⒌犯人は……?

「……一旦ここで整理しようか。時系列通りに行くと、つまりはこうなっていたんだ」

 俺はメモ帳を抱えながら、三人で確定させた事実を挙げていく。


 三日前、顧問はカインズで新しい南京錠を購入し、部室に取り付けた。

 同日、犯人は放課後にカインズに出向き、同じタイプの南京錠を購入した。

 二日前、隼は部室の鍵を使い、部室の南京錠を開錠した。

 その部活中、犯人は何らかのタイミングで、南京錠を自分の物にすり替えた。

 南京錠は掛け金にぶら下げたままのため、チャンスさえあれば簡単だ。

 部活終了時、隼は犯人の南京錠で、部室の戸締りをしてしまう。

 そしてその後、部室に戻ってきた犯人は、自分の鍵で南京錠を開錠し、ノートパソコンを鞄に入れるなどして、まんまと逃げおおせた。

 最後に、開きっ放しになっていた部室の南京錠で、部室を施錠した。

 昨日の朝、隼が部室を開ける際には、南京錠がすり替えられていたことに気付くことはない。


「……とまあ、こうすることで、犯人は現場に一切の痕跡を残さずに、ノートパソコンを盗んだってわけだ」

「なるほどな……そういうことか。それが南京錠の性質を利用したトリック……」

「ということは、犯人は二日前の部活中に、南京錠をすり替えることができた人ってことよね」

「それは一体誰なんだよ……!」

 二人の逸る気持ちはわかる。

 だが、もう一つだけ、明らかにしたい要素があった。

「最後の謎を解き明かす前に、ちょっとこれを見てくれないか?」

 俺はスマホを取り出し、先ほど撮影した写真を二人に見せた。

 流しの上のちょっとした段差に、二つのトイレットペーパーが置かれている写真だ。

「これは……男子トイレか?」

「ああ、ちょうどパソコン部の近くにあるトイレだよ」

「トイレットペーパーを近くで撮って、これがどうしたっていうの?」

「この写真では、トイレットペーパーが左詰めで二つ置かれているんだけど、俺は事件前はこうだったんじゃないかと思うんだ」

 画面をスワイプして、もう一枚撮った写真を見せる。

「トイレットペーパーは左端の空間を一つ分開けた上で、二つが並んで置かれていたんだよ。――でも事件後にはこういう配置になったんだ」

 二つの写真を交互に見せる。

 さながら間違い探しのような微小な差分だが、トイレットペーパーの位置関係は変わっている。

 俺が昨日男子トイレに出向いたとき、トイレットペーパーの位置関係は後者だった。

 だが、トイレットペーパーの右側には、水垢の付いていない丸い空白があった。

 左端のトイレットペーパーを持ち上げてみると、その下には不自然な水垢の跡もあった。

 これらを合わせて見れば、考えられるのは一つしかない。

 左端のトイレットペーパーは、元々は丸い空白の上に置かれていたのではないか?

「誰かが動かしたってことかしら?」

「フッ、絢佑のことだ。それも犯人がやったって言いたいんだろう」

「その通り。おそらく犯人はトイレに向かった際に、右側のトイレットペーパーを左端に移動させ、その裏に部室の南京錠を隠したんだろう」

 章野さんは「何のために?」と問いかけた。

「単なる思い付きって感じかな。犯人は南京錠をすり替えた後、部室に戻る直前にこう思ったんだろう。「この南京錠を持ったまま部活動に戻るのはリスクが高い」って。トイレに行くとなれば、すり替えた南京錠をポケットに隠し持つことしかできないわけだし、周りに部員がいる状況で、それを鞄にしまうことは簡単じゃなかったはずだ。何かの拍子に自分が部室の南京錠を持っているとバレれば、盗みを実行する前にすべてが水の泡になってしまう。だからトイレに隠しておいたんだよ。部活終了後に回収するつもりでな」

 あるいは、最初からそうするつもりだったのかもしれない。

「さて、ここまで言えばもう犯人は明らかなんだけど……。今のところ、俺の推理に異論はないかな?」

 二人は真剣な面持ちで頷いた。

「じゃあ犯人は一体誰かって話だな……。犯人を絞る条件は大きく二つある。一つは、三日前の部活動に参加していたということ。これを満たしていないと、犯人は同じタイプの南京錠を手に入れることができないからな。可能だったのは、隼を除けば、一居、二宮、四葉の三人だ」

 そして――、

「もう一つは、二日前の部活中に南京錠をすり替えることができたということ。可能だったのは、途中トイレに立った二宮と、部室に最後に来ていた三村だけだ。ただし、三村は三日前の部活動を欠席しているため、二つの条件を満たさないことになる」

 俺は一度目を瞑り、深呼吸してから口を開いた。

「つまり、同じタイプの南京錠にすり替えることで、ノートパソコンを盗むことができたのは……二宮ケンジ。あいつしかいないってことだ」


 昼休みの生徒会室に、重い空気が広がっていく。

 それは、俺の導き出した推理が、真実として形を帯びていくようなものだった。

 重々しく口を開いたのは隼だった。

「二宮が犯人……。そんなことが本当に……」

「もちろん今のは俺の推論だ。違うと思ったら、否定してくれて構わない」

「んなことできねーよ。……だって、それ以外に怪しい奴なんて……」

 隼は言っていて、犯人が二宮であると認めていることに、嫌悪を抱いたようだった。

 言葉に詰まる隼と打って変わって、章野さんは冷静に、

「問題が一つあるわ。それをどうやって彼に認めさせるの?」

「たしかに……それは懸念事項だね。ここまで出ている情報はすべて状況証拠にしか過ぎない。二宮が白を切った場合はどうするか……」

「私に考えがあるわ。左右田君にお願いがあるの」

 章野さんは人差し指をクルクルと回して、隼に向けた。

「……お願い? なんだよ、章野」

「二宮君をここに連れてきて。証拠がないなら、本人から出してもらうわ。それともう一つ、持ってきて欲しいものがあるの」

「勝算は……?」

 俺が神妙に問うと、章野さんは破顔させて、

「まあ、上手くいくように見守ってちょうだい」

「……わかった。章野の言葉を信じるよ。……持ってきて欲しいものってなんだ?」

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