⒋九条の推理

 翌日の蛍雪高校。校舎一階のトイレにて。

 補足として必要になるであろう写真を収めた俺は、章野さんの返信がないかNINEを確認した。

『犯人がわかったかもしれない。話を聞いて欲しいんだけど、時間はあるかな?』

『生徒会室に来て。今なら誰もいないから』

『わかった。隼も一緒に連れて行くよ』

 今しがた新しいメッセージを送ると、すぐに既読が付いた。

 俺は自分の胸を叩く思いで、生徒会室に歩を進めた。


 昼休みの生徒会室。

 俺が隼を連れて来るなり、章野さんは待ってましたと言わんばかりに、茶を入れた二つのティーカップを長机に置いた。

 湯気がふうふうと立ち昇っている。

「話を聞かせてちょうだい。それで、九条君はどんな答えを見出したの?」

「おい絢佑。本当に犯人がわかったのか?」

「ああ、これから犯行の『検証』をする」

 カンペの如くメモ帳を机上に広げる。

「この事件はノートパソコンの盗難だ。犯行現場は隼が部長を務めるパソコン部の部室。そこにある家宝と言ってもいいくらいのハイスペックノートPCが、何者かに盗まれてしまったわけだ。動機はおそらく金銭目的。さらに言うと、セキュリティーワイヤーの暗証番号と、パソコンの価値を知っているのは部員くらいだということから、容疑者はパソコン部の人間ということになる」

 メモ帳を人差し指の爪で叩きながら、前提情報を挙げていく。

 部員が容疑者ということに関して、隼は僅かに顔を顰めたが、渋々それを受け入れた。

「では、その犯人は一体誰なのか。それは、現場が密室状態であったことを解き明かすことが、一番の近道になるはずだ」

「最短で犯人の名前を言うわけじゃないんだな。回りくどいトリックの説明をされても、疲れるだけなんだが……」

「まあ、いいじゃない。何の根拠もなしに、いきなり犯人の名前を言われても納得できないわよ」

「この事件はあまりにも出来過ぎている。一つずつ段階的に、謎を解き明かしていく必要がある。もし今から俺が言う推理に穴があると思ったら遠慮なく言ってくれ。一切の疑問もなければ、それが真実になるはずだ」

「えぇ、わかったわ」

「勿体ぶらずに始めろよ」

 章野さんは真剣な様子で、俺の言葉に耳を傾けている。

 隼の言葉に棘はあるが、その表情はどこか笑っていた。

「じゃあまずは、この点についてはっきりさせておこう。犯人はどこからノートパソコンを盗んだのか、だ。これについては章野さんとも昨日話したよな」

「そうよ。部室に入れるのは、窓と正面のドアしかない。そのうち窓はクレセント錠が下りていて、最近開けたような形跡はなかった。だから必然的に、犯人はドアから侵入したことになる」

「その通り。ちなみに隼。実はあの部室には、他に出入り口があったとか、そんな後出しはないよな?」

「それはないよ。外と繋がっている場所はその二つだけだ」

「であれば、やはり侵入経路は正面のドア一択になる。盗んだ時間帯に関してもだ。隼は部活中、ずっとそのノートパソコンで作業をしていたはずだ。部活中に盗んだとは当然考えられない。つまり犯人は、二日前の部活終了後から、昨日の朝、隼が部室に忘れ物を取りに行くまで、その間のどこかのタイミングで盗んだことになる」

「『二日前』か……。ああそうか。事件が起きてから一日が経ってるもんな」

 隼は斜め上を見て訝しげにしたが、俺の言い分に間違いはないと納得した。

「けれど、掛け金を外した可能性はないって話だったわよね。ドアには南京錠が付いているのよ? それに関してはどう説明するの?」

「無論、犯人は南京錠を開けたことになるな。だからノートパソコンは盗まれたわけだ。それを踏まえて考えて欲しいのが、南京錠の性質についてだ」

 南京錠の性質? 二人は声をハモらせる。

 これが事件の謎を紐解く上での、一番のポイントと言ってもいい。

「南京錠は、たしかに鍵だ。パソコン部のドアには、他の教室にあるような鍵がない。だから南京錠を使っているって話だった。けど、南京錠には『一般的な鍵』と違って、ある性質があるんだよ。犯人はそれを利用したんだ」

 ではその性質とは何か。

「南京錠は『施錠するだけなら、誰でもできる』ってことだ。普通の鍵は施錠するときも開錠するときも、対応している鍵がないとそれができない。ただ、南京錠は施錠するだけなら、鍵がなくても行えるんだよ。そりゃ簡単だよな。金具の部分を穴に嵌め込めば良い。どんなに頑丈だったとしても、その構造は同じなんだ」

「……うーん、なるほどね。たしかにあの部室は、開錠された南京錠を掛け金にぶら下げたままだったわね」

「犯人はそれを施錠することで、現場を密室状態にしたんだよ」

 隼は自分の不手際を追求されたように感じたのか、

「意味がわからない。南京錠を施錠する? それは部活中にしかできないだろ。部活中に外に出て南京錠を閉めて、それが何だって言うんだ……? 部活中は全員が部室に居るわけだし、それは密室状態にしたって言うより、単に閉じ込めただけだろ」

「焦るなよ。この話には続きがある。犯人はその性質を利用するために、ある細工も施したんだよ」

「それがキーになるってわけね」

「鍵だけにってか」

 そうは言ってないが……。

「俺が一番に気になっていたのは、盗難事件が起こったタイミングなんだ。そもそもどうして南京錠が替わったタイミングに限って、この犯行が行われたのか? 南京錠が替わったことが、犯人にとって都合が良かったからなんだよ」

 俺はその事実を強調するようにアクセントを置いた。

「たしか顧問の先生は、カインズで見つけた頑丈な南京錠を買ったんだったな。三日前にそれを知った犯人が、同じタイプの南京錠を手に入れたとしたら、どうなると思う?」

「どうなると思うって……。そうだとしても、部室の南京錠は、部室の鍵でしか開けることができない。犯人の南京錠を、犯人の鍵で開けることはできるだろう。けど、それぞれが対応しているってことはないんだ。言ったよな。組み合わせは何通りもあるって」

「部室の南京錠を、犯人の鍵で開けたとは考えられない。そういうことね」

「ああそうだよ。それとも何か? 逆に俺が気付かないうちに、犯人の南京錠を、部室の鍵で開けていたとでも言うのか?」

「それこそ、訳のわからないことになるけれど」

「絢佑。頭がこんがらがって来たぞ。何が言いたいのか教えてくれよ」

 ゲシュタルト崩壊を起こしそうな隼が、懇願するように訊いてくる。

「別に難しいことじゃないよ。犯人は、犯人の南京錠を、犯人の鍵で開けたんだ。部活が終了した後にね。そうすることでノートパソコンを盗んだんだよ」

「んんっ? ……つまり、どういうことなんだ?」

 さすがに一気に走り過ぎたか、今度は頭を抱え込んでしまった。

 だが、一方の章野さんは、その奥にある真実に気付いたらしく、

「なるほど……そういうことね。要するに九条君は、『部室の南京錠』が『犯人の南京錠』に『すり替えられていた』って言いたいわけね」

「ああ、そういうことだよ」

「ま、待ってくれ! もしも南京錠がすり替えられていたとして! それがどのタイミングかはわからないが、さすがに誰かが気付くはずだろ!」

 隼は両手を突き出してセーブを掛けるが、章野さんは構わずに続けていく。

「どうやって? 犯人は同じタイプの南京錠を手に入れたのよ。外見がそっくりの南京錠が掛け金に掛かっていたとしても、誰もそれに気付くことはないはずだわ。それは左右田君、あなたもそうだったのよ」

「いやいや! それもおかしいぞ! 俺はこの数日間、部室の鍵で何度も開け閉めをしているんだ。それなら、さすがにどこかのタイミングで……」

 隼の全身が、雷に打たれたように硬直する。

「やっと気付いたか。そう、たしかに『開けるときは部室の南京錠』だったんだろう。だけど、『閉めるときは犯人の南京錠』だったとしたら?」

「南京錠は『施錠するだけなら、誰でもできる』わけだから……」

「隼は気付かないうちに、犯人の南京錠で部室を施錠していたんだよ」

 顔面蒼白になる隼。思いがけない事実に、すぐには受け入れることができないようだ。

「それがさっきの、犯人は、犯人の南京錠を、犯人の鍵で開けたことに繋がるのね」

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