⒍揺るがぬ信念
「立てる?」
「……ん、なんとか……!」
章野さんの手を借りてなんとか立ち上がる。
「あんなへなちょこパンチ、どうってことないね」
夜の闇で視認できるわけではないが、血が流れているような感覚はない。
目立つような外傷がないのであれば御の字だろう。
早くバイトに戻らないとな……。先輩と橘に迷惑を掛けることになる。
「良かった、無事で……」
「助けに来たの、俺の方なんだけど……」
安心したように微笑む章野さんを見ていると、なんだか照れくさくなる。
その様子が気に食わなかったのか、遠山は吐き捨てるように言った。
「ははっ、馬鹿馬鹿しい……。僕の方が悪者ってか……」
相変わらず立ち上がる体力のない遠山は、喋るのもやっとのようだ。
「お前、これからどうするんだ? 誘拐はれっきとした犯罪だ。凶器を使ったとなれば、未成年でも、それ相応の処遇になるぞ」
「…………」
現実を突き付けられ押し黙る遠山。
章野さんはそれを見下ろすように続けた。
「あなたに最後のチャンスをあげる。私は今回のことを不問にするし、今までの行いを見逃してあげましょう」
「章野さん、そんなんでいいのかよ?」
「その代わり! 以降、薫には近づかないで。……もう二度と、間違ったことはしないと約束して」
遠山は、見上げるように首を少しだけ動かして、
「更生の機会を与える……。会長はそう言いたいのか?」
「そうよ」
「嫌だって言ったら……?」
ニタニタ笑いながら、呟くように応答する。
「今のあなたに選択権はないはずよ」
「会長は「九条と二度と一緒に居ちゃいけない」って言われて、それを飲み込むのか?」
「茶化さないで」
章野さんが毅然とした態度で、きっぱりと言い切ると、
「僕の気持ちは変わらない。後のことは好きにしろよ」
遠山は項垂れて、以降、何も口にはしなかった。
考え方を改めたか、単に諦めただけなのか、口を閉ざした遠山からは、もう何も得られなかった。
「どうするの?」
「仕方ないわね。これ以上何をするかわからないし、これを使いましょう」
平行線を辿る話し合いを打開しようというのか、章野さんはポケットからスマホを取り出した。
画面にはマイクのマーク。ボイスレコーダーのアプリを起動させていたらしい。
「録音したの?」
「コンビニの前からここまでをずっとね。証拠がないと警察は動いてくれないでしょう?」
「そうかもしれないけど……てかバイト中、ずっとスマホを持ってたんだね。探す前に電話を掛けてみれば良かったよ」
「フフッ、よっぽど焦ってたのね。そんなに私が心配だった?」
「そりゃ……仕事中に居なくなったら何事かと思うでしょ」
「どれくらい焦ったの? 主人公が化け物に食べられたときより焦った?」
「……うん。……自分が死ぬかと思うくらいにはね」
急にしたり顔になる章野さん。
昨日の映画を引き合いに出したりして……この状況がわかっていないのだろうか。
窮地を脱してハイになっているのかもしれない。
「証拠を手に入れるために、わざと連れて行かれたのかもね」
「だとしたら、抜かりないね……」
失笑するように、一陣の風が吹き抜けた。
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