⒉愛の手紙

 黄昏時の空は、幻想的な色合いを地上に下ろしていた。

 この僅かな灯りが消えてしまう前に、早く家に着いておきたいところだ。

 そんなことを思いながら玄関で靴を履き替えていると、程近いところで、下駄箱のロッカーを開ける音が聞こえた。

 こんな時間に下校する生徒が他にも居たのか……ちょっとの興味を抱いた俺は、それがどんな生徒なのか音源の方を覗いてみた。

 そこに居たのは、青いリボンを前髪に結んだショートヘアーの女子生徒。

 この前生徒会室に出向いたとき、対応をしてくれた生徒だった。

 足元に数十枚の紙が散らばっており、それを一枚ずつ集めている。

 生徒会役員のようだし、何かのプリントだろうか?

「……あ、手伝うよ」

「……平気です。わたしに構わないで下さい……」

 俺がしゃがみ込もうとしたところを、彼女は無機質なトーンで拒否の言葉を表した。

 まったくこちらを見ようとはしないが、どうせこの前みたいに、無表情を決め込んでいるに違いない。

 だが一度目の拒否は、遠慮しているだけの可能性もある。

 俺は構わずにプリントに手を伸ばした。

「そう言われて見過ごすことはできないよ。ほら、ちゃっちゃと拾っちゃおう」

 男らしく格好いいところを見せて、これを機会にお近づきになってみる。

 淡い期待を抱きながら、拾い集めていると、そこに書かれている文字が目に飛び込んだ。

 ……これらは生徒会のプリントなどではなかったのだ。

『水浦薫はぼくのもの』

『大好き』

『ぼくが君を守ってあげる』

 太いマーカーで殴り書きされたような言葉が、丁寧にもそれぞれ違う内容で、すべての紙に書かれていたのだ。

 異様。異質。奇妙。不可解。

 得体の知れない『手紙』を見ていると、頭の中にある考えが浮かび上がった。

 てっきり手に持っていたプリントを落としたのかと思ったが、ロッカーを開けた拍子に、中に入っていた大量の手紙が溢れ出したのではないか。

 『水浦薫』(みずうらかおる)――これはおそらく彼女の名前だろう。

 ……あぁそうか。水浦さんって言えば、去年の生徒会選挙で立候補していた人だ。だから見覚えがあったのか。

「……なぁ、これってさ……」

「構わないでと言ったはずです……!」

 俺が持つ手紙を乱暴にひったくる。

 彼女がこんなにもわかりやすく怒りを露わにするのは予想外だ。

 そこで初めて目が合う。

 水浦さんもまた、俺の顔を覚えているようだった。

「九条君……。貴方は本当に馴れ馴れしいんですね……」

 水浦さんは集めていた手紙を玄関のゴミ箱に放り捨てると、何事もなかったかのように門の方へと姿を消した。

 それからしばらく――俺はそのままの姿勢で考え込んでいた。

 後になって思うが、姿勢を変えるほどの余裕もなかったのだろう。

 水浦さんは何かに悩んでいるようだった。

 それに俺が首を突っ込むことは、彼女にとっては嬉しくないことだろう。

 だが、かと言って見過ごすのもどうかと思う。

 その『問題』を解決するには、誰かの助けが必要なはずだ。

 本心ではきっと、彼女は助けを求めているはずなのだ。

 ……あいつくらいには、相談してもいいのかもしれないな。

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