⒋正体は……?
翌日、纏まった時間を作って二人と一緒に話したかった俺は、昼休みの時間を今か今かと待ち続けていた。
章野さんと水浦さんに生徒会室に来てもらうように、NINEで呼びかける。
四時限目の歴史の、先生の長い話が終わると、自分も駆け足で向かった。
生徒会室では、二人が思い思いの作業に時間を使っていた。
「九条君、こんにちは。それで、ストーカーの正体がわかったの?」
パイプ椅子に座り、何かのファイルを読んでいた章野さんが顔を上げる。
俺が二人に送ったメッセージはこうだ。
『ストーカーの正体がわかったかもしれない 生徒会室に来てくれないか』
だから二人がここにいるのは何もおかしくないのだが……、
「そうなんだけど……水浦さん、それ……」
俺は章野さんの問いをスルーして、大量の書類に目を通している水浦さんに声を掛けた。
長机に積まれた書類から一枚ずつ取り、そこに万年筆でサインのようなものを記入し、左から右の山に積んでいる。
生徒会室書記として何らおかしくない作業だが、その傍らに、見覚えのあるペン立てが置かれている。
「……あ、これですか? 九条君がくれたものだそうですね。可愛いので、気に入りました。ありがとうございます」
と言って、ランダムの敵キャラをナデナデする。
しかも、普段の水浦さんとは想像も付かないくらいの恍惚の笑みで、だ。
「……そう? それなら何よりなんだけど」
ルンルン気分で作業に戻る水浦さん。
ペン立てのデザインが相当お気に召したようだ。
「九条君。無視しないでちょうだい。話があって呼んだんでしょう?」
「……あーそうだったな。ちょっとびっくりしたもんで」
押し付ける感じで上げたペン立てだったが、ちゃんとした居場所を見つけたようで何よりだ――と思いつつ、気を取り直すために咳払いする。
「……正体、わかったんですか?」
「右代君? 左岸先輩? それともまだ会っていない第三者かしら? 今回の九条君はどんな答えを見出したの?」
カンペの如くメモ帳を机上に広げる。
「今回のストーカー事件……それを起こした犯人の正体。それは……遠山ハルオミだよ」
「遠山君が? どういうこと?」
章野さんが当然のように目を丸くしている。
それに対して水浦さんはピンと来ていない様子だ。
「……遠山ハルオミ君って、わたしに告白してきた生徒の名前ですね。彼とも話したんですか?」
「告白してきた……?」
章野さんはさらなる驚きを隠せないでいる。
やっぱりそうか……俺の怪しんだ通りだ。
「……えぇ、右代君と左岸先輩より前の人です。もし調査を続けるとしたら、彼の名前を挙げようと思っていました」
「じゃあその必要はなくなったな。遠山ハルオミ――水浦さんに付き纏っていたのはそいつだったんだよ」
「遠山君がストーカー……」
水浦さんが息を呑む。
「……なあ? そうだろ、遠山? お前がそうなんだろ?」
俺は大きめの声で廊下に呼びかけた。
生徒会室の戸は、あえて僅かに開いてある。
間もなくして、一人の生徒が室内に入ってきた。
「……どういうつもりだ、九条? どうしてそんな嘘を吐くんだよ」
静かな怒りを全身に纏う遠山。
冷静を装っているようだが、今では犯人のそれにしか見えない。
案の定、『俺たち』をずっと尾けていたようだ。
「嘘を吐いているのはお前だ。本当はお前がストーカーだったんだろう? 俺と章野さんが調査を始めたことを知ったお前は、水浦さんがデタラメを言っていると嘘を吐くことで、それを止めさせようとしたんだ」
「違う、僕は薫のためを思って……!」
遠山は昨日のように、俺のことを見つめながら絶叫する。
自分がそうだと信じて疑わない事実を、相手に刷り込もうとするかのように。
表面上は正義を謳っていても、狂信的な態度が表れている。
「『薫』……? 遠山君、どういうことですか……?」
「……言っただろ。薫は現実がどこにあるのか、区別が付かなくなってるんだ。僕が信じられないのかよ」
章野さんは立ち上がって、臨戦態勢を取る。
水浦さんは小さな悲鳴を漏らして、その背中に身を隠した。
質問に答える必要はなかった。
「薫……。大丈夫だって! 『悪い奴ら』は僕が倒してやる! 僕が君を守ってあげるから!」
交渉人を気取る遠山。
ここはやはり、真実を導き出した俺が、その相手を率先するしかない。
「その調子で、下駄箱に手紙を入れたんだな?」
「……僕は薫の彼氏なんだ……。彼氏が彼女を守るのは当然だろう?」
「違う。お前は水浦さんの彼氏じゃない」
「そ、そうですよ……遠山君はただの……」
「薫! もういい。もういいんだよ。薫は幻想に取り憑かれてる。でも良いんだ。僕が君を幸せにするから!」
章野さんの背中から顔を出す水浦さんだったが、遠山の剣幕を恐れて、すぐに引っ込めた。
「幻想に取り憑かれてるのはお前だよ、遠山。水浦さんにはお前じゃない本当の彼氏が居るんだ。俺はやっと、そのことに気付けた」
「そんなわけない……」
「俺は昨日、水浦さんに彼氏の顔を見せて欲しいと頼んだんだ。リアルタイムで送られてきた写真には、顔こそ映っていなかったが、たしかに水浦さんの彼氏と思われる男が映ってたよ。おそらく、お前の存在が怖くて、安心できる人と一緒に居たかったんだろうな」
「僕だって昨日、薫と一緒に居たぞ! ……その写真に写っているのが僕なんだよ!」
「本当にそうか? 写真にはいくつかの違和感があった」
「はぁ? ……違和感だと?」
俺が堂々と宣言しても、遠山の態度が変わることはない。
幻想を突き崩すためには、それを揺るがすほどの『事実』が必要だ。
「一つ目は、彼氏が制服姿をしていたこと。ずぼらな性格なのか、水浦さんが一緒に居ることで着替える暇がなかったのか。その辺の理由はわからないが、彼氏は制服のままだったんだ」
「…………」
「二つ目は、彼氏がゲームに熱中していたこと。相当ゲームが好きなんだろうな。テレビ台の中には、色々なハードやソフトが置いてあったよ。きっと水浦さんの気を紛らわすために、遅くまで二人でゲームをしていたんだろう」
「……それが何だって言うんだ!」
「そして三つ目、写真に映っていたのが男の部屋――つまり彼氏の部屋だったことだ。床にゴミが散らかっていたり、テレビ台の中に大量のゲームをしまっているくらいだ。さすがにあれを女性の部屋だと考えるには違和感がある」
決め付けのような部分もあったが、俺の主張に対して、特に反論はなかった。
章野さん辺りが、そういう人が居てもおかしくない、と口を挟んできそうだったが、今回は達観することにしたようだ。
さらに言うと、もしもあの部屋が水浦さんの部屋だった場合、生徒会室にティーセットを揃えるような彼女のイメージとは、かけ離れているような感覚もある。
「さて、一方の遠山だが……お前、夜に俺のバイト先に来たとき、こう言ったな?」
――ああ、それなら安心してくれ。この後、薫の家で勉強会をやることになったんだ。
「遠山君は、あの店に来ていたのね……あっ!」
章野さんが気付いたように声を上げる。
「しかも、格好は明らかに私服。あの後本当に水浦さんの家で勉強会をやったとして、なんでわざわざ制服に着替えたんだよ?」
「…………それ、は……」
「なんでゲームをやってたんだ? 勉強会の話はどうなった?」
俺の矢継ぎ早に繰り出される追求に、遠山が大人しくなっていく。
もう少しだ。もう少しで『事実』を認めさせられる。
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