⒌真の愛情
「――いいか遠山。お前は、私服で水浦さんの家に出向き、勉強会をやることになったと言ったな。だが水浦さんの写真を見る限りでは、彼氏は制服のままで、水浦さんの方が彼氏の家に出向き、遅くまでゲームをやっていたようだ」
つまり――、
「二人の主張は矛盾しているんだよ。これに関して、お前はどう説明する?」
「だから言ったろ、薫は噓を吐いてるんだ……。きっとその写真も何か裏があって……」
遠山は力なく否定する。
悪あがきもいいところだ。もう逃げ場なんてないって言うのに。
……もっと強烈な一手が必要ってことか。
見かねた二人が、話に入ってくる。
「……ごめんなさい、遠山君。わたしが貴方の行動を放って置いたから……」
「薫が謝る必要はないわ。――はっきり言うわ。遠山君、あなたは最低で下劣なことをしました。彼氏なら、彼女を悲しませるようなことはしないはずよ」
「彼氏の僕が悲しませるわけないだろ………」
「だったら答えてくれ。お前が本当に彼氏だって言うんなら、水浦さんに青いリボンをプレゼントしたのもお前なんだよな?」
「青いリボン……?」
これはあくまで、咄嗟の思い付きのような問いだった。
だがこの問いをすることで、付け入る隙が生まれるような気がする……。
章野さんは俺に対して頷くと、思い出したふりをして、
「……ああ、そうだったわね。薫は入学した当初から、このリボンを付けていたわけじゃない。薫がこのリボンを付けるようになったのは、彼氏からプレゼントをされたからなの。遠山君、そうよね?」
「そう……そうだよ。僕がプレゼントしたんだよ!」
「違います……貴方なわけがない……」
「薫!」
「どうしてプレゼントしたんだ?」
「は?」
またもや遠山が力を失くす。
今度こそだ。ここで一気に事実を認めさせる。
「どうして青いリボンを水浦さんにプレゼントしたのか、彼氏なら答えられるよな?」
案の定言葉に詰まる遠山。
どう返答すれば良いのか、回答を用意していなかったのだろう。
……いや、『そういう設定はなかった』と表現するべきなのかもしれない。
「そ、それは……似合うと思ったからで……」
だから遠山は、そんな風な差し障りのない言い方しかできない。
「違う。本物の彼氏はそんな理由でプレゼントしたわけじゃない」
そして『プレゼントの事実を認めてしまった』からこそ、そこに大きな隙が生まれる。
「水浦さんがもっと表情を見せるようにすれば、きっとみんなと仲良くなれる――。本当の彼氏は、そういう思いを込めて、水浦さんにプレゼントを贈ったんだ」
水浦さんは恥ずかしそうに視線を逸らす。
うむ、少なくともこれに間違いはないようだ。
「お前に、そういう正しい愛情はあったって言うのかよ?」
「……違う。違う。そんなこと僕は言ってない。薫はどうかしているんだ。そうだ。体の中にも『悪い奴ら』が居るんだよ」
まだ言い返す力が残っているのか。
……こいつ、今度は何を言い出すつもりだ?
「なあそうだよな? 薫? 僕はそんなダサいことは言わないよな?」
「……いい加減にしてください」
手が尽きたかのように思われた局面だったが、それを打開したのは、他でもない当事者自身だった。
「わたしの彼氏だと勘違いするただの馬鹿なら、まだ見逃してやってもいいですが、あの人のことを侮辱するようなら、さすがに手が出ますよ……?」
「違う違う違う! 僕が薫を守るんだ。僕がヒーローになってやるんだ。そうすれば薫も目を覚まして……」
頭を抱えて喚きだす遠山。
それを見て章野さんは冷静に、
「そういうことね。あなたは薫にフラれたことがショックだった。だから筆記用具や体操着を盗み、悪人が居ることを認識させ、自分がその悪人から守ることで、薫の気を引こうとしたのね」
「そのためには俺たちが事件を解決するのは好ましくなかったわけだ。それを止めさせるために、ストーカーは存在しないとデタラメをでっち上げて」
すべては、真に幻想に取り憑かれていた人間――遠山の仕業だったということだ。
「――いや、待て! 待ってくれよ! 悪い奴は本当に居る! 僕がそいつを見つけるんだ! 虚偽を言ったことは謝る! だから薫のために九条たちも……」
……? 急に遠山が要領の得ないことを言い出す。
嘘と真実が入り混じった物言いだ。
章野さんはそれを聞き入れようとはしなかった。
「遠山君。あなたが本当に薫を愛しているということはわかったわ。けれど薫のことを思うなら、これ以上付き纏うのは止めてちょうだい」
「僕が信じられないって言うのか……?」
「困っている生徒を見過ごすことはできない。あなたが手を引かないなら、それ相応の対処をすることになるわ」
「そうか、そういうことか……。一番悪い奴がこんなところに居たなんてな……」
「遠山……大丈夫か?」
さっきまでの狂信的な態度が、章野さんの方向一点に向いているように感じられる。
俺の探りを入れるような控え目な声掛けが、その敵意を逸らせるようなことはなく、
「……はははっ。いいさ、今回は身を引いておくよ。けどヒーローは必ず悪を成敗する。じゃあな、生徒会長」
遠山はない交ぜになった感情を胸中に押し止めるようにすると、不気味なくらいに冷静になって生徒会室を出て行った。
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