⒊知らない人
……よし、やり残したことはないな。
俺は廃棄のホットスナックを詰めた袋を縛りながら、内心そんなことを呟いていた。
残念ながら時間切れ。販売時間の期限内に買い手の現れなかった揚げ物たちは、この瞬間に『死んだ』ことになる。
鶏肉系は人気があるからまだいいが、春巻きやポテトといったトリッキーな揚げ物は、よく廃棄になるのが常だったりする。
まあ、ポテトに関して言えば、その辺のファストフード店の方が安価だし、味も濃くて満足感が高い。
什器には、比較的『息の長い』揚げ物たちが生き残っていた。
「これ、食べる?」
「大丈夫です。九条さんはいらないんですか?」
「十時過ぎに食べたら太るからさ」
そう思うなら自分に食わせようとするな、と言い返してきそうな気もしたが、橘は別段気にしていなさそうだった。
いや、そもそも俺のプライベートに興味はないか。
橘と並んでレジ内に立ち尽くす。
もう一人の先輩は率先して、夕勤に納品されるご飯とパン類――通称・米飯の検品をして、陳列している。
先輩曰く、売りやすくするための並べ方があるらしい。
後輩が手を出す余地などなかった。
「…………」
いつものように終盤は客がいなくなることもあって、静かな店内に、検品機の電子音が響き渡る。
静寂を破ったのは橘だ。
「今日面接に来た人、九条さんの同級生なんですよね」
「そうだよ。事務所で何か話したの?」
「少しだけですけど。九条さんのこと、凄く頼りにしてるって言ってました。もしかして、九条さんが居るからここを選んだんですかね」
「単なる偶然でしょ。本人も、俺のバイト先だって知って驚いてたし」
「ふ~ん。そうですか」
「なんだよ。露骨に興味ないって感じだな」
バイト終盤で気が緩んでいるからか、不機嫌ながらも笑ってしまう。
橘はそんな俺を見て、手で口を隠しながら、
「違いますよ~。マユ以外にも、九条さんのことを理解している人って居るんだな~って思って」
「遠回しに馬鹿にしてんじゃん」
「ふふふ。これからもミスをしたときは庇ってくださいねっ」
やけに楽しそうな橘だ。
ホント章野さんと何を話したんだか。女子の考えることはよくわからん。
「……品出し終わった」
と二人で談笑していると、作業を終わらせた先輩が戻ってきた。
検品機をレジ内の充電器に差し込みながら、冗談めいた感じで言ってくる。
「何ふたり、付き合ってんの?」
「それはないですっ! 尊敬はしてますけど、付き合うとかありえないんで! あと今のセクハラなんでっ!」
「やっぱり馬鹿にしてんじゃん。傷付くわ」
橘の返答があまりにも早かったので、思わぬパンチにびっくりする。
そこまで全力否定をしなくてもいいだろ……。
いや俺にもその気はないけどさ! ……本当にないけどさ!
「仲良いよな、お前ら……」
先輩はそんな俺たちを達観したように一瞥して、フェイスアップで時間を潰すのか、また売り場に出て行った。
「お先に失礼します。お疲れ様です~」
「うん、お疲れー」
学校の制服に着替えた橘が、事務所を出て行く。
先輩は言うまでもないが、シフトの交代と共に、速攻で帰って行った。
「…………」
本日も無事に職務を全うし、事務所内に引っ込んだ俺は、椅子に座ってNINEを確認した。
出勤直後に水浦さんに送ったメッセージに既読が付いており、合わせて返信がある。
『水浦さんって 彼氏がいたんだね』
『いますよ それがどうしたんですか?』
タイムスタンプを見るに、返信はバイト中にされたものらしい。
ただの杞憂だとは思うのだが、調査のときから抱き続けていた疑問をぶつけてみる。
『写真とかある?』
『それは調査に必要なことですか?』
今度はすぐに返信がつく。
運良くスマホを弄っているタイミングなのだろう。
それにしても勘が鋭い。
俺が投げかけた質問の意図にすぐさま気付いたようだ。
『必要かな 嫌なら無理強いはしないけど』
既読が付くが、返信に迷っているのか、多少のタイムラグがあった。
一分経ってから写真が添付される。
『今撮りました ただ顔出しはNGです』
続けてこんなメッセージも。
さすがにプライベートなことなので、とりあえずは写真を拡大して確認してみた。
「…………」
中央にワイシャツを着た十代っぽい男の背中が映っており、右下にはカメラ目線の水浦さんが映っている。
男は僅かに見えるネクタイとスラックスの柄から、間違いなく蛍雪高校の生徒だ。
胡坐をかいてテレビゲームに熱中している。
水浦さんはというと、同じく制服姿で、ベッドの上に座って写真を撮ったようだった。
テレビ台の中には、複数のゲームハードとゲームソフトが乱雑にしまってある。
この部屋の持ち主は片付けが苦手なようで、写真だけでも、床にプリントやティッシュ等のゴミが散らかっているのが伺えた。
かなり情報量が多いが、ざっと纏めるとそんなところか。
『ありがとう 助かったよ』
そう返信すると、すぐに水浦さんから、サムズアップのスタンプが送られてくる。
写真の上では無表情だが、どうやら彼氏と時間を過ごして上機嫌なようだ。
俺は改めて写真を確認してみた。
水浦さんが彼氏と過ごしている何気ない写真だが――何かおかしい。
……明らかにこの写真には違和感がある。
二人とも制服姿だということか……?
テレビゲームに興じていることか……?
部屋がやけに散らかっていることか……?
いや、それらすべてを踏まえた上での、何よりの疑問が一つある。
「…………これ、誰だ?」
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