⒋ハーブティー

「いいえ、そうも行かないわ。相手が次何をしてくるかわからない。ロッカーに汚物を詰め込まれてもおかしくはないわ。最悪の場合があったら、薫はどうするの?」

「……そのときは。相手に身を委ねますよ」

 水浦さんは一貫して受け身の発言をする。

 俺はここまでの話を聞いてみて、彼女がどういう人間なのか段々と理解していた。

「あなたはいつも無口で、喜怒哀楽を表現することが苦手だった。他人と関わりを持とうと思っても、最初の段階で、多くは薄気味悪がって離れてしまう。……そうよね?」

「……それがどうかしたんですか?」

「けれどね、相手から関わってくると言っても、この形は正しい形ではないのよ」 

 そういうことか……。

 きっと彼女は、『誰かに関わってもらえること』を欲しているのだろう。

 そこに多少の嫌悪こそあれど、それを拒否して『何もされなくなる』よりかは、今の方がマシだと考えているのだ。

 水浦さんは、おくびにも見せないように、毅然とした態度で、蒸らし終わったハーブティーをスプーンでかき混ぜ、それを陶器のティーポットに移し替えていた。

「水浦さん。君は本当にそれでいいのか?」

「…………」

 ハーブティーを完成させた水浦さんがティーポットを両手で持ってくる。

 仙人みたいな老人を模した、珍しいデザインのティーポットだ。

「……どうぞ、とりあえず召し上がってください。味には自信があるんです」

「うん……ありがとう。……ん、うま、めちゃくちゃ美味いよ、これ!」

 エレガントな香草の香りが鼻を抜けていく。

 適切な温度になっているハーブティーは、舌に穏やかな余韻を残していた。

 少なくともこの前に章野さんが淹れたものよりは美味い!

「そうですか。なら良かったです」

 俺の素直な感想が嬉しかったのか、そのとき初めて、水浦さんは微笑みを見せてくれた。

 その自然な微笑みを見て、俺はある可能性を思い付いた。

 ハーブティーを飲み干した勢いで、そのまま口に出してしまう。

「水浦さん。もしかして君は、友達が欲しいんじゃないのかな?」

「……え」

 しかしながら、気付いた頃には時すでに遅し、俺が滑らせた言葉に、水浦さんは呆然としていた。

 いや、きっとこれで良いんだ。心の壁を壊すなら、小細工をしている場合じゃない。

 水浦さんの瞳が……明らかな敵意のある瞳に変わっていく。

「ふざけないで下さい……。ちょっと話して、わたしのことを知ったからって、わかった風に言わないで下さいよ……!」

「だったら水浦さんは、これからどうしていくつもりなんだよ」

「だから言ったでしょう……! 何もしないって……! わたしはこのままでも良いんです。余計なことをしないで下さいよ……!」

「俺が水浦さんの友達になりたいって言っても余計なのか?」

「何を言ってるんですか……」

 驚きのあまり、目を見張っている。

 そのまま俯いて考え込んでしまったが、覚悟を決めたように俺のことを見据えた。

「……だったら、もう一度わたしのハーブティーを飲んで下さい」

「……? それにどういう意味が……」

「……九条君の人間性がはっきりしますよ。それとも、友人のハーブティーは飲めませんか?」

「そんなこと言ってない。飲むよ。それじゃもう一杯もらってもいいかな」

 俺がティーポットに手を伸ばすと、

「大丈夫です。わたしが注ぎますよ。九条君はカップを持って下さい……」

 と言うので、大人しくカップを水浦さんの前に差し出した。

「……さぁどうぞ」

 ぎこちない持ち方で注がれたハーブティーを一口含む。

「……っ」

 途端に全身に不快感が押し寄せる。

 なんだこれ……めちゃくちゃ苦いぞ……。さっきのハーブティーとは別物じゃないか。

 エレガントもクソもない味わいのせいで、思考が段々と遅くなっていく。

 苦みをひたすらに濃くしていったような苦みだ。

 とにかく水で薄めたい気分になる。

「どうですか九条君。美味しいですか……?」

 無表情の水浦さんが、感想を求めてくる。

 俺はその表情の奥に『所詮お前程度の人間に関わって来られても迷惑だ』……そう言われているような感覚があった。

 同じティーポットから出て来た液体なのに、どうして味が全く違うのか。

 ……そう言えばどこかで聞いたことがある。

 二種類の飲み物を、給仕のさじ加減で変えることができるティーポットが存在する、と。

 ……苦いとはっきり言ってしまいたかった。

 だがきっと、俺は試されているんだろう。

 自分の発言、自分の行動に責任を持つこと。

 俺がそれを全うできるのか、水浦さんは試しているのだ。

「うん……美味しいよ! 水浦さんのハーブティーは物凄く美味しいよ!」

 俺はそのまま、苦いだけの液体を飲み干した。

「もう一杯もらってもいいかな?」

「…………」

 沈黙する水浦さん。

 章野さんは様子を見守っているのか、口を挟もうとはしなかった。

 ――静寂の時は、意外にもあっさりと破られた。

「…………プフッ、あははっ」

 水浦さんは堪え切れなくなったように、普通の女子生徒のように吹き出していた。

 恥ずかしそうに口元を抑え、だがそれでも我慢できずに笑っている。

「やせ我慢なんかしちゃって……。センブリ茶を一度に飲み過ぎると、体壊しちゃいますよ?」

 楽しそうに笑っている水浦さんを見て、俺も釣られて笑っていた。

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