⒊生徒会書記

 翌日――章野さんとNINEで連絡を取った俺は、放課後に生徒会室で会う約束を交わした。

「――ストーカーね」

 昨日の出来事を聞いた章野さんは、開口一番そう呟いた。

 長机のL字の部分にパイプ椅子を並べて、それぞれ座って話している。

「やっぱり、章野さんもそう思うよね?」

「薫はああ見えてモテる方なのよ。明るい子が好きな人もいれば、大人しい子が好きな人もいる。告白されることも結構多いみたいなのよね」

 そういうものか……。たしかに雰囲気はおっとり系で、好きな男子は少なくなさそうだ。

 あの手紙は、そのファンの中の誰かがロッカーに入れたのだろう。

 典型的なストーカーの行動だ。

「けれど、どうしてそれを私に相談しようと思ったの?」

「やっぱりいらないお節介だったのかな。章野さんなら、話しても大丈夫だと思って」

「他人の悩みを勝手に広めるのはどうかと思うけど」

 それは……痛いところを突いてくるな。

 正直、ストーカーのことを知った手前、放って置くわけにも行かなくなったのが大半の理由だ。

 だが一人ではどうすることもできず、誰かを共犯者にするしかないと思った。

「章野さんにしか話してないから! それに章野さんは生徒会長でしょ? 同じ生徒会の仲間として教えるべきかなって思って」

「まあ、今回はその判断を認めることにしましょう」

 章野さんがどうにか理解を示してくれる。

 今のところ、問題はそれにどう対応するかだ。

 ストーカーの撃退、すなわちストーカー行為を諦めてもらうことが最終的なゴールだが、まずはその正体を突き止めなくちゃいけない。

「章野さんから、何があったのか本人から話してもらうように言うことはできないかな」

「私から薫に? ……それで話してくれるかしらね」

 とそのとき、生徒会室の戸がゆっくりと開かれた。

 そこには見知った青いリボンの女子生徒が居る。

 彼女は相変わらずの無表情で、

「……どうして。九条君がここに居るんですか?」

「……あ、いや、それは……」

 水浦さんが、頭の位置はそのままに、視線だけを動かす。

 俺が章野さんと何かを話していたと察したようだ。

「……もしかして。昨日のことを話したんですか?」

「…………」

「出て行って下さい。助けなんて求めてません」

「待って薫。あなたはどうするつもりなの?」

「……どうもしませんよ。放って置けばそのうち諦めるでしょう。すべてを出し切り、それでもわたしが反応を示さなければ、それ以上はやることがなくなるんですから。去年だって似たようなことはありましたよ。つまり、れっきとした前例があるんです」

「それで薫に害が無ければ良いのだけど、私には到底そうは思えないわ」

「……会長だって心配してるんだ。この際、何があったのか話すべきじゃないか?」

 俺が情に訴えかけると、水浦さんは嘆息したように重い瞬きをした。

「……まったく。中々にウザいんですね。九条君」

「言ってろ……ここまで首を突っ込んだんだ。最後まで責任は取らないとな」

 どうやら水浦さんがお茶を淹れるのはいつものことのようで、彼女は話をしながら、一角にあるミニキッチンの前で作業に取り掛かった。

 となりには洋風な収納棚が設えており、カラフルなティーセットが陳列されている。

 水浦さんはティーポット二つとティーカップ二つを取り、キッチンで濯いでいった。

「……発端は一カ月前のことでした。わたしが使っている消しゴムが失くなったんです。それくらいはよくある事と思い、気にしないようにしていたのですが、次はシャーペン。次はボールペンと。徐々に歯止めが利かなくなっていきました」

「また盗難か……。その時点で結構な嫌がらせだけどな」

「嫌がらせ……? すでに一年間で十本以上は盗られてるんですよ。それくらいで一々動じませんよ」

「十本以上って……。それだけやられて、なんで水浦さんは何もしなかったんだよ」

「……するって何を。わたしは別に、そのままでも良いと思ったんですよ」

「九条君、とにかく続きを聞いてみましょう」

 釈然としないが、章野さんが言うので今は従うことにする。

 水浦さんはというと、収納棚にある十二の引き出しから、いくつかの香草らしきものを取り出すと、それをガラスのティーポットに入れ、ポットで沸かしたお湯を注いでいた。

 手を仰いで香りを確かめ、蓋をして蒸らしの作業に入る。

「そうしてそれはエスカレートしていき、ついには上履きや体操着を盗られるまでに至りましたね」

「それでも水浦さんは何もしなかったと?」

「……はい、そうですね。……けど、まあ。この前、飲み物を飲もうとしたときはさすがに焦りましたよ。自販機で買ったお茶なんですが、ペットボトルの中に、半透明の物体が入っていたので……」

「何それ……? 何だったのそれは?」

 冷静に聞き返す章野さん。

 水浦さんはそれが何か検討が付いていたようだが、章野さんはそういう知識については疎いようだった。

「……なんともありませんでしたよ。いつも通りの味だったので」

「おい! 飲んだのかよ! 毒味は自分でやるもんじゃないぞ!」

「体育の後で疲れてたんです。喉が渇いてたら飲むでしょう、普通」

 それで『当たり』だったらどうするつもりだったんだ。

「……おそらく疲労で見間違いでもしたんでしょうね。飲み物は本当にいつもの飲み物でした。けど、そのときに抱いたちょっとした恐怖は、徐々に大きく膨らんでいきました。最近では帰り道を誰かに尾行されているような気もして……。その究極体があれですよ」

 そこで昨日の手紙に繋がると言う。

 むしろそこに至るまでの経緯の方が濃密だった気もするが、何事もなかったというのだから、終わったことは蒸し返さないでおく。

「……改めて言いますが、だからどうと言うことはないんですよ。わたし自身に害はないんですから。会長や九条君が気にすることはありません」

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