⒍真相

 隼が二宮を連れてくるのに、大して時間は掛からなかった。

 部長のことをよほど信頼しているのだろう。

 パイプ椅子に浅く座り、俺の推理に耳を傾ける。

 途中から章野さんも加わり、一方的な追求を続けていくと、二宮は表情に影を落とした。

「――どうかしら、二宮君? もちろんあなたには否定する権利があるわ。私たちに間違いがあると言うなら、胸を張って答えてちょうだい。自分は犯人ではないって」

「……本当に、ぼくが盗んだと思ってるんですか……?」

 二宮は鉛のように重くなった顔を上げると、

「……証拠はあるんですか……?」

 虚無の仮面を張り付けて、感情を殺したように章野さんを見据えた。

「……これを」

 対する章野さんも臆することなく、長机に『ある物』を置く。

 ……犯人が盗難に利用した南京錠だ……。

「何ですか、それ……。それがどうしたんですか?」

「昨日パソコン部に話を訊きに行ったわよね? 廊下に出てもらうタイミングがあったのだけど、あなたが室内にいないとき、中で何が行われていたのか、考えてみて」

 淡々と語る章野さんの言葉で、二宮の仮面が剝がれていく。

 体は小刻みに震えていた。

「これは部長の左右田君が、ある生徒の鞄から発見したものなのよ」

「まさか……! そんなものがあるわけないですよ!」

「自宅に置いてきたから、ってこと?」

 反射的に大声を出した二宮は、さらなる追求に口を閉ざしてしまう。

「二宮君。言ったはずよ。犯人じゃないなら、犯人じゃないと断言して。あなたは左右田君に嘘を吐いていないのよね?」

 章野さんの追求は止まらない。

 俺たちの事件に対する姿勢は、犯人が誰か悩んでいたときとは、まるで違う。

 犯人なのではないかと疑って掛かっている以上、相手に対する圧力はたしかなものだ。

 それは隼も同じだったはずだが、仲間を諭すように話し始めた。

「……二宮。お前だけだったよ。一年の頃から、俺と一緒にゲームを作ってくれたのは。大半の部員はなんていうか……本気じゃなくてさ。先輩が卒業したことをきっかけに抜けちまった。……けど、お前だけは残ってくれたんだ。俺はそれが嬉しかった」

 二宮は、それ以上を言わないでくれ……と。

 何かをこらえるように瞼をきつく閉じた。

「お前が手伝ってくれてるゲーム。もう少しで完成しそうなんだ。俺たち約束したよな? 二人で一発当ててやろうって。今でも宝くじみたいな夢を抱いちまったとは思ってる。けど……不思議だな。お前となら、あながち夢じゃない気もしてるんだよ。それが俺の生きがいなんだ」

「く……く、うぅっく……」

 二宮は……コップから溢れた水滴のように、涙を零した。

「ずりーよ左右田……本当はわかってるくせに、そんなこと言って……。これだって……どうせブラフなんだろ……」

「だったら質問に答えてくれ」

「ああ……そうだ。ぼくが盗ったんだ……。ごめん……。本当にごめん……」

「二宮、どうして盗みなんてやったんだ……?」

「隼……」

 俺は一歩を踏み出したが、隼の強い意志を感じる瞳に手が止まった。

「お前はそんなことをするような奴じゃない。何か、理由があるんだろ?」

「ははは……理由なんて。そんなの、そのまんまさ。どうしてもお金が必要だった……。事故で親父が亡くなってから、母さんは女手一つでぼくたち兄弟を育ててくれてるんだ。パートを掛け持ちして、ぼくたちに不自由のない生活をさせようと努力してる……」

「ああ、それは俺も知ってるよ。だから楽させてやろうって、俺たち頑張ってるんだろ?」

「過労が原因で、母さんは病院に運ばれた……。幸い大事にはならなかったけど、このままじゃ、家族は完全に崩壊する」

「そんなことがあったのか……。なら、相談してくれれば良かったじゃないか……」

「ああ……今になってそう思うよ。なんで信頼していた相棒を頼らなかったのか、なんで裏切るような真似をしたのかって……。けど僕は、ある日こんな風に考えてしまったんだ。『大切なものを守るためなら、どんなことをしても許される』……。家族を救えるのはぼくしかいない。あれがあれば、家族が崩壊することはないんだって……!」

 隼はその考えを肯定することも否定することもしなかった。

 ただ二宮の苦悩を、ありのまま受け入れることにしたようだ。

 二宮は顔面を両手で覆い、抑えきれないように嗚咽を漏らした。

「でもそれは、こうして見破られた……。ぼくは罪人だ……。パソコンを盗んだことは本当に悪いと思ってる。赦されないことをしたと思ってる。本当にごめん……」

「わかったよ……。それでもいい。俺はお前を赦す」

 隼は暗い空気を吹き飛ばすように、わざと大きめの声で、

「わりーな二人とも。色々と迷惑を掛けた。なんとお礼を言えばいいのか……」

「いいさ。友人の頼みだからな」

「えぇ、私も。生徒会長として当然のことをしたまでよ」

「ありがとう」

 隼は硬い表情ながらも笑みを見せる。

 俺にできることはもう何もなく、今はその心の強さを信じるしかなかった。

「さぁ行こう二宮。これ以上俺たちが邪魔するわけにもいかねぇ。明日になったら、ノートパソコン持って来いよ」

「待ってくれ。左右田……行く前にぼくを一発殴ってくれ!」

 生徒会室を出て行こうとする隼を、二宮は立ち上がって力強く引き留めた。

「何言ってんだよ。俺たちは二人でゲームを作ってんだ。お前はちょっとノートパソコンを持って帰っただけさ。まーこれで全然進んでなかったら、キレるけどな」

「左右田……」

「……もしもそうなら、遅れた分を取り返してくれれば良いさ。なんなら今から部室で構想でも練るか?」

「ああ……そうだな! 行こう、左右田!」

 パソコン部の部長とその部員。

 一年間苦楽を共にしたのであろう二人は、清々しい顔をして生徒会室を出て行った。

「行ったか……。事件が解決して何よりだ。あの様子なら、パソコン部は大丈夫そうかな」

「そうね。ただ、今後も動向を見守ることにしましょう。二宮君のことが心配だわ」

「家庭の事情まで気に掛けるのか。俺には章野さんほどの度量はないかな」

「あら、こんなのまだ序の口よ? 真に気が落ち着ける日なんて、私が卒業するその日までお預けでしょうね」

 章野さんはやれやれと言ったように腰を下ろす。

 真に落ち着ける日……か。

 昨日章野さんが言ったことが本当なのだとすれば、蛍雪にはまだまだ問題事があるということになる。

 今回の事件は、その一片にしか過ぎないのだろう。

 とそのとき、戸が勢い良く開いたかと思うと、先刻の部長が戻ってきた。

「どうした隼、忘れ物でもしたか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……ちょっと言いたいことがあって……」

「彼はどうしたの?」

「先に部室に向かわせたよ。完全にってわけじゃないけど、いつものあいつが戻ってきて良かったよ」

「そう」

「で、言いたいことって……?」

「ああ……パソコン部の部長として、改めてこれは言っておきたくてな……」

 駆け足で引き返してきたのか、息を切らしている。

 隼は雑に呼吸を整えると、唾を飲み込んでから、思いっきり頭を下げた。

「二人には大変ご迷惑をお掛けしました! うちの部員がなんというか……申し訳ございませんでした! んで……本当にありがとうございました!」

 その――らしくない佇まいに、俺と章野さんは呆然としてしまう。

「えっと……それだけなんで。……じゃあな!」

 しばらくすると俺たちは視線を合わせ、

「とりあえずは、この状況を喜ぶべきなんじゃないかな」

「そうね。私もそうすることにするわ」

 ありのままの結果を噛みしめた。

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