⒎感謝の言葉

「あ……そうだ。これ、ちょっとしたお礼。良かったら貰ってよ」

「何これ……ペン立てかしら? 独特なデザインをしているわね」

 隼が改めて生徒会室を出て行った後、今度こそ落ち着けるようになった俺は、ランダムの敵キャラの頭部を模した物体を、章野さんに渡した。

「ほら、生徒会室ってちょっと窮屈な感じがするでしょ? こういうのが置いてあったら、多少は柔らかい印象になると思うんだ」

「そういうものなのかしら……? いまいちピンとは来ないけれど……。わかったわ。厚意は素直に受け取りましょう」

 章野さんはロボットの頭部をまじまじと見ると、ひとまずそれを棚にしまった。

 よし、これでそいつはこの部屋の物になった。

 持っていても困るし、かといって捨てるのもどうかと思っていたのだ。

「ねぇ、九条君。私からもお礼を言わせてちょうだい」

「なんだよ、改まって。章野さんだって手伝ってくれたじゃないか」

「いいえ! 私一人じゃ、この事件は解決できなかったと思うの。九条君の協力があってこそよ」

 前のめりになって必死に言ってくる。

「それを言ったら、俺だって章野さんには感謝してるよ。章野さんの助けがなきゃ、捜査も難航していただろうし」

「なんだかむず痒いわね……。それじゃ、言い合いっこをしてみましょう」

「言い合いっこ?」

 唐突な提案をされて、目が点になる。

 急に何なんだ。章野さんって、こういうところがあるよな。

 天然って言うか……たまに生徒会長らしからぬ言動があるって言うか……。

 心中で文句を言いまくっているのも露知らず、章野さんは真剣な目つきで手を向けて、

「まずは九条君から。さぁ、お先にどうぞ」

「……あ、お、俺ね……。えっと……俺の友達を助けてくれて、ありがとう」

「うん、どういたしまして」

 曇りのない笑みを見せてくる。

 胸がドキリとしているのが自分でもわかる。

 なんて可愛い顔をするんだろうか、うちの生徒会長は……。

 方々で手腕を発揮しているとの噂は聞いていたが、多くの生徒が憧れを持っている理由って、そっちの意味も含まれているんじゃないだろうか。

 ……うむ、棚ぼたではあるが、これだけでも助けた甲斐があったように思える。

「じゃあ次は私の番ね。九条君、今回は本当にありがとうね」

「う、ん……どう、いたしまして……」

 今度は手を握ってくる章野さん。

 石化の呪文を掛けられたような気分だった。

 さっきから展開が一方的過ぎる……。賢い人は普通にこういうやり取りをしているもんなのか? だったら俺も、クールに振舞っておこうかな……。

「お茶……まだ飲んでなかったね……。せっかくだから頂こうかな」

「えぇ、どうぞ。九条君のお口に合うと良いわね。いつもは書記の子が淹れているのだけど……」

 ということは、今回は限定的に章野さんが淹れてくれたということ。

 さぞかし上品な味わいと香りが……。

「――ぶっ、うわ、なんだこれっ! 変な味がするんだけど!」

 俺はハーブティーらしき液体を一口含んだ瞬間、体内に入れてはならないものを摂取したと感じて、吐き出してしまった。

 なんだなんだ! この味と香りは!? よくも飲んだな、と体が拒絶反応を示している! しょっぱい味と……酸っぱい香り……?

 容易には表現できないハーモニーが、余韻だけでハーモニーを奏でている。

 ……いや、口腔内で奏でて『きやがる』!

「えっ! 急にどうしたのよ! 九条君、驚かさないでちょうだい!」

「このハーブティー的なもの! 味わったことのない何かを感じたんだけど……!」

 あまりにも酷い液体に、遠慮のない感想が飛び出してしまう。

 章野さんは首を傾げると、俺のティーカップを取って、中身を一口含んだ。

「別に普通じゃないかしら……?」

 おい! これが味覚音痴って奴か!

「普通じゃないって! どんだけ馬鹿舌なんだよ、章野さん!」

「わ、私は馬鹿じゃないわ! 生徒会長を馬鹿とか、不敬にもほどがあるわよ!」

 なんだか、難事件を解決したことをもっと喜ぶべきだとか、色々な考えが過る気もするが――今はこの不快感を払拭したい気持ちで一杯だった。

 ただ……冷静になって思うこともある。

 やっぱり心からの感謝は、素直に嬉しかった。


 ……今回のは『当たり』だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る