三話 行き過ぎた恋心①

⒈愛憎劇

 突然はいつも突然起こるもの。

 そんな言葉をどこかで聞いたことがある。

 けれど当たり前のように流れている日常が、あっけなく崩れることになるなんて思わなかった。

 放課後、何気なく隼の様子が気になった俺は、パソコン部の部室へ向かっていた。

 最初に違和感を覚えたのは廊下を歩いているとき。

 いつもならドアの小窓から漏れているはずの灯りが一切としてなかった。

 日陰になっている廊下を歩いていくにつれ、鼻を刺すような臭いが漂ってくる。

 この臭いは……なんだ?

 疑問に抱いていながらも、不思議とその正体が想像できるような感覚がある。

 部室のドアを開ける。

 そのとき、思いがけないものが目に飛び込んだ。

「隼――っ!」

 天井からロープで首を吊られ、全身からは血を流している隼の体がそこにはあった。

 今もなお赤い液体は流れ続けており、それが足を伝って床に水たまりを作っている。

 そんな馬鹿な……まさか隼が! ……いや、そんなわけがない。きっと何かのドッキリで、隼は生きているに決まっている!

 俺は自分に言い聞かせながら、隼の体を回して顔面を確かめた。

「うぁああああああ!!!!」

 隼の顔面はぐちゃぐちゃに潰れていた。

 命の灯は消え失せており、有機物としての塊がロープにぶら下がっている。

 嘘だ! 一体誰がこんなことを!?

「……九条君?」

 不意に俺の名前を呼ぶ声がして振り向くと、満面の笑みの章野がドアのところに立っていた。

「章野! 隼が誰かに殺されたんだっ!」

 そこで俺は気が付いた。

 章野は全身を赤く染めており、手には血塗れのハンマーを握っていた。

「……な、なんだよ、それ。悪い冗談だよな?」

「うん、冗談よ。……だから九条君はこれから先のことは考えなくてもいいの」

 章野は笑みを崩すことなく、後ろ手でドアを閉める。

「あ、あ、あ……」

「やっと二人になれたね、九条君……」

 次の瞬間、血塗れの鉄塊が振り下ろされ……。

 目の前が真っ暗になった。

 きも……ちい……。


 放課後に出向いたパソコン部。

 『ゲームオーバー』と表示された画面を見て、俺はしばし呆然としていた。

「……おい、なんだよこれ」

「アッチャー! バッドエンドになっちまったなぁ! 途中の選択肢を間違えたんだよ!」

「いや、そうじゃなくてさ……途中まで恋愛ゲームみたいなノリじゃなかったか?」

 ゲームキャラの『九条』と『隼』は大親友で、『九条』に思いを寄せていた『章野』が、なんとかして自分のものにしようとするストーリーだったはずだ。

 それなのに恋心を暴走させ『隼』を殺害、せっかく『九条』と二人きりになれたというのに、あまつさえ意中の相手まで手に掛けるとは。

 というか、『きもちい』ってなんだ。『かゆうま』的なノリで書いたな、これ。

「愛情と狂気は表裏一体なんだよ。そのヒリヒリ感が面白れぇんだ。選択肢を間違えなきゃ、誰も死ぬことはなく、ハッピーエンドで迎えられるぜ。人生は自分の選択で決めていくんだ」

「それっぽいこと言ってるけど……今日はこの辺でいいよ。身内の名前でやるんじゃなかった」

「なんでだよ。素晴らしいシステムだったろ? 登場人物の名前を変えて遊ぶことができるんだぜ。これで没入感は間違いない!」

 だからって、主人公・ヒロイン・友人に、身内の名前を提案するのはどうなんだ。

「前半のシナリオは良かったと思うけど、後半は荒療治だったかな。急にヒロインが病み始めるから付いていけなかったわ……」

「なるほど……一理あるか。ちとやりすぎたかなぁ」

 ノートパソコン盗難事件を解決してから数日が経ち、俺は隼が制作したノベルゲームのテストプレイに付き合っていた。

 プレイ時間が二時間以上に及んだせいもあって、部員はすでに全員が帰宅している。

「てか隼。よくも友人キャラの名前を自分にするように言ったな。死に役が自分なんて寝覚めが悪いだろ」

「逆にゲームの中で死ねるなんて面白くねーか? 実はキャラクター性は俺たちに寄せてるんだぜ」

「だったらお前は大間違いをしている。章野さんはヤンデレじゃないぞ」

「ああ見えて、本性を隠してるかもしれないだろ」

 いやまさか……章野さんに限ってそんなことはないだろう。

「盗難事件について色々根回ししてくれたのに、恩人に対しての言葉とは思えないな」

「それに関して言えば、『生徒会長が一人で解決した』ことになってるんだぜ。手柄を取られたとは思わないのか?」

「……別に。事件について知ってるのは、一部の生徒と先生だけ。大事にならなくて良かったんだ。隼も感謝するべきだろ」

「それはそうかもしれないけどさ……」

 まあ……これ以上、終わった事件のことを話していても仕方ない。

 俺は鞄を片手に立ち上がった。

「じゃ、俺はそろそろ帰るよ。隼はどうするんだ?」

「部屋の片づけをしてから俺も帰る。今日は付き合ってくれてありがとうな」

「戸締り、ちゃんとしていけよ。今度は何が盗られるか、わかったもんじゃないぞ」

「ああ、わかってるよ。いいから行けって!」

 隼がウザったそうにあっち行けのジェスチャーをする。

「また明日な」

「また明日」

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