⒋愛のために
セントイレブンから程なく離れた公園。
多目的トイレに放り込まれた章野は、自分を攫った犯人との交渉を試みた。
「遠山君、これはどういうつもり?」
章野がセントイレブンのゴミ出しをしている最中のことだ。
後ろから聞き覚えのある声がしたかと思うと、冷たいものが首に押し当てられた。
黙って付いて来てよ。
章野は抵抗せずに、大人しくその言葉に従うことにしたのだった。
「……僕は、気付いたんだよ」
遠山は、薄ら笑いを浮かべていた。
右手に握り締めた果物ナイフの刃先は、今は床の方を向いている。
「邪魔者は排除する。会長が居なくなれば、薫も僕の愛情に気付くはずだ」
「あなたは何を言っているの……?」
「あのな、会長。薫は僕に温かいものをくれた恩人なんだ。家でも、学校でも、僕の居場所は何処にもなかった。けど薫だけは、そんな僕を認めてくれたんだ」
――あの……これ、落としたよ。
――……ありがとうございます。
「『ありがとう』……。感謝の言葉を面と向かって言ってもらえるなんて久しぶりだった。死んだ日々を過ごしている僕にとって、その言葉は生きる糧になったんだよ。そうして僕は決めたんだ。今度は僕が、薫の生きる糧になろうって」
「けれど薫は丁重に断ったのでしょう? あの子にはすでに大切な人が居るの。前にも言ったはずよ。あなたが薫を大切に思っているのなら、大人しく身を引くべきだって」
「違うな、会長。本当に愛しているのなら、諦めずに愛情を注ぐべきなんだ。振り向かせるんだよ。自分の思うように相手を変えてしまえば、そこに付け入る隙はない。愛ってそういうものだろ? 今ならクソ親父の言ってたことも理解できる気がするよ」
「遠山君……」
「そして、邪魔者は消してしまえばいい。これは母さんの言っていた言葉だ。僕もそれを真似ることにするよ」
「やめて、遠山君……」
遠山は、ナイフの刃先を章野に向ける。
一歩ずつ、一歩ずつ、章野は壁に追いやられていく。
遠山の瞳に翳りはなかった。
むしろ純然たる光に満ち溢れているくらいだ。
章野は、遠山のことをとても悲しく思っていた。
「あなたは、それで薫が愛してくれると思っているの?」
「うん。……なぁんだ。会長のくせに、愛ってものを知らないんだね」
「…………」
言い返すことができなかった。
遠山が何気なく発したその言葉に、章野はただただ、打ちのめされるだけだった。
「やめろぉおおおお!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます