エピローグ 生きがい

⒈客来店?

「ありがとうございました! またお越し下さいませ!」

 章野さんと声を山彦させながら、レジ内でお辞儀をする。

 まだ数日しか経っていないのに、章野さんは教わったことをスポンジのように吸収していった。

 今は客入りの少ない時間帯。

 店内BGMが仄かに流れる中、レモネード缶を購入した客が店を出て行く。

「あいつ、どうしてるかな……」

「遠山君のこと? 今考えるようなことじゃないと思うけど」

 章野さんは割り箸やスプーンをカウンターに補充しながら、遠山のことを邪険にするように言った。

 遠山がレモネード缶を好んで買っていたせいだ。

 そのせいで、無意識のうちに遠山のことを思い出してしまったのだ。

 遠山が学校に来なくなってから、一週間が経っていた。

「いや、ちょっと気になってさ……」

「大丈夫よ。施設に居るんじゃ、悪さをしようにもできないでしょ」

「そういうことじゃなくてさ……」

 遠山の犯行を裏付ける徹底的な証拠――それを手に入れた翌日、俺たちは遠山の家を訪ねてみた。

 対応してくれた遠山の母親に対し、水浦さんのストーカーの件も含めて、すべてを洗いざらい話したのだ。

 もちろん母親は警察に相談しに行くと嘆いていたが、幸い俺たちの方まで、警察から連絡が来ることはなかった。

 後に聞いたところによると、遠山は保護観察が下されたそうで、今は児童自立支援施設に居るらしい。

 母親は、「学校に復帰したら仲良くしてあげてね」とそれらしいことを発していたが、厄介払いができたと言わんばかりに、終始どこか嬉しそうにしていたのが気になった。

「戻って来たときに、嫌味なく抱き合えたらいいな、とか、そんな話?」

「俺は遠山のことが、そこまで否定的に見れなくて……」

 章野さんは沈黙し、何か思い当たることがあったのか、態度を一変した。

 俺が公園に着くまでに、遠山と何か話したのだろうか。

「……えぇ、そうかもね」

「まあ、ようは章野さんの言った通りってことになるのかな」

 俺はこれ以上暗い話をしたくなくて、ふざけた感じで話を終わらせた。

 というのも、今は仕事中なのだ。

 過ぎたことを深く考えても仕方がないだろう。


「よ、来ちゃった」

 聞き覚えのある声に振り向くと、隼がレジの前で右手を掲げていた。

「あら、左右田君じゃない。どうしたのよ」

 章野さんは驚きと同時に嬉しそうな顔をして、作業を中断した。

「近くに用があったから様子を見に来た。まさか章野もここで働いているなんてな」

「九条君からは何も聞いてなかったのね」

「絢佑ェ、こんな面白い話、俺に黙っているなんてずるいぞ。独占欲が強いんだな~」

 ……うるせ、わざわざ話す理由もないだろうが。

「冷やかしに来たのかよ……買うものがないなら帰れよ」

「九条君、お客様は神様なのよ? その言い方はどうかと思うわ」

「つまり、こっちが客だと思わなければそうはならないってことだね」

「ははは、そう固いこと言うな。ちょっと一緒に来てる奴が居てさ、そいつが出てくるのを待ってるんだ」

 隼は場を和ませるように笑いながら、トイレの方を軽く指さす。

 なるほど、冷やかしと同時にトイレを借りに来たと。

 隼は客が並んでいないことをちらりと確認して続けた。

「それより、ゲームの話なんだけどさ。ついにマスター版が完成したんだ。明日の放課後、また部室に来てくれよ。二宮もなんか、直々にお礼が言いたいみたいだし」

「わかったよ」

「前から気になっていたのだけど、左右田君はどんなゲームを作っているのかしら?」

「とりあえず今回はノベルゲーム。先輩たちは3Dマップを平気で作っていたんだけど、テキストとCGがメインなら作りやすいしな。プログラミングの勉強が進んだら、凝った奴に挑戦するつもり。章野もプレイしてみる?」

「……そうね。気にはなるわね」

「いや待て。アレを章野さんにやらせる気か?」

 話が思わぬ方向に舵を切るので、そうはさせまいと止めに入る。

 どうせ、前みたいに身内の名前でやらせる気だな……。

「大丈夫だよ。この前恋愛映画を観に行ってさ、完璧な展開を思い付いたんだ。ちゃんと感動できるって保障するぜ。……まあ、ちょっとセンシティブな表現はあるけどな」

「いいじゃない。明日、私も同伴していいかしら?」

「歓迎するよ! 章野の方にも恩はあるしな」

 和気あいあいとする二人。

 たしかに盗難事件の解決は章野さんの手助けがあってのものだ。

 これに口を出すのは野暮というものだろう。

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