⒎明かされる事実

 二人の事情聴取を終えた俺たちは、グラウンドと校舎を繋ぐ渡り廊下で、手に入れた情報を再確認することにした。

 背もたれのない木造りのベンチに腰掛け、メモ帳を開いてみる。

「――さて、話を訊いてみたと言っても、決定的な証言は出なかったかな」

「そうね。強いて言うなら、二人とも共通して、薫に一目惚れしたってところね」

「表面上は二人ともすっぱり諦めている様子だったけど……。もう少し遡って、他の人にも話を訊いてみるしかないかな……」

 章野さんがメモ帳を覗き込みながら、

「相変わらず、たくさんの事柄を書き留めているのね」

「まあね。どこが重要になってくるか、蓋を開けてみないとわからないから」

「……その一人称は何なの?」

 メモ帳に書き留めた名前のとなりには、それぞれ(俺)(僕)と備考を追記してある。 

「昨日の件を思い出してみて、気になったことがあるんだ。ほら、水浦さんがストーカーの手紙を拾っていたって話したでしょ。その一枚に『水浦薫はぼくのもの』って書いてあったんだ。それって、ストーカーの一人称が『僕』なんじゃないか、って思ってさ」

「鋭いところに気付いたわね。だとしたら容疑者が絞れるじゃない」

「左岸先輩は自分のことを『僕』と言っていた。所謂ボクっ娘だね。一方の右代はそうじゃなかった。章野さんは、左岸先輩は怪しいと思う?」

「二人から選ぶのであれば、今のところは……」

「けど俺は、女性が女性のストーカーをするのが、いまいちしっくり来ないというか……」

「まだそんなことを言っているの? 九条君、言ったでしょう。他人の趣向は自分の物差しで測れるものじゃないわ」

「だとしても……まだ決定的なものが……」

 証拠がない。その事実に、俺たちは頭を悩ませた。

 先日、ノートパソコン盗難事件を解決したこともあって、高を括っていたのだろう。

 現実はそう甘くない。

 生徒会室までわざわざ移動するには時間が惜しいと思い、渡り廊下でやり取りを交わす俺たちだったが、どうやら面倒くさがったのが良くなかったようで、スマホを片手に往来する生徒たちがしきりにこちらをチラ見してくる。

「生徒会長が男子と一緒に居る~」

「校内デートじゃない? 忙しいから時間が作れないんだよ、きっと」

「会長、ホントきれーだよねぇ……羨ましい。となりにいる男子は微妙だけど」

 そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。

 おい、全部筒抜けだからな……。あえて聞こえるようにしているのかもしれないけど。

 俺みたいな一般生徒が生徒会長と一緒に居るのは、やっぱり変に見えるんだろうな。

「場所、変える?」

「いや、いいよ。変えたら負けな気がするから」

 章野さんにまで気を使われる始末だ。

 よし、いいだろう。こうなったら戦争だ。章野さんのとなりは俺が貰うぞ!

 とか下らない闘志を燃やしていると……。

「――やっと見つけた! 探したぞ、二人とも!」

 息を切らしながら、一人の男子生徒が駆けてくる。

 俺が言うのもなんだが、全体的に冴えないオーラが漂っている生徒だった。

 モテるためなのか、せめて体力くらいは付けようと努力しているのは感じられて、体つきはしっかりしている印象だった。

 名前は何だっただろうか……?

「あら、どうしたの? 遠山ハルオミ君だったかしら」

 さすが章野さん。この生徒の名前も把握しているとは。

 ……そうだそうだ。組は違うが、遠山もたしか同学年だったはずだ。

「二人って今、薫に頼まれてストーカーの調査をしてるんだよな? 今さっき本人に聞いたよ。会長と九条って奴が、自分の代わりに調査をしてくれているってな」

「その通りだけど、それがどうかしたのか?」

「そのことなんだけど……二人には申し訳ないことをした!」

 急に遠山が、頭を深く下げる。

 ……? 謝られるようなことが何かあったのか。

「薫の奴、一カ月前から様子がおかしいんだ。筆記用具や体操着が誰かに盗られてるってずっと言ってて……。最近じゃ、尾行されてる感じもするって言ってるんだ」

「本人から聞いてるわよ。それについて私たちは調べてるの」

「それ、全部嘘なんだよ」

 え? 遠山から発せられた言葉に、俺たちは素っ頓狂な声を出していた。

 嘘……とは、どこからどこまでを指しているんだろうか。

「どういうこと?」

「だから、薫がストーカーされてるってこと! 薫はストーカーなんてされてないんだ!」

「……詳しく話してもらってもいいか?」

「詳しくも何も、今言った通りだ。薫は二人に嘘を吐いているんだよ。……薫は統合失調症なんだ。僕が初めて聞いたのはだいぶ前なんだけど、二年生になってから、症状が悪くなってる」

「統合失調症ってあれだよな……?  病気ってことか?」

「妄想、幻覚、感情表現の減少――。他にも症状は色々あるけれど、要するに、日常生活の問題を特徴とする精神疾患のことね」

 妄想、幻覚、感情表現の減少って……。あれ? 全部、水浦さんに当てはまらないか?

 俺は章野さんの説明を聞いて、生徒会室での、水浦さんの話を思い出した。

 盗難とストーカー。

 ペットボトルに何かを入れられたように感じたこと。

 そして章野さん曰く、水浦さんは感情を表現することが苦手だと言う。

 それらすべてが、その病気のせいだと言うのか?

 たしかに辻褄は……合うような気はするけれど……。

「なんで遠山がそのことを知ってるんだよ」

「薫の家族から色々とな……。ここでカミングアウトするのもなんだけど、薫は僕の彼女なんだ」

「遠山君が彼氏だったの……?」

「そうだったのか……」

「根は良い奴なんだ。薫と実際に話したんなら、それは二人もわかってくれてると思う。だけど、筆記用具も体操着も盗られてなんかいない。あいつが新しい筆記用具を買うところなんて、付き合ってから一度も見ていないし――体操着に関してもそうだ。買い直したって話は聞いていない」

 遠山は眉根を下げる。

「週に一回通院してるんだ。できれば口外したくはなかったんだけど、これ以上、二人に迷惑を掛けるわけにはいかない。学校での薫の面倒は僕が見る。親御さんからもそう頼まれてるんだ。僕以外と話している分には嬉しいんだけど……二人がこれ以上、薫の嘘に付き合う必要はないよ」

 ちなみに――といった感じで、俺は質問を投げかけた。

「遠山は、水浦さんが色んな人に言い寄られている事実は知ってるのか?」

「もちろん知ってるよ。彼氏の僕が言うのもなんだけど、薫は本当に可愛いからな。言い寄ってくる奴らの気持ちもわかるさ。けど、薫は毎回丁重に断ってるんだ。しつこい場合には僕が釘を刺すこともある。ストーカーだなんて、そんなもの絶対にありえないよ」

 きっぱりと言い切る遠山を受けて、その事実をひとまず受け止めることにした。

「水浦さんが統合失調症か……」

「話は理解したわ。ありがとうね」

「感謝されるようなことでもない。二人とも、本当に申し訳ない!」

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