろ」

「……そうですけど……」

 水浦さんは頬を赤らめてもじもじとしている。

 章野さんと俺――知り合いが居る手前、気恥ずかしい部分があるのだろうか。

 隼は内ポケットから財布を取り出すと、千円札をセルフレジに投入した。

「ったくよぉ。そんなんだから悪い虫が寄って来るんだ。薫はもっと堂々とすれば良いんだよ」

「……こういうのは公表するようなものじゃないですよ。……それに、今日も告白されましたが、一人できっぱり断ったので……!」

「ははは、そうかよ。それなら安心だな」

 水浦さんの頭をポンポンと叩く隼。

 ……急に何を見せられてるんだろうか。

 隼は会計を済ませると、レモネード缶を一つ取った。

 もう片方の手でもう一つ取り、それを水浦さんの頬に当てる。

「……冷たいです」

「そろそろ行こう。用は済んだろ?」

「……はい、そうですね」

「というわけで章野、絢佑。長々と失礼した。ありがとな」

 水浦さんは隼からレモネード缶を受け取るが、カウンターにはまだ二つが残っている。

「これはどうするんだ?」

「差し入れ。それと仕事の邪魔をしたお詫び。――じゃ、頑張れよ!」

「……お二人とも、お疲れ様です」

「えぇ、ありがとうございました」

 二人は決まり事のように横に並ぶと、それぞれ右手と左手にレモネード缶を持って、店を出て行った。

 そして自動ドアを出た直後、お互いに小さく笑い合った。


「楽しそうだったわね、二人とも」

 店内に静けさが戻ってくると、章野さんはポツリと呟いた。

 さっきまでの和気あいあいとした時間が嘘のように、表情に影を落としている。

 それはいつかの、『らしくない』章野さんと同じだった。

 悲しみと寂しさ――到底見過ごせない負の感情が、こちらまで溢れて来ている。

「あのさ、この前言いそびれたことがあったんだ」

「……いつのこと?」

「ほら、章野さんのご両親のこと」

「……ああ……」

「俺さ、思うんだけど、両親に〝一緒に居て欲しい〟って言っても良いんじゃないかな」

「一緒に居て欲しい、ね……」

 ようやく言うべき言葉を言うことに成功する。

 しかしながら、章野さんの表情は変わらなかった。

「なんで今になってその話を?」

「それはその……なんか、章野さんが暗く見えたから」

 バツが悪くなり、曖昧な言い方になってしまう。

 章野さんは俺の言葉を飲み込むと、じっと何かを考えるように黙り込み、そしてようやく顔を上げた。

「わかったわ。今度帰って来たら言ってみる」

「ホント?」

「なんで九条君が嬉しそうなの? それに、その手の言葉なら、今までも何回か言ってるわよ」

「ああ、そうなんだ……」

 まあ、そうだよな……。あれだけ辛そうにしていて、我慢しているだけっていうのもおかしいか。

「ただ、あくまで連絡の合間だったから、今度は面と向かって言ってみるわ。それまでの間に、ここでの仕事を完璧にこなせるようになっておかないと!」

 元気が戻ってきた章野さんを見て安心する。

 うん、いつもの章野さんだ。

 両親に胸を張れるように……か。

「ちなみに、今さらなんだけど、どうしてコンビニバイトを選んだの? 章野さんなら、家庭教師とか似合うけどな」

「知り合いにそういう家庭もいないし、高校生なら、まあコンビニだろうっていう安直な考えね」

「はは、わかるよ、その気持ち」

 どこかテンプレートのような理由に、俺たちは思わず笑い合った。


「マユが裏で作業している合間に、何をイチャイチャしているんですか」

 事務所で返本作業をやっていた橘が戻って来る。

「おっと! ちょっと喋り過ぎたかも! 米飯の品出しやって来るわ!」

「私も行ってきます!」

 呆れたように見つめてくる状況に居たたまれなくなり、俺たちは堪らずレジ外に逃げた。

 二人で手分けして、俺はご飯類を、章野さんはパン類を棚に並べていく。

 しばらくしてから章野さんから話しかけてきた。

「別に暗くなんてないわよ」

「……え?」

「遊びに付き合ってくれるんでしょう?」

「うん、もちろんだよ!」


 今の笑顔は当たりだった。

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