⒎友達二号

 ひとまず生徒会室に戻ることになった。

 夕焼けに染まる渡り廊下は、俺たちだけのものだった。

「いいのかな、あれで。右代に取られた筆記用具もそのままだし、二人とも味を占めて、また何か盗むかもしれないよ」

「……九条君。わたし、決めました」

 道すがら、今後が気になっていた俺だったが、水浦さんには余計な心配だったようで、きりっとした瞳でこちらを一瞥する。

「これからは、きっぱりと関係を断つということを実践しようと思います。今までのわたしは、他者から関わってくれることに、少なからず喜びを感じていました。それによって自分が被る被害についても、考えてはいませんでした」

「人は見た目で判断するもんじゃないってことだね」

「私も、こうなるとは思わなかったわ」

 水浦さんは俺たちの言葉を吸収するように瞬きする。

「……ですが九条君に会って、思いました。今後はその考え方を改めます。嫌なものは嫌だと言うようにします。自分の身は自分で守ろうと思います。これ以上、お二人に迷惑を掛けるわけには行きません」

「そっか……。ま、それが普通だよ」

 水浦さんがあまりにも当たり前のことを言うので、俺は思わず鼻で笑っていた。

「フフッ。えぇ、そうですよね。今では心強い友人ができたことですし」

「あれ、今凄く嬉しいことを言われた気がする……」

「いえ、普通のことを言っただけですよ。信頼できる関係を築くこと。これからはそれを生きがいに頑張ってみようと思います」

 口元を手で隠して水浦さんも笑う。

 自然体の、一人の女の子としての笑い方だった。

「水浦さんのそうやって笑っているところ、俺は良いなって思ってるよ。普段からそういう風にしていればいいんじゃないかな」

「そうなんですかね。ただ、愛想笑いをするというのも相手に失礼ではないですか」

 腕を組みながら無表情で考え込む水浦さん。

 ああ、素敵な笑顔が勿体ない……。

「ねぇ九条君。昨日の生徒会室での話と言い、あなたは何かを勘違いしているようだけど、これでも薫は、生粋のお笑い好きよ」

「へっ? お笑い好きとは?」

 章野さんが予想だにしない事実を放り込んでくるので、思わず変な声が漏れてしまう。

 水浦さんは、そんなの当然だろと言わんばかりに、

「『なんでやねん』な、お笑いです。一日六時間はそういう動画を見ているくらいですよ。登録しているチャンネルは数え切れないくらいあります」

「ああ……そうなんだ。本当に、人は見た目で判断するもんじゃないね……」

 頭を掻いてそっぽを向く。

 友達が欲しいんじゃないのか発言を思い出して、なんだか恥ずかしくなってきた。

「九条君のおかげで、色々な煩わしさから解放されたことですし、今から動画鑑賞会でもしましょうか? 業務も急ぐほどじゃありませんし、わたしの選りすぐりの動画を見せてあげましょう」

 水浦さんが不敵な笑みを見せる。

 おおう、こういう表情もするんだな。

「マジで……? 俺に付き合えって言うの?」

「いいじゃないの。二人はこれから友達なんでしょう」

「まあ、時間に余裕はあるけどさ……」

「では、生徒会室まで競争です!」

 生徒会役員のくせに渡り廊下を駆けていく水浦さん。

 まだまだ問題は山積みのように感じるが、今は自分の殻を破った彼女に、全身全霊を委ねても悪くないと思った。


 ……今回のは『当たり』だ。

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