⒉二人のコンビニバイト
今日の夕勤のメンバーは四人になった。
先輩と橘がレジ外を、俺は章野さんに付きっ切りでレジ内の作業をこなすことになった。
無論、俺たちが同じ高校だという理由から、教育係に任命されたのだ。
レジに客が並んだ際には、橘がヘルプに来てくれる体勢になっている。
「とりあえず、まずは俺が接客するところを見てもらえるかな」
「わかったわ」
章野さんはユニフォームの腰ポケットからメモ帳を、胸ポケットからボールペンを取り出して構えた。
自分が新人だった頃を思い出すな。
しばらくして一人のお客さんがレジカウンターに立ったので、『いらっしゃいませ』の挨拶から『またお越し下さいませ』を通しで実演する。
章野さんはその一部始終を観察しながら、熱心にペンを走らせていた。
「支払いはお客様本人がやるのね」
「そうだね、最近になってセルフレジになったからね。その分店員がやる仕事は減ってるよ。「店員が居る必要ないだろ」って言ってくる客もいるくらいだよ」
場を和ませようと思っての冗談だったが、章野さんは至って真剣だった。
……真面目だな。
何回か接客を実演したところで、次のステップに進めることにした。
「――それじゃ、一回実際にやってみようか。そうしないと、中々身に着かないしね」
「生徒会長を立候補したときより緊張するわね……わかりました」
硬い表情の章野さんがレジカウンターに立つ。
いつの間にか、また敬語になってるし……大丈夫か。
初めてならミスをして当然だし、そのときはフォローを入れてやろうと、勝手に思っていたのだが――、
「お願いします」
OLっぽい若い女性が、カウンターにチキンサラダと天然水のペットボトルを置く。
「いらっしゃいませ」
章野さんは爽やかな笑顔と共に挨拶をすると、手早く二つの商品をスキャンしていく。
「袋はご利用ですか?」
「お願いします」
「お箸はお付けしますか?」
「一膳下さい」
「かしこまりました。537円頂戴します」
言いながら、カウンター下に保管されたレジ袋の中から、茶色の袋を取り、両手で広げて、商品を詰めていく。
四角い容器に入ったサラダは安定するので下に置き、それを抑え込むように、ペットボトルを寝かせて上に置いた。
その様子を見て、俺は感心した、
ペットボトルを寝かせて袋に入れるという選択肢は、初めてのバイトじゃ中々選ぶことができない。
この一年間、何人かの新人の接客を見たことがあったが、大抵の場合はすべての商品を立たせたままで詰めようとするのだ。
するとどうなるか。客が袋を手に提げたタイミングで、背表紙のない本を閉じるように中身が崩れてしまうのだ。
だが大人しくペットボトルを寝かせればそれは起こらないし、人によっては多少の不快感はあるかもしれないが、最悪の事態になることはないのだ。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
「ありがとうございます」
会計を済ませた女性が、袋を持って店を出て行く。
一息ついたところで、俺は素直な感想を呟いた。
「やるじゃん」
「え、あれで良かったのかしら?」
「文句なしだね。揚げ物とか公共料金とか、まだ覚えることはあるけど、基本はとりあえず大丈夫そうかな」
「良かった。先輩の九条君に褒められるなんて嬉しいわ」
章野さんの無垢な笑顔に、胸がドキリとする。
俺は平静を装って次の作業を教えようと思ったのだが、
「九条さん。早いとこ揚げ物を揚げた方が良いんじゃないですか~?」
「ああ、そうだな」
橘に茶化すような催促をされて、自分のペースを取り戻すのに時間を食ってしまった。
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