⒉何もない日常
翌日、朝のホームルームが終わると、隼がいつもの調子で俺の席までやって来た。
途中、クラスメイトと二三言葉を交わしながらここまで辿り着く。
「ほい、これ。読み終わったわ。結構面白かったよ。また感想文をNINEに送った方がいいか?」
隼は先日交わした約束を守り、ここまで二冊の本を読み終えていた。
となると残りは一冊――いや、パソコン部に置いてあるのを合わせると二冊になる。
俺は頭の中で勝手に話題を終わらせると、別の話題を提示した。
「なぁ隼。ちょっと例え話をしてもいいか?」
「なんだよ藪から棒に。別に構わないぜ」
唐突な切り口に隼はわざとらしく戸惑ってみせたが、いつものように両手を机の角に引っ掛け、その上に頭を乗せた。体勢はもちろん中腰。
「お前には仲良しとは言わないけど、よく顔を合わせる知り合いがいるんだ。友達って言うのともちょっと違うな。とにかく、何か問題が起こると、一緒に解決のために行動する人が居るんだ」
「ふーん。相棒的な?」
「『相棒』か……。まあ、そこまで行ってるとは言い切れないけど、近い表現にはなるかもしれない。その相棒が人間関係……家族のことで困っていると知ったら、お前ならどうする?」
「何かの心理テストかよ。で、ちなみにそいつの性別は?」
気軽に笑いながら問い返す隼。
この問答の意図に気付いていそうな余裕ぶりだった。
「限定するとするなら……女の子、かな」
「ふーん。俺なら……普通に助けるかな」
「それがお節介になったとしてもか?」
「程度によるよ。話を聞くくらいはしても良いんじゃないか。困ってるんだろ、その子」
やっぱり見透かしたような言い方をする。
隼はこういう性格が相まって、友達を作るのが上手いんだろうな。
「そう……だよな。ありがとう隼、参考にするよ」
「結局どういう質問なんだよ」
「まあ、それは色々とな」
意図を明かすことはしなかったが、隼は素直に話を飲み込んでくれる。
「そうだ。今の話で思い出したんだが、この前二宮に家庭の事情について訊いてみたんだ。あいつ、中学時代にカツアゲみたいなことをされていたらしいんだ」
「それで?」
「そのとき金を巻き上げていたのが、五組の『遠山』って奴なんだよ」
「遠山って……遠山ハルオミのことか?」
「そうだ。名前は知ってるんだな」
まさか、そんなところで繋がっていたとはな。
「まあ、それが理由で盗難に発展したとは言わないけど、一切関係ないってわけでもないだろ。だから一応教えておこうと思って。二宮以外にも、あいつの被害を受けている奴がいるらしいしな」
「わかった、気を付けるようにするよ。――とりあえずこれ」
話が一段落したところで、俺は鞄から三冊目の小説を手渡した。
「おう、サンキュー。小説も案外面白いもんだな。ゲーム制作も捗るってモンだぜ」
「だろ? キリの良いところまで行ったら、またテストプレイに呼んでくれ」
「ははは、ウィンウィンの関係だな」
隼は小説を受け取ると、自席に着いてそれを開いた。
周囲のクラスメイトは物珍しそうに話しかけるが、当人は片手であしらいながら小説に集中していた。
四時限目終了のチャイムが鳴ると同時に、俺はすぐさま生徒会室へ向かった。
昼休みに入って直後ということもあり、水浦さんの姿はなかったが、章野さんはパイプ椅子に腰かけて何かのファイルを眺めていた。
「あら、こんにちは、九条君。また何か事件でも起きたのかしら?」
……ああそうか。俺が生徒会室に来るときって、事件の調査をしているときだもんな。
「いや、そういうわけじゃないけど。……その様子だと、何事もなかったみたいだね」
「昨晩のこと? たしかに何事もなかったわね……」
章野さんがまた、昨日の電話のときのような、低いトーンで独り言ちる。
「…………」
まただ。また章野さんは『らしくない台詞』を零す。
彼女のこんな姿は見たくなかった。
「どうして急に電話して来たの? 何か思うことでもあったのかしら?」
「実は昨日、遠山がバイト先に来たんだ。そのときの様子がおかしかったから、何か良くないことをするんじゃないかと思って」
返事をしながら、会話の流れの違和感に気付く。
水浦さんの話を引き合いに出したのは、建前だと見抜かれていたらしい。
「……そう。私が心配で心配で、思わず電話をしたってことね」
「そうだね」
「……はっきり言うのね」
どうやら水浦さんのときのような、ボケとツッコミのやり取りを期待していたようだが、生憎今はそういう気分ではなかった。
俺は昨日から気になっていたことを問いかけた。
「ねぇ章野さん。差し支えなければ訊きたいんだけど、章野さんの両親って共働きなの?」
「差し支えありまくりね。私と九条君ってそこまでの仲だったかしら?」
章野さんは茶化すような言い方をしてはぐらかそうとする。
たしかにその思惑に乗ってみるのも悪くはない。
あはは、そうだったね。詮索し過ぎたよ――そう言って終わるのも一つの選択肢だ。
だが、ここまで一緒に事件を解決してきた彼女を放って置くことはできなかった。
「章野さんがそう思うなら」
俺は一歩引いた言葉を選択する。
章野さんがこれ以上の干渉を拒むというのなら、無理を強いることはしたくない。
しばしの沈黙の後、章野さんが口を開いた。
「九条君って、今日の放課後は空いてるのかしら?」
「え? まあ、今日はバイトは休みだけど……」
「そうなのね……。あのね、九条君……」
章野さんはファイルを机に置くと、緊張した面持ちでこちらを振り向いた。
心なしか、頬が紅潮しているようにも見える。
一瞬だけ視線が下に向いた後、ピントを合わせるように俺の顔を見据える。
「一緒に『遊び』に行かない?」
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