六話 宵闇の後に②

⒈先輩後輩

 翌日の授業は滞りなくすべてを終えた。

 事件について調査することもなかったので、一度帰宅して時間を潰し、出勤時間に合うように家を出た。

 早めに来たつもりなのだが、セントイレブンの事務所には先客が居た。

「おはようございます、九条さん」

 セントのユニフォームを着た章野さんが、椅子から立ち上がって深々とお辞儀をする。

 黒のストレートヘアーは一つに束ねて、頭の後ろにクリップで留めていた。

 お仕事スタイルの章野さんを前にして、俺はちょっぴり見惚れていた。

 蛍雪の生徒会長の、こういう姿を見れるのって、結構凄いことなんじゃないか……?

「うん、おはよう。来るの、早いんだね」

「新人なので、早めに来た方が良いかと思いまして」

「……敬語、別に使わなくても良いのに」

 ブレザーを脱いで、ワイシャツを着たまま、ユニフォームの袖に手を通す。

「そうですか? 九条さんの方が先輩なので」

「顔見知りだし、同じ年だし、そういう場合はいいんじゃない?」

 着替えが終わって俺も椅子に着くと、章野さんはきょとんした顔で、

「……そうかしら? じゃ……九条君で」

「うん、それで良いよ」

 なんか、前に似たようなやり取りをやったな。あのときは逆だったっけ。

 どうやら三十分前に出勤していたらしい章野さんは、連絡ノートや本部から配信される動画には目を通していたようで、さすがに暇を持て余していたそうだ。

「ねぇ九条君。一つ気になることがあるのだけど、どうして出勤の挨拶が『おはようございます』なのかしら?」

「ああそれね。コンビニに限った話じゃないけど――先に来ていた人に対しては『お早くからお疲れ様です』、後に来た人に対しては『お早い出勤ですね』っていう労いの意味があるんだってさ。それで全時間帯共通で、『おはようございます』になったんだって」

「なるほど、合理的な理由があってのことなのね」

「まあ店長がそう言ってただけだから、もっとちゃんとした由来とかありそうだけどね」

 二人きりで団らんとした時間を過ごしていると、

「おはよーございまーす!」

 後輩の明るい挨拶が、それを割くように入り込んでくる。

 ……もっと他愛のない話をしていたかったな。

 今回に関して言えば、間違いなく『助からなかった』と言えるだろう。

 思わず睨んだ俺だったが、橘はユニフォーム姿の章野さんに夢中だった。

「おはようございます! 章野千愛と言います! 今日からよろしくお願いします!」

「は~い、よろしくお願いします。うんっ! ユニフォーム、似合ってますよ!」

 初っ端からハイテンションの橘だ。

 ユニフォームが似合ってるって誉め言葉なのかな。

 章野さんほどの容姿なら、どんな格好でも様になるんだろうけど。

 橘は持っていた学校の鞄を適当なところに置くと、仰々しく胸に手を当てながら、

「改めてになりますけど、橘まゆみって言います。気軽にマユと呼んで下さい!」

「は、はぁ……橘さん」

 呆気に取られる章野さんを尻目に、橘はカーテンを引いて着替え始める。

 橘は大抵の場合、男二人と一緒に働くことが多いため、珍しく女子が二人であることに機嫌を良くしているのだろう。

 章野さんは眉尻を下げているが、カーテン向こうの橘の勢いは止まらなかった。

「ノンノン! マユですよ! 遠慮しないで下さいよ」

 ……お前が遠慮しろよ。

 言葉に詰まった章野さんが、俺の方にちらりと目線を送ってくる。

 ……ほら、困ってるぞ。

「えっと……では、まゆみさんで……」

「むぅ、千愛さんの方が年上なんですから、別に良いのに~」

 ……千愛さんだと? 前回顔を合わせているとはいえ、距離感の詰め方バグってないか。

 カーテンがシャッと開かれると、俺たちと同じ格好をした橘が、机の前で勤怠を切る。

 連絡ノートにざっと目を通し、配信動画を倍速で視る。

「まあ……一応バイト歴で言うなら、橘が先輩なんだし、今はそれで良いんじゃないか」

 さすがに話が平行線な気がしたので、助け舟を出す。

「はい、それでお願いします……」

「九条さんがそう言うなら……。わかりました」

 しょぼんとした様子で振り返る橘。

 不思議な先輩後輩関係になった二人はそれで納得し、ようやく俺たちは売り場へと出た。

 その直前、時間ギリギリに出勤してきた先輩とすれ違った。

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