⒋温度差

 筋肉マッチョが化け物エビを退治し、最後にはヒロインと一緒に、エビフライで料理屋を始めるパニックもの映画をエンドロールまでしっかりと鑑賞。

 満足した気分で帰路に着いた頃には、八時を回ろうとしていた。

 夜の帳の下、街頭に照らされた俺たちの影が、ぼんやりと浮かんでいる。

 章野さんは涙が出るほどにからからと笑っていた。

「本当に良い映画。その一言に尽きるわね! 主人公のケイが化け物に食べられたときは、さすがに焦ったわよ!」

「体内にあるレーザー銃を使うためにわざと食べられたんだよね。咄嗟にあんなことできなんてさぁ!」

 映画の感想をそんな風に言い合っていると、体が空腹を主張していることに気付いた。

「遅くなったけど、どこかで夕食でも食べる? ポップコーンしか食べてなかったよね」

「ああ、そうだったわね。こんなに楽しかったのって久しぶりで、すっかり忘れていたわ。気にし始めたら、急にお腹が空いてきたわね」

 流れが夕食の話に及んでいくと、俺は食事のできる場所を探そうとスマホを取り出した。

 とりあえず、適当にファミレスでいいかな。

「章野さんは何が食べたいとかある?」

「あ、でも、さすがにお金を使い過ぎてしまったし、外食は止めておきましょうよ」

「じゃあどうするの?」

「良かったら私の家に来ない? ここまで付き合ってもらったお礼。私が何か作るわよ」

「……そう? でもこんな夜遅くにお邪魔にならないかな」

 不意打ちの提案をされ、一気に体温が上がっていく。

 章野さんの家でご飯を食べる……か。どういう意味のお誘いなんだろうか。

 冷静を装っていると、今度は夜風で寒く感じてきた。

「別に平気よ。家には誰もいないもの。遠慮する必要はないわ」

 章野さんは、それよりも冷たい瞳で返事をした。

 テンションが上がって、やけになっているわけではないようだ。

「いやいや……その発言も何かおかしいって。二人きりなのに、家に誘うってこと? どうしたんだよ、章野さん」

「私は九条君のこと、信頼しているわ。それで十分じゃない?」

「……学校で言ったことと違うんだけど……」

「あれは……まあ、心にもないことを言ってしまったわね……」

 生徒会室での発言を誤魔化すように、苦笑いを浮かべる章野さん。

 その奥にはまるで、悲しみと寂しさを隠しているようにも見えた。

 そうだよな……元々章野さんから話を聞こうとしていたんだし、せっかくの誘いを断ることもないよな……。


「きゃっ!」


 とそのとき、後方で女性の小さな悲鳴が聞こえる。

 振り返って見ると、夜の闇でパーカーを黒く染めた男が、その見た目には似つかわしくない煌びやかなバッグを持って駆けていた。

 女性は男に向かって悲しそうに手を伸ばしている。

 ひったくりか。ここ数日の事件のせいで判断力が上がっているのか、気持ち悪いくらいにすぐに理解する。

「おい! 止まれ!」

 俺は咄嗟に両手を広げて通せんぼをするが、

「クソォ! 邪魔だァ!」

 犯人は鬼ごっこのときようなステップを踏みながら、脇にあった裏路地へと逃げていく。

 あ、マズイ! それは考えてなかった!

「任せて!」

 呆然としている俺の眼前を、章野さんが通り過ぎていく。

 ……っていやいや、ぼけっとしている場合じゃないな!

 俺はワンテンポ遅れてから足を弾いていた。

「――待ちなさいっ!!」

 前方から鋭い声が聞こえて目を移す。

 住宅街から漏れ出る点々とした灯りのおかげで、二人の姿がなんとなく視認できた。

 章野さんが犯人の襟首を固く握り締め、勢いを殺すように手前に引っ張る。

「――うぐぁっ」

「ぜぇえええい!」

 そのまま一瞬にして体勢を変えると、背負い投げをして、犯人を地面に倒れ伏せた。

 犯人は朦朧とした意識のまま身じろぐが、章野さんは袈裟固めで抑え込む。

「くそ……放しやがれ……」

「九条君、通報を……!」

「あぁ……そうだよね! わかったよ!」

 同級生が成人男性をいとも簡単に抑え込むという異常な光景に呆然としていた。

 章野さんの言葉でようやくスイッチが切り替わると、俺は素早くスマホに指を滑らせた。

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