四話 行き過ぎた恋心②

⒈一緒にセントへ

 バイト先のセントイレブンを目指しながら、章野さんと並んで道を歩く。

 街は疲れを癒すように、日中の喧騒を大人しくさせている。

「ストーカーの正体、か……。面倒なことになったよな……。右代か左岸先輩か。それとも、はたまた第三者なのか……」

「明日、薫に別の候補者を教えてもらうことにしましょう。調査の範囲を広げれば、新しいことがわかるかも」

 章野さんはストーカー事件について、まだまだ話し足りなさそうで、得意気になりながら前を見据えた。

 ……ていうか、学校からずっと付いて来ているけど。

「章野さん、家がこっちの方にあるの?」

「いいえ、違うわ。今日は帰る前に寄るところがあって。九条君こそ、家の方向がこっちなの?」

「俺はこの後バイトがあるから……。そっか、方角がたまたま一緒なんだね」

「まあ、そういうことがあってもおかしくはないわね」

 世間話をしている気分でもなかったので、とりあえずは事件について話していると、ようやく目的地に辿り着いた。

 緑をベースに白の三本ラインの入った蛍光看板が、煌々と輝いている。

「今日はありがとうね」俺たちは店先で声をハモらせた。

「え?」そしてそのまま同時にきょとんとする。

「……えっと、俺のバイト先、ここなんだけど……」

「……き、奇遇ね。私もここに用があって……」

 出入り口を二人で、おずおずと指差す。

 章野さんが顔を引き攣りながら、作ったように笑っている。

 俺も……似たような表情をしているのだろうか。

 周りの客が、俺たちを避けながら、出入り口を通っていく。

「とりあえず、中に入ろうか……」

「えぇ、そうね……」


 二人で事務所に入ると、回転椅子に座った店長は嬉しそうに、顔だけをこちらに向けた。

「お、いらっしゃい! 面接の子だね。まずは彼と挨拶して」

「はい……」

 俺のことを人差し指で示し、すぐにパソコンの作業に戻る。

 マウスのクリック音が響く。

 ……面接の子? 待てよ……これってそういう状況ってこと?

 ちらりと章野さんの様子を伺ってみる。

 ……やっぱり動揺している。そりゃそうだよな。心境は俺と同じようだ。

 いくら章野さんとはいえ、さすがにこの展開は予想できなかったはずだ。

 だが、まだ別の可能性もなくはないので、俺は念のため訊いてみた。

「店長。もしかして新人を雇ったんですか?」

「うん、そうだよ。人が少ないんだから当然でしょ」

「……あの、章野さんと僕は同じ高校なんですよ」

「マジか! けどそれならそれで丁度良いじゃん! 知ってる人が居た方が働きやすいでしょ」

「それは……そうですね……」

 章野さんが苦笑いを浮かべる。

「ちょっとだけ時間ちょうだい。そこで座って待っててくれるかな? ごめんね」

 店長は印刷機から出て来た書類を取り出すと、小走りで売り場に出て行った。

 たしか店内を通るときに、納品業務のドライバーが居た。

 その人に渡すものでもあるのだろう。

「……じゃあ店長がああ言ってるし、これに座って」

「あ、ありがとう」

 今さっき店長が座っていたものとは別の回転椅子を、章野さんに差し出す。

 章野さんは席に着くと、事務所内をまじまじと見渡していた。

 ……気まずい。これは気まずい。自分の部屋に女子を呼ぶってこういう感覚なのか? いや俺の部屋じゃないけどさ……なんか身の内を曝け出した気分だ。

 静寂が漂う。

 ……まあ、焦っていても仕方ないか。俺はいつも通りしていよう。

 少しだけ落ち着きを取り戻してきたので、俺も椅子に腰を下ろす。

 ルーティンをなぞるなら、おにぎりで栄養補給と行きたいのだが、章野さんの前でおにぎりを食べるのは気が引けてしまうので、とりあえずスマホでも弄ってみる。

 ……あ、そうだ。水浦さんに彼氏のことを訊いておくか。

『水浦さんって 彼氏が居たんだね』

 生徒会室で交換したNINEにメッセージを送信。

 遠回しな文面にしたのは、プライベートなことを詮索していると警戒されないように、あくまで俺が『そういう事実を知っただけ』だと装うためだ。

 統合失調症という事実もあるし、慎重になって損はない。

 これで何かしらの反応があるだろう。

 ……それにしてもなんだ。章野さんがコンビニバイトね……。

 生徒会長という高貴な役職に就いていても、普通にバイトをすることもあるんだな。

 勉強とか生徒会の職務とか、それだけで一年中忙しそうだし、章野さんの場合はそれ以外にも、こうやって生徒間の問題にまで着手している。

 プライベートな時間はあるのだろうか――と、勝手な想像までしてしまった。

「九条君。これからここで働くことになるかもしれないし、そうするとあなたは先輩でしょう? こういうのは形式上でもやった方が良いと思うの」

 章野さんが話しかけてくる。

 さすがにこの空気に耐え切れなくなったのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 凛然とした瞳で、こちらを見つめている。

「……うん? 何をするの?」

「章野千愛と言います。よろしくお願いします」

 落ち着いた口調で、上品な雰囲気を纏いながら、挨拶しようとする章野さんだったが、

「おはよーございまーす!」

 その挨拶は、底抜けに明るくて、上品なんて言葉の見当たらない後輩に打ち消された。

 開け放たれたスイングドアの向こうから、後輩が颯爽と姿を現したのだ。

 このやかましさも、今回に限って言えば『助かる』と言ってもいいのかもしれない。

「……ああ、橘。おはよう」

「あっ、もしかして新人の方ですか~? 橘まゆみって言います。よろしくお願いします」

 伊達に接客業をやっているわけではないということか、普段の態度が嘘かと思うほどに、丁寧な挨拶をかます橘。

「はい、章野千愛と言います。こちらこそよろしくお願いします」

 章野さんが橘と会話をしているうちに、少々早いが売り場に出ることにする。

 窮屈な気分になっていたし、ここは女子二人だけにして、俺はお暇することにしよう。

 防犯カメラを一瞥して、それっぽい理由を付け足しておく。

「先に行ってるわ。なんか忙しそうだし」

「はいっ、わかりました!」

 章野さんがコンビニバイト……。

 これからここで一緒に働く……?

 なんでそんなことになってるんだろう。

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