⒌再びの調査
水浦さんはティーポットを机に置くと、両手を重ねて、お手前の姿勢を取った。
「わかりました。少し九条君のことを誤解していたようです。思ったより貴方は良い人なのかもしれません。ほんのちょびっとだけ、考えを改めます」
人差し指と親指の隙間を縮めるジェスチャーをする。
「ってことは……?」
「えぇ、正式に相談をします。ストーカーを撃退するにはどうすれば良いんでしょう?」
「薫……! とうとう薫にも私以外の友達ができたのね!」
歓喜のあまり身を乗り出す章野さん。
水浦さんは相変わらずクールを気取って、ジト目になった。
「待って下さい会長。わたしはそこまでは言ってませんよ。ほんのちょびっとだけ、考えを改めただけで、何も友人になるとまでは……」
「別に今はそれでもいいよ」
俺は急いで女友達を作りたかったわけじゃない。
もちろんその場しのぎで、あんなことを言ったわけじゃないが……。
「ていうか、やっぱり撃退したいんだな」
「当然でしょう? わたしのお気に入りを一カ月足らずで持っていくんです。本当、馬鹿共には呆れますよね。まともな思考を持っていないんですよ。会長の爪の垢を体液で煎じて飲ませてやりたいくらいです」
「君は何を言っているんだ……」
……えっと水浦さん、ギャグで言っているんだよね……。
俺は思わず顔を引き攣っていた。
一方で水浦さんは、表情筋を最低限動かすことで、不快感を露わにしている。
「おまけに体操着と上履きまで持っていって……。きっと毎晩のおかずにしているんですよ。そのうちベタベタの状態で返してくるんでしょうね」
「…………」
うん? 絶句して当然の展開である。
だが章野さんはというと、動じている素振りは微塵もなかった。
「良かった。私の知っているいつもの薫に戻ったわね。ところで薫、さすがに体操着と上履きは食べないと思うわよ?」
「そういう意味じゃないと思うけど……」
「なら九条君、わたしがどういう意味で言ったと仰いますか?」
薄く口を伸ばしている。笑っているのだろうか。
……てか、え、何? これがいつもの水浦さんなのか……。あーそうですか。そういう感じですか……。意味深に聞こえる、俺の方が汚れているのか……。
言葉に詰まっていると、水浦さんは勝ち誇ったように、口角を吊り上げた。
「友達になるのであれば、本来のわたしに慣れて下さい」
「まあ、それはおいおいにして……」
水浦さんが、『逃げたな』みたな目つきを向けてくる……。
「ストーカーの目星は付いてないのかな?」
「……目星ですか。まあ……強いて言うなら、いないこともないですけど」
「それは誰のこと?」
章野さんが神妙に問いかける。
ようやくおふざけが終わるようだ。
「最近告白してきた人です。ストーカーになるって言ったら、直近の人物が怪しいと思うので」
「フラれた反動でストーカーになったわけね」
「可能性としては十分かと」
どうやらモテているという話は本当だったようだ。
俺はちらりと時計を確認した。
「……まだ時間に余裕はあるね。それじゃあその人の名前を教えて。俺が直接話を訊いてみるよ」
「……尾行とか張り込みとか。証拠集めをするわけじゃないんですか?」
「俺は探偵じゃないからね。特殊な機材を持ってるわけでもないし。捜査は足で稼げって言うだろう」
「九条君一人で行くんですか?」
「大丈夫よ。私も一緒に行く。二人で行動した方が良いと思うから」
「助かるよ」
前の事情聴取みたいな感じか。これは心強い。
「だったらわたしも手伝います。わたしだけ何もしないなんて嫌ですから……!」
「いいえ、薫は今までどおりに過ごした方が良いと思うわ。相手を刺激して、何をしてくるかわからないもの」
「そうですか……? わかりました……。会長がそう言うなら……」
「安心して。私たちが何とかするから。薫は、今日はもう帰りなさい」
「ああ、俺たちがすぐに懲らしめてやるよ」
「……お願いしますね。今なら生徒会権限で暴力も許可しますので」
グーサインを俺に向けてくる。
なんかこれ、ただ舐められているだけのような気がしてきたんだが。
心を開いてくれたと、今は前向きに思っておくとするか。
水浦さんと連絡先の交換を済ませ、その上で詳しい話を訊くと、俺は二人の名前をメモ帳に書き留めた。
「――とりあえず直近の、この二人から話を訊いてみよう。『右代サク』と『左岸リツコ』で合ってるよね?」
「……はい、右代君はわたしのクラスメイトです。左岸先輩はテニス部をやっていると聞いています」
どうやら水浦さんが言うには、彼女は一年生の頃から、月に二回のペースで告白されているらしく、その度に、すべてを断っていると言う。
なんだよそのモテオーラ、俺にも分けてくれよと思うが、それはまた別の話。
ただ、その全員に話を訊くというのは、途方もない作業になってくる。
ストーカー被害が最近になって現れるようになったことから、俺たちは直近の人物から遡っていく形で、ストーカーを探してみることにした。
「あのさ、左岸リツコって女性の名前だよね? 水浦さん、女性に告白されたってこと?」
「別にそういう人がいてもおかしくないでしょう。薫を好いたから告白した。それ以上でもそれ以下でもない。あまり人の趣向を気にするものではないわ」
「まあ……そうか。その辺はセンシティブなところだもんな」
「……そうです。わたしは無茶苦茶かわいーので。手籠めにしたい人が度々現れるんですよ」
そういうことは自分で言うもんじゃない。
「とにかく、二人が帰る前に早く行きましょう。まずは右代君ね。七組の教室に居るかしら……」
章野さんと一緒に生徒会室を出て行く。
去り際に、章野さんは「あ、そうだ」と思い出したように言った。
「薫、ハーブティーごちそうさま。気を付けて帰るのよ」
「俺もごちそうさま」
「……はい、お粗末様です」
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